リッスン・トゥ・ハー

春子の日記はこちら

野間宏 1991年1月2日 その2(日本死人名辞典)

2010-02-06 | 若者的字引
思想犯として追われている宏は、敵が多い。この時もその敵のひとりが宏の講演の邪魔をするために照明を落としたのだ。

悲鳴が上がる。
きっかけはささいなこと、きっと肘がちょっとつかえて、それを殴られたと考え、だったらこちらからも殴り返してやれ、と殴りそれが連鎖を呼び、血みどろの騒ぎとなって悲鳴。暗闇の魔力。
悲鳴が悲鳴を呼び、悲鳴の合唱、講堂は蛙よろしく悲鳴の合唱。
そこで照明が復旧し、一瞬しんとなる。
宏は暴徒を手で制ししゃべりだす。

「静かになさい。今は暴れる時ではありませんよ。
 私は見ていましたよ。みなさんが暗闇にどれだけ耐えれるかを。
 ほとんどダメでした、不安は加速度的に増加し、形になる。今運ばれていった人はごめんなさい。
 不安をあおる訳です。
 どんどんあおってどうしょうもない状態に持っていく。それが済めば、あとは自然に流れていきます。
 つまり、一人の力なんて対したことないと思っていても、そんなことはない。
 そうですしごく簡単な心理。そう考えている人がほとんどであればすでにことはおこっているということです」

宏は養命酒が入ったコップを持つ。講演の際には必ず用意してのどを潤すことにしている。
コップを口元まで上げると、震えは止まった。彼は自分のことながら不思議に思い、自分の手をまざまざと見る。
皺だらけの手である。長年つきあってきた手である。なんら変わったことはない。
しかし今、改めて手を見つめていると不思議な気がする。
俺の手はこんなにも小さかったか、皺があったか、少し黄色くなっている。爪はどうだ。
なんでだろう震えなくなった手はとてもいとおしい。
彼は聴衆のほうを見た。誰も彼も宏の顔をじっと見ている。何がそんなに面白いことがあるのか、退屈ではないだろうか。
宏は見回しながら、養命酒を飲む。

「養命酒をね、講演中に飲むようにしているんです。のどの調子が良くないので。
 ジンクスみたいなものですね、これを飲むとふわふわとしゃべるべきことが頭の中に浮かんできます。
 それにしてもここからは皆さんの顔がよく見えます。
 今笑った、とか、しかめている、とかよくわかります。それを見ながら私も話題を選ぶ訳で、
 だいたい考えてきていますが、皆さんの顔を見ているとすらすら出てきます。
 さて、戒名のことを話していましたね。そう戒名です。」

こんな夢を見た100205

2010-02-06 | 若者的白夢
こんな夢を見た。頭から木が生えてきて、それに実がなる。実は赤く赤く大きく大きく。ぷりんぷりんしているので、わたしはかじりたくてたまらない。かじろうとするが届かない。手を伸ばしても届かない。仕方ないので隣の人に声をかける。隣の人は頭から煙突が生えている。煙突から、けむりがもうもうでていて、それを目印にした軍隊が突撃をするそうだ。すいませんが赤い実をもいでくれませんか、とお願いする。快く引き受けてくれる。彼は、彼女かもしれない、わたしの木にのぼり、するすると昇り、赤い実をもいで、あらら一口食っている。まあ、せっかく昇ってるんだしひとつぐらいよいかと思う。少し待つ。食べ終わる。もうひとつもいで、あららまた食っている。わたしは腹が立ってくる。全力で怒号を発し、彼に、彼女かもしれない、思い知らせてやるのだと思う。声を出すまさにその瞬間に目覚め。

Blanc, un dossier complexe

2010-02-06 | リッスン・トゥ・ハー
お菓子をくれないといたずらするぞ、と言っている。戸の外で言っている。寒雨にふられながらホットの缶コーヒーを片手に言っている。家の誰も反応してくれない。反応したらろくなことにならないと思っている。しかし簡単にあきらめない。お菓子をくれないといたずらしてもいいんだな、と言っている。何か反応があるまでそこにいるつもりである。こうなれば意地みたいなもので、何かほんの些細なことでも良いから自分の存在を認めてくれる何かがあるまでは帰らない。団地に帰らない。団地では妻が待っている。芋を煮込んで待っている。きっと好物のせんべいを齧りワイドショーを見ながら待っている。それが妻の生き甲斐だから私はそれに関して何も言わない。正直早く帰りたい。こんなところで道草している場合でない。ぼんやりしていると生死に関わる。寒さで目はかすんできているが、まだ意識ははっきりしている。反応を待つ。長い時間は待てない。生死に関わるから。しかし反応がない。なんとか反応をえるために考える。思いついた策は火を放つこと。そうすればさすがに激怒なりなんなり反応を示してくれるに違いない。だから火を放つ。私は煙草を吸うからライターを持っている。放つ。雨で濡れているのに、意外とよくもえる。欠陥住宅だと知る。中から出てくる。泣いている。だまされたことに気づいたのだ。肩を抱く。ムコウも抱きついてくる。ふたりでいっしょに燃える家を見ている。すごくよくもえる。お菓子をくれないといたずらするぞ、とつぶやいてみる。君は少し笑いやはり何も言わない。