リッスン・トゥ・ハー

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織田作之助 1947年1月10日 その1(日本死人名辞典)

2010-02-13 | 若者的字引
車の中、太宰と作之助の妻である輪島昭子がいる。
夜も更け、もう間もなく朝だと言う時間昭子は、泣いているの?
いいえ、泣いていません、せいせいしているんだもの、なんたって思いが強すぎるのあの人は。

車は夜の町の一角で停車したまますでに数時間が経過している。
行き交う人々も不審な車両の存在を気にして、しかし自分のことで精一杯だから一般人なんて、家路を急ぐ。
太宰は外の景色をじっと見ている。昭子のことをあやしたりしない。自分がどうすべきなのかよくわかっていない。
わかったところで、それを実際にできるのか、答えはノーさ。太宰も多忙だし、やりたいことがたくさんある。昭子だけにかまってられない。
どこから落ちたのか枯れ葉が舞っている。その辺に街路樹はない。植物が見当たらない。しかし景気よく枯れ葉は舞っていて、踊っているようにみえる。誘っているのか、俺を誘っているのか枯れ葉よ。

太宰が妻に言いよる「心中しましょうか」
もちろん本気でないし、そんなことちょっと言ってみればほろっとくるかもしれない。
それがもたらす効果を太宰は確かめたくて口にしたのだ。今後よく使うかもしれないし、こういう場面で使うべきなのか、太宰は昭子に対して試してみる。
作之助は後輩だし、夫の先輩が今後のくどき文句みたいなものを試してみるのは別に悪いことじゃないじゃないかと太宰は思う。
昭子は太宰に心中という言葉を出されて戸惑い、その真意を図ろうとするが、表情は先ほどと同じくうつろだし、何より目を合わせてくれないからどうすることもできない。
しかし夫の先輩だから、敬わなければならないことはわかっていて、何しろ影響力のある人だから、後世に残る人な訳だし、ぞんざいに扱うことはできない。それで思わず「ええ」と応えたのだ。
困ったのは太宰、まさか乗ってくるとは露も知らず、むしろ馬鹿ですねえ、と笑ってくれればいいだけなのにこの融通の利かぬ女だこと、と腹が立ってくる。オマエと一緒に心中する訳がないだろうが、と思ってもいったん口にしてしまったからにはもう
引き返せないし太宰は、じゃあいきましょうか、と車を動かす。
動かそうとするが、自分免許ないっす、ということに気づいて困る。ああもう俺別に心中したくもないし、車も運転できねえし、小説も書けねえし、いや書けるか、小説は書けるか。安心する。とても安心して言う。
「運転できません、しかし小説は書けます」
「知っています、私が運転するのです、さあどこで心中しましょうか」
「いや、ちょっと待ちなさい。そりゃあ作之助君は確かに間もなく死ぬだろう、しかし我々はまだ生きていて、楽しいこともたくさんある」
「知っています。それを承知で先生は心中というワードを口にしたのでしょう。それなりの意味があり、覚悟があり、私にその提案をしたのでしょう?だったらわたしはそれを受け止めて行動に移さなければなりません。さあどこにいずこに行きましょうか」
「どうやら混乱しているようだね昭子さん、いいですか、ぼくとあなたは少々複雑な関係であり、今から心中なんてしようものならまた批判、僕に対する批判が巻き起こってもうどうしょうもない状態」
「はい」やけくそ気味の昭子の返事。「しかし先生は提案してしまった、それでいいじゃありませんか、もう覚悟決めて」
「そういうシステムではありません、まだ引き返せる距離感ですし、そんな深い意味あっていった言葉でもありませんし」
「なんてこと、じゃあ気軽に心中なんて言う提案を?」
「気軽と言うか、息が詰まりそうになったもので、つい、ですよ。そういう気持ちになることってあるじゃないですか」
「あたしもうよくわかりませんわ」
「同感ですよ、ほら、窓から空を見てご覧なさい、月がきれいです」
「あら、ほんと、黄色くって、きな粉をまぶしたお団子みたい」
「かじればきっとうまいでしょう、向こう10年ほどは腹が減らずに済むでしょう」
「そんなにあれ大きいんですの?」
「ええ、大きいですよ、けっこう大きいはずですよ」
「店に売ってるものの3倍ぐらいの大きさにみえますけど」
「あなた、それは違うよ、ぼくはこう見えても少々知恵があるんだが、あれはかなり遠くにあるから小さく見えるだけで、近づいたらそれはそれはでかいものだよ」
「どうやって近づくんですの」
「それはね、それは、うん、それは」
「近づけないならそれは小さいということに他なりませんわ」
昭子はぷいと月に一瞥くれて、手のひらで包んでいるあめ玉を口に放り込む。
「君、ぼくにもくれませんか、それ」
「もうありませんわ、ひとつだけもってたんですの」

川本真琴完全復活新曲犬

2010-02-13 | リッスン・トゥ・ハー
9年の沈黙を経て、川本真琴は帰ってきた。巣鴨に帰ってきた。巣鴨で煙にあたり、せんべいを齧り、日本刀を購入し、オー、フジヤマ!ハハ!と叫び、歌を歌った。彼女の歌う歌は相変わらずキュートであった。つんとすまして鎖骨を浮き立たせてノースリーブを着流し、帽子をかぶりあたしまだここにいるよ気づいてよ、と歌った。ギターは破り捨ててなお、ピアノもたたき壊してなお、トランペットを吸い込んでもまだ足りない衝動を彼女は感じていた。通りを歩いていた老女が川本の耳を見て、あなたその耳、見覚えあるわ。そうですか、と歌う。ええ、たしかにどこで見たのだったかしら、たしか、巣鴨で、9年前に。園通りですよおばあさん。あらやだあばあさんだなんてあたしはまだまだ現役ですよ、律子さんとお呼びなさい。すいません律子さん、歌聞いてもらえますか。ええいいわよどうぞうたってごらんなさい。誠は依頼者の依頼を受け、テレビクルーとともに、おとぼけロケの末歌う。