鼠丼

神の言葉を鼠が語る

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2016-08-23 13:06:55 | 日記

 毎度!ねずみだ。

 実家に顔を出した時の話。

 家の中のどこかで鈴虫が鳴いている。羽をすり合わせて音を出しているのだから「鳴いている」というのはおかしい。
 まあそれは置いといて、とにかく鈴虫だ。どこからか迷い込んだのか。まどの下のほうから音がするのでカーテンをめくると、虫かごが置いてあってそのなかで数匹が触覚を動かしている。その中の一匹が羽をすり合わせて、あの風流な「リーン、リーン」という音を奏でているのだ。

 母に聞くと、父親がボランティアで参加しているフラワーランド(無料で鑑賞できる小規模の植物園があるのだ)で、鈴虫が大量発生したため、来園する子供たちに配っていたのだが余ったので、それをもらってきたらしい。82歳にもなる親父が嬉々として鈴虫を飼っているというのが、なんとも微笑ましい。

 鈴虫の音(ね)を聞くと、思い出す掌編小説が。川端康成の「バッタと鈴虫」である。
 物語の概略はこんな感じ。夏の夜子供たちが虫取りに出かける。一人離れて虫を探していた少年が「バッタ欲しい人いないか?」と声を上げる。周囲の子供たちが集まる中、もう一度声を上げる。「バッタ欲しい人いないか?」一人の少女が「ちょうだい。」と声をかけると、少年はその娘の虫かごにバッタを入れる。バッタと思って貰ったのが実は鈴虫だったので、少女は喜びの眼差しで少年を見る。
 少年は思いを寄せている少女の驚きと喜びの賞賛を得るためにささやかな嘘をついた、というもの。

 日本人の原風景にとけこむようなこの作品が好きで何度も読み返した。短編小説よりさらに短い小説を掌編小説と呼ぶらしいのだが、かつての文豪たちが残したこの手の掌編小説集を何冊も買い漁った時期がある。

 結婚して家の中での自分の時間が極端に少なくなって、落ち着いて小説を読む時間を捻出することができなくなって久しいが、久しぶりに本屋に立ち寄ってみたくなった。

 翌週また自宅に立ち寄ってみると、相変わらず鈴虫が羽をこすり合わせている。先週聞いた際には「リーン、リーン」と澄んだ音を奏でていたが、メスを呼び寄せるために必死で羽をこすり合わせて磨耗したのだろう、「リリリ・・・、リリリ・・・」と弱々しい音を響かせていた。