雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺のミリ・フィクション「運命」

2013-01-23 | ミリ・フィクション
 真夜中に浩太は目が覚めた。起き上がって水を飲んでこようと思うのだが、体を動かすことが出来ない。
   「これが金縛りってやつかな?」
 尚も動こうとしてみるが、どうにも動けない。そのうち、酒の酔いが回ってきた気分になって、ふわふわと浮かび上がるように思えた。
   「ははあん、これは夢なのだな」
 それなら、夢の中で楽しんでやれと開き直る。身体から心だけが離れて、本当にふんわりと浮んだ。
   「おっ!幽体離脱か、あははは、双子のタッチみたいだ」
 面白がってはみたが、少し心配になってきた。
   「もしや? 俺は死んだのか?」
 ベッドに横たわる自分を見ると、安らかな寝息を立てている。浩太は安心して浮遊を楽しむことにした。
 しばらくは、寝室の中で天井に張り付いたり、壁にぶつかったりしていたが屋外に出てみたくなり、少し開いていた窓の隙間から外へ飛び出した。 
  「幽体っていうやつは、自分の思う通りに動けるのだ」
 真夏の星空を背にして、浩太は妖精になっていた。その時、どこからともなく浩太を呼ぶ声が聞こえてきた。
   「誰だい、俺をよぶのは」
 声の主は「ボクは天使だよ」と言った。子どもの天使が近付いてきた。
   「君と友達になりたくて、天国を抜け出して来たのだ」
   「俺と? それはまた何故」
   「君に頼みたいことがあるのだ」
 天使は語った。自分が9才の時に父と共に交通事故で亡くなったこと、母と一人の妹が居ること。妹は浩太と同じ大学の同じ学部に学ぶ同期生であることなどを。
   「妹に、ボクの愛を届けて欲しいのだ」
   「具体的に、俺は何をすればいいんだ?」
   「君が僕と出会い、僕が妹の幸せを願い続けていることを伝えて欲しい」
   「それを聞いた妹さんは、信じるだろうか、ださいナンパだと思うよ」
 浩太は不満だった。態々俺を介さなくとも、俺を呼び出したように直接妹を呼び出して言えばいいじゃないか。
   「それは無理なのだ」 
 今、訳を話せないが、いつかきっと判ってもらえる時が来ると言った。
   「妹は信じないかも知れないが、ぜひ話してほしい」
 そう言い残して、天使は空の彼方へ帰っていった。


 少年の天使と出会ってから、五年の年月が流れた。
   「ただいま」
   「あなた、お帰りなさい、私、今日病院へ行って来たの」
   「風邪を引いたのか?」
   「違うわよ、三ヶ月だって」
   「おっ、子供が出来たのか」
   「男の子だって」

 夫婦で食後のワインを楽しみながら、出会ったときの話になった。
   「キャンパスであなたに初めて声をかけられたとき驚いたわ」
   「そのようだったね」
   「あなたったら、知っているはずのない私の兄の話をしたりして」
   「なんてダサい手できっかけを作るのかと思っただろ」
   「その通りよ、でも運命を感じたわ」
   「運命を?」
   「わたし、きっとこの人と結婚するのだわって」
   「そうなっちゃったね、きっと天使のお導きだと思う」
 妻はクスッと笑って、
   「ロマンティックだけど、やっぱりダサいわ」
 浩太は立ち上がると
   「少し酔ったかな?」
 言いつつ窓辺に寄り、そして窓を開けた。五年前に出会った子供の天使が微笑んで消えた。
  
    (改稿)  (原稿用紙5枚)


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