リッスン・トゥ・ハー

春子の日記はこちら

野間宏 1991年1月2日 その3(日本死人名辞典)

2010-02-07 | 若者的字引
講堂に火が放たれる。
思想犯として追われている宏は、敵が多い。この時もその敵のひとりが宏の講演の邪魔をするために火を放った。
再び悲鳴が上がり、講堂は騒然となる。
宏は落ち着いており、慌てふためく聴衆を一喝する。

「浮き足立つでない!」

その声で冷静になった人々は、自分が燃えているにもかかわらず席に座り、宏の言葉を待つ。

「よろしい。燃えている人はもうすぐ終わりますので終わりましたらすぐに病院へいきなさい。
 その前に、伝えておきましょう。」

宏に向かって火炎瓶を投げる敵、宏に当たり炎上。
燃えながら宏は苦しむ様子などない。どころか射殺された敵に対しても丁重に弔いなさい、と指示し、燃える体で宏は最後に語った。

「戒名に踊るのはあまり感心できない。
 だから今を大切にしなさい。燃えている今、燃えていない今、それぞれの立場で、精一杯生きろ。
 私は間もなく死ぬだろう。それもまたあるニュースにすぎない。私の死が与えるものは何もない。
 誰が泣くのだろう、誰も泣かないかもしれない。今、泣いてくれている人、涙を拭きなさい。
 私は君が泣くのは悲しい。それよりぼくと踊りませんか?ワルツが鳴りだす。
 聞こえるはず。この3連リズム、ワンツーステップ、焦げ臭い。匂い、それも所詮は幻の中の点よ
 空を見なさい、その深さに気づきなさい。そこに声を落としなさい。沈んでいくだろう。
 私たちが見えないほど深く沈んだ声はやがて開いて、また浮上してくる。
 それを拾い集めて私達の子ども、孫、その孫、孫、孫、が気づくでしょう。
 私の戒名は藤原ラブラブ紀香離婚感謝で」

灰になる。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿