雑文の旅

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猫爺の掌編小説「子鬼の阿羅斯」

2015-10-06 | 掌編小説
 天の岩窓から、節分の人間社会を覗いていた子鬼の阿羅斯(あらし)は呟いた。 

   「なんだい、なんだい、鬼を追い出すなんて!」 

 子鬼のあらしは、こう言いたかった。鬼は仏教徒を護る十二天の一柱、帝釈天や毘沙門天と並ぶ羅刹天(らせつてん)なのだぞ。 その守護神を追い出して、熊手で掻き集められるようなお粗末な福を呼び込もうなんて、なんと浅はかな人間共だ。 それに、豆をぶっつけられで逃げ出すようなひ弱な鬼なんかいないさ。
第一、人間の家になんか住んでいる鬼なんて居なない。人間が勝手に作り上げた話で、顔が恐いからって鬼を魔物扱いするなんて許せない。
 あらしが気炎をあげているところへ、これまた十二天のなかの神様、閻魔天(えんまてん)がお出ましになった。
   「これ子供、なにをそんなに息巻いておる」
   「あ、閻魔さま、人間共がボク達鬼を妖怪みたに言っているのです」
   「それでいいのだ、鬼や閻魔は人間の恐れを象徴しているのだよ」
   「ボクらは、ちっとも恐くないのに」
   「儂とて人間の勝手な想像で、生前に嘘をつくと、儂に舌を抜かれるとか言われておる」
   「閻魔様は、そんなことしませんよね」
   「そうとも、魂の舌を抜いてどうなることでもない」
   「閻魔さまは、腹が立ちませんか?」
   「仕方がない。儂らは福の神の引き立て役だからな」
   「ちっ!つまんねえ」
 
 子鬼はむしゃくしゃするので、人間共のバカ面を見物してやろうと地上に下りて来た。 住宅街に夕闇が迫って、ところどころからあのいまいましい「鬼は外」の声が聞こえてくる。
子鬼は「くそっ!」と呟いて空を見上げると、二階の窓から外を見ている少女と目が合った。
   「あなたは誰? 鬼でしょ、鬼なのね」
 子鬼は驚いた。人間に自分の姿が見える筈がないのにと訝った。 
   「ボクの姿が見えるのだね」
   「見えるわ、あなた鬼の子供ね、どこかの家で追い出されてきたの?」
   「違うよ、たった今、天から下って来たのだ」
   「私のところへ来たのでしょ?」
   「違うよ、ところでキミは、ボクが恐くないのかい?」
   「恐いわ、だって鬼は人間を捉まえて食べるのでしょ」
   「それは、人間の言い伝えで、そんなことをした鬼は居ないさ」
   「そうなの? じゃあ恐いことはないのね」
   「そうだよ、それよりどうしてボクの姿がキミに見えるのだろう」
   「それはきっと、私がもうすぐ死ぬからかも知れないわ」
   「ボクは死に神ではないぞ。キミは、病気なのだね」
   「そう、あと一ヶ月もたないかも知れないと親たちが言っているのを聞いてしまったの」
   「キミは死なないさ。豆はまだ残っているかい?」
   「まだ豆まきはしていないの」
   「では、その豆をもっておいで」
 少女は一旦窓から離れたが、すぐに顔をだした。
   「それを鬼は外と大声でいって、ボクにぶっつけてごらん」
 少女は子鬼のいう通りにした。 
   「ごめんね、痛くなかった?」
   「痛くないよ、ボクは退散するからね」

 それから、一ヶ月、半年、一年経っても少女は死ななかった。

   「これ、子鬼の阿羅斯、お前はあの少女に何をしたのだ?」
   「いいえ、何にも、あの子は両親の会話を聞いて、てっきり自分の命のことだと思い込んだのです」
   「病気じゃなかったのか?」
   「いいえ、病気でした、どんなことでも悪い方に思ってしまう病気です」
   「それがよくわかったな」
   「少し話をすればわかることです」
   「流石、羅刹ではなく、守護神の阿羅斯だ」
   「でも、これで病気になるのは鬼の所為だと思い込ませてしまいました」
   「そうだな、それが鬼や儂たちの役目なのだ」
 子鬼は、閻魔大王の言葉が理解できるようになった。
 

 (2013-01-21改稿のもの)  (原稿用紙6枚)


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