雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺のコラム「年をとると言うこと」

2015-10-01 | コラム

 高齢者を、前期と後期に分けるのは行政上のこと。保険制度など、恩恵の差はあるが、当人にとって高齢者は高齢者である。気持まで前期、後期に分ける必要はない。体の衰えは、三十代から既に顕著である。
 昔と比べると、現代は老化するのが十年は遅くなっているように思うが、遅かれ、早かれ、みんな老化していく。「あの女優さん、六十代なのに、まだ三十代の若さね」と評判だった人が、化粧を落とすと現代の年相応に老けている。過去に、若々しい女優がご子息のトラブルの為に、薄化粧でカメラの前に立ってインタビューを受けていらっしゃった。失礼千万だが、そのお姿の変わりように、爺は驚いたものだ。

 ブログを運営していくことは、肉体の老化にブレーキは掛からないが、心の老化を遅らせるには可成りの効果があるように思う。もっとも、猫爺の投稿文章は、若いのではなくて、幼稚なのであるが…。
 最期は、軟着陸してストップしたいとは、誰しも思うことだが、これは「家族の苦労」を思ってのことだ。別に老後の面倒を看て欲しいがために家庭を守り続けてきた訳ではないが、人の条理として、親は子を頼み、子はその子を頼むと、マイナス要素ではあるが、順に引き継ぐべきことだと言ってしまえば恩着せがましいだろうか。

 自分は、間もなく後期高齢者になろうとしているとおっしゃる方が、スイミングクラブに通っていて、バタフライが出来る方がいらっしゃる。猫爺は海の近くで育ったのでよく分かるが、バタフライは若者でも辛い泳法だ。何とも羨ましいかぎりではないか。

 老化して、やれなくなったことを嘆くよりも、やれることがまだ残っていることを喜びたいものだ。


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