千艸の小部屋

四季折々の自然、生活の思いを、時には詩や創作を織り交ぜながら綴りたい。

夢見るような

2011年08月30日 | 日記

  
眼を閉じると
セピア色の風景が浮かび上がる
不確かな愛に傷ついて歩いた
北鎌倉の木立
敷きつめられた落ち葉の記憶

夢見るような恋にあこがれていただけ
記憶をたどるように落ち葉の上を歩いた
日々は過ぎて 遠いまぼろし

ジャニー・ギター
リクエストしたのは私

眼を閉じると
秋色の風景が浮かび上がる
鮮やかな朱色の風景のみが浮かび上がる
敷きつめられた枯葉の合間を
ギターの音色が流れてゆく
赤い葉の色だけが鮮明

ジャニー・ギター
リクエストしたのは私
                             (azumi)


 恋をしたのか、恋に恋したのか、夢をみていたに過ぎないような若い日の恋。
だが、理想の相手はどこかに必ずいると思っていた。

 朝の原っぱを歩くと、秋めいた冷ややかな風と枯れた葉が目立つ。
 何ともすずやかな朝。
 昨日聞いた九月のコンサート案内。
 ギターとフルートのミニ・コンサート。

 ギタリストに、「ジャニー・ギター」をリクエストしたことがあった。
 今日はギタリストのCDを聴きながら書いている。

夜想曲
ギタリストの宝
ボレロ
小さなロマンス
ミ・ファボリータ
夢         などなど。
 
 お昼近くから台風現象。やってくる前の予兆を感じてしまう我が脳。長年のことだが、身も心も休めて過ごすに限る。
 夢見るような心はすでになく、ただただ思考回路が止まってしまう私。
 台風シーズン。ちょっと辛い季節である。

 今朝の一品 ゴーヤと豚肉の味噌汁



 集中豪雨から一ヶ月の魚野川。爪痕が少しづつ消えているように見える。
 秋に予定していた天竺の里、裏巻機トレッキングは実現できないようだ。
 五十沢キャンプ場への道もまだ通行止めと聞く。





ナンシーの出産

2011年08月28日 | 日記



 ナンシーのお腹が目立ってきた。
 キャットフードと猫缶を与えすぎて太ったかな、と思っていたがそうではなかった。
 生後六ヶ月を過ぎないと成猫にならないと、油断していたのが甘かった。兄妹でも成猫たる行為をする。動物は、人間社会よりもはるかにオスでありメスなのである。猫は、親子も兄妹もないことを改めて認識させられた。そうと分かったときは、ナンシーの出産が近づいていた。
 猫は人前で子供を産むことを嫌がる。本にもそう書いてあった。
 ナンシーがどこで子供を産むのか。父親はシドなのか。

 その日、平成某年6月4日、ナンシーは朝から落ち着かなかった。
 連休も過ぎたのに、我が家は炬燵がまだあった。シドと何やら相談しているような様子。頼りにしているわよ、分かった、とでも言っているような二人。だが、何かシドは頼りなさそう。
 こうなったら、兄妹であろうが構わない、私も支援体制だ。家族みんなで見守った。その日は土日だったかも知れない。
 ナンシーは夕方近くに第一子を産んだ。私たちの前で。目の前というより隣の部屋で。一人しか生まれないのだろうか。生まれた子供を丁寧に舐めて、つながっていた臍の緒を噛みきり、胎盤も呑み込んで、またもやさしく舐め続ける。
 長女が、子猫のための屋根つきの猫部屋を段ボールで作ってあげていた。その中にナンシーは子猫をくわえて運んだ。誰が教えたのでもない。子猫が誕生したときからナンシーは母になっているのだ。
 最初の出産から一時間近く経過。陣痛が始まって第二子出産。産道は緩んで第三子は三十分後。第四子も同じ時間帯。

 この出産の光景はみんなが感動した。
 感動も何もないように、落ち着かないでいたのがシドである。
 子供たちを愛しそうに舐めてあげていたナンシーは、私たちのことが気になりだした。生まれたばかりの子猫をくわえて、どこかに運びだそうとする。四人をどこに運ぶというのだ。
 押し入れの衣装箱を片づけて、猫部屋をそっと奥に入れてあげた。居心地が悪そうにしていたナンシーは、どうにかあきらめてくれた。
 一、二度、子猫を二階に運ぼうとした。母親は四人の出産で疲れている。ナ
ンシーのための気配りしをてあげるべきだった。

 生まれた順番に、イチロー、トシチャン、ラブ、元気、という名前が決定した。
 子供たちの離乳が済んで、食事の仕方を教えてあげるまでナンシーは子供たちを見守る母だった。
 シドが家長であることもわきまえて、子供やシドの前に食事を摂らなかった。
 その謙虚さも感動した。

 ナンシーの話はまたいずれまた。


 今日はシドの命日。
 平成十七年八月二十八日午後十七時十分永眠。
 夕方近くになって、猫たちが眠っている観音堂に出かけた。
 いつまで続くか分からないが、とにかく気が済むまで。
 恩師の寺で預かっていただいていることに感謝。

 今朝の一品 ヘチマと卵のスープ



 霧にかすむ朝





(十六歳の創作)  微風

2011年08月26日 | 日記


 十一

 夏休みに入った。
 フサエもみちのやで忙しく働いている。
 一郎のタクシーもなんの事故も起こさない。平穏な日々―
 一つ変わったのは、新吾が子犬を飼ったことだ。薄茶色の雑種で、友達からもらってきた。里子も犬はかわいい。ご飯の残り物をよろこんで食べてくれる。子犬のめんどうをみるために、新吾はテレビを見にいくことが少なくなった。
 里子もアルバイトを探したが、なかなか見つからないでいたところ、みちのやから声がかかった。
 八月十二日から二十九日まで、店の客足が最も多いという話だった。

 博一は、友人達と逗子にアルバイトに行った。
 昨日葉書が届いたばかり。元気でアイスクリームを売り歩いていると。博一の気持ちが分からないでもない。自宅にいて、父親や義理の母親といることに疲れている気持ちが。
 あれ以来、博一は何度か里子に相談を持ちかけた。よい助言ができるわけでもないのに、うっぷんをはらすことによって心のやすらぎを覚えるのだろうか。       
 里子は、大人の恋愛感情とはちがうかたちで、博一、そして勇の二人を好きになっていた。これが友情というものだろう。勇においては、彼とともにその家庭をも慕っていた。

 そんなある日、木俣家の居間で談笑していた里子のもとに、新吾が紙片を手に持って駆けこんで来た。
「お姉ちゃんに電報だよ」新吾は息を切らしながら里子に紙片を渡した。

 ヒロカズ キトク スグオイデコウ
                 ズシニテ マサキ

 里子はそう白になった。紙片がテーブルの下に落ちた。八千代がそれを取り上げ、顔色を変えた。黙ったまま由起子と勇に見せた。
「私、帰ります」
 里子は落ちつきを失っていた。博一は海でおぼれたのか、不良に因縁をつけられて大けがをさせられたのではないか、何がどうなのかわからないけれど、早く行かなくては。行ってあげなくては。マサキとは、アルバイトを一緒にしている友人なのだろう。
「里子さん、あたしも連れてって」
 八千代はヒロカズなる人物が誰なのか察知していた。とっさの言葉だった。
「八千代、何をいっているの」由起子がたしなめる。
「ママはあたしを子供あつかいにしている。ママは何も知らないのよ。あたしの心なんて知らないんだわ」
「何をいいだすの。ママは何にも知っていませんよ」
「いいの、行くわ。あたしも連れてって。パパは寝室でお休みでしょう。パパの車で、お兄さま運転して!パパにたのんでくるから」
 勇は、妹のいつにない口調に驚いていた。妹が、なぜ、どんな気持ちで言い出したのか計りかねた。
 由起子は顔色を失っている里子に同情していた。
「そうね。列車なら一時間以上も待たなければならないし、パパのを借りましょう。勇、安全運転でね。里子さん支度してきてちょうだい」
 勇をうながし、里子の肩を軽くたたいた。しっかりしてね、そんな心が里子にも伝わる。
「はい、支度をしてきますのでお願いします」
 由起子のやさしさがうれしい里子だった。

 急いで家に駆け下り、大事にしている水玉模様のワンピースを着て、新吾にあとを頼むと、また大急ぎで丘を駆け上った。

 十二

 博一はどうにか命だけはとりとめた。
 やはり海でおぼれて、海水を多量に飲んでいた。アルバイトの休憩時間に泳ぎだしたのがこの結果だった。
 博一は泳ぎがうまいのに、と友人達は口をそろえて云う。遊泳中に気がゆるんだのだろうか。多量に海水を飲み込んだことによる心臓麻痺のようだった。病室では昏睡状態が続く博一を、友人達三人が見守っていた。
 博一の自宅にも電報を打ったが、まだ誰も駆けつけてはいなかった。里子を呼んだのは、いつも博一から話しを聞かされるからだと、一人の友人がそっと打ち明けたとき、里子は顔がほてるのを覚えた。

 十三

 その日の夕方、
勇と里子は病院近くの浜辺の波うちぎわを歩いていた。
 浜には人っ子一人見えない。海水浴場のある海岸は薄く向こうに見える。
 夕凪が音をたてて、足下を行ったり来たりして、涼しい風が二人の身体をなでつける。
「じゃ、やっぱり君はここに残る?」
「ええ、博一さんがかわいそうだから」
「君はすごく親切なんだな―」
「そんなことないけど、親の愛に飢えている博一さんには愛の天使が必要よ」
「愛の天使か」
 勇はたそがれ時のはるかかなたを見つめるような眼をした。
「それより八千代さん、つきっきりなのよ。花を摘んできて活けたり、博一さんを知っているのかしら」
「八千代がいっしょに行くといいだしたとき、内心驚いたな。博一君の名前も口に出したこともないし、知っているはずなんてないんだけど」
「・・・八千代さん、このままにしておいてあげましょう。看病してあげたいのよ。きっとそうなのよ」
「八千代が?」
「ええ、女のあたしには分かるの。博一さんがお宅の前を通るのを見ていたのよ。八千代さん、ひそかに思慕していたんじゃないかしら。博一さんの態度からもそう思うの。名前は知らなかったから、あなたにも黙っていたんだと思うわ」
「八千代がかい?」
「八千代がかいって、勇さんは妹だから信じられないんでしょう。子供、子供だと思っていても・・・でも、電報が来たとき、どうして博一さんと分かったのか疑問だわ」
「・・・・・・・・・」
 勇も分からない。明らかになったのは、妹が大人になっていたことだった。
「そっとしておいてあげない事?」
「・・・君はやさしいんだな」
「またそんな事、当然なのに」
「その当然が、僕らにはできないんだから・・・君、八千代にそんな事をさせておいて・・・君は・・・いいのか」
 勇は立ち止まって、里子を見下ろした。その瞳に憂いがただよっていた。
 里子はびっくりして勇を見上げた。憂いを含んだ勇のそれとぶつかった。
「もう一度、今の言葉言ってよ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「勇さん、あなたは―八千代さんが一生懸命看病しているのに、博一さんから引き離せっていうの。そりゃああたしだって看病してあげたいわ。八千代さんの懸命さが美しいと思わない?やきもちやいているんだわ。知らない、もう」
 里子は泣いていた。里子の涙を浮かべた真剣な表情に勇はがくぜんとした。里子は悲しいまでに美しかった。
「里子さん・・・」
「知らないわ、知らないわ」
 里子は勇の声を振り捨てると駆けだした。うす暗く、海水だけが光る砂浜を。 勇は棒のようにつっ立ったまま、里子の後ろ姿をみつめていた。
 里子さん、たしかに僕は嫉妬を感じているんだ。博一君に。君のような心のきれいな人を誰にもとられたくないんだ。
 勇も泣きたい思いだった。敗北者のようにがっくり肩を垂れて、いつまでも動かなかった。

 十四

 それから二日目、自宅でスピッツと遊んでいた勇は悲報を受け取った。
 吉川博一が息を引き取った。
 意識がよみがえる事がなかったようだ。
 勇は打ちのめされた。あれから不快な日を過ごした。
 里子と八千代の顔が浮かぶ。八千代の耐えきれない悲しみの表情。あわれな八千代、彼はそう思わずにはいられない。
 由起子も、顔もみたこともない博一を思って泣いていた。娘の八千代がいじらしくてならなかった。

 八千代はやつれて帰ってきた。髪の毛も乱れて、眼だけがギラギラ光っていた。
 由起子の顔を見ると、泣きだして母の胸に顔をうずめた。
「ママ、ママ」
 八千代はただ泣いていた。
 ようやく落ち着いた頃、いろんな事を話し出した。
「ママはあたしがこんな事をいっても信用しないかも知れない。ママ、あたしはもう子供じゃないわ」
 由起子はおおよその事は勇から聞いていたが、何か打ち明けようとしている我が子をやさしくみつめた。
「ママ、あたし博一さんが好きだったの。はじめは名前も知らなかった。よく庭に出ているでしょう。門の前を通る高校生がいたの。話をしたこともないのにいつのまにか好きになっていたの。
七夕の夜、花火に行ったでしょう。あの時、その人が里子さんといるのを見たのよ。うらやましかった。里子さんのお友達だから好きになっちゃいけないと思って、でも、ずっと胸を痛めていたの。
あの電報を見て、名前であの人だと分かったわ。あたし、自分でも分からないくらいとり乱していたわね。
里子さんと二人、一生懸命看病したの。里子さんも、あたしを変だと思ったでしょうね。でも何も聞かなかった。博一さんは眼をあけないで死んでしまったわ。
博一さんのお父さまも、電報が届いた時、家を留守にしていたんですって。急いで駆けつけて、お父さまが着いてから息を引き取ったの。泣いていらっしゃったわ。
お父さまの車に乗せていただいて帰って来たの。
あたしと里子さん、博一さんが死んでから海ばかり見ていたわ。どこまでもつづく海をながめていると心がやすらぐのよ」
 八千代はさっぱりとした表情になっていた。由起子の顔をのぞきこんで言った。
「ママ、あたしばかに見える?」
「いいえ、八千代、とても美しいお話だわ。大人になってから、こんな事があったのだって思い出すわ。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「八千代のは、初恋なのかしら。でも初恋って大切なものなのよ」
「ママも経験あるのね」
「さあ、パパに悪いからないしょ」
「ずるい、でもいいわ。あたし立派な体験したのね」
 八千代はクスクス笑い出した。博一の死はぬぐい去ることができないほど、心は深く傷ついている我が子。由起子は話しかけるのをやめて、八千代を見守っていた。

 勇はベランダの片すみで、自分がここにいるとは気がつかないだろう二人の話を聞いていた。
 初恋か、そんなに美しいものだろうか?
 自分が中一の時、たまらなく同級の女の子を好きになった事があった。つきあうようになって、話にずれがあることに気がつくと、あっけなくさめてしまった。今は女の子に対してはさめたものがある。
 美子も町子も軽井沢に出かけているはず。二人とも近寄らなくなった。
 里子を、ふと思った。
 彼女は家で、疲れ切った表情でいるのだろうか。
 博一が初恋の相手か・・・
 初恋とは、そんなに美しいものか。
 そんな事を考えている自分がたまらなく嫌になってくるのだった。
 彼は、たそがれがおりはじめた庭を歩きだした。

 十五

 八月も十日になって、蒸し暑さをましていた。
 里子は涼しい午前中に、買い物に出た。
 里子も元気を取り戻していた。大きなショックで食事ものどを通らない日がつづいた。
 木俣家にも顔を出していない。あいさつに行かなくてはと思うものの、もう少しあとでと思い直していた。
 十二日からみちのやにアルバイトに出る。
 買い物を済ませると坂道を歩いた。博一とよく顔を合わせた坂道。
 と、博一が向こうから下りてきた。紺のポロシャツに白いズボン。里子は我が眼を疑った。
 勇だった。気まずい思いがして、あわてて眼をそらす。
「里子さん」
 里子は眼を上げた。すぐ近くに勇の身体があった。
「何?」
 あいさつもしないで、里子自身が気がつくほど素っ気ない返事だった。
「夕方近く、あそこを登ってきてくれないかな。外で話したいことがあるんだ」
 勇自身もとっさにでた言葉だった。
「・・・・・・・・・・・」
「都合が悪いのか?」
「ええ、母が病気なの」
「病気?」
 里子はうそをついた。どうしても素直になれない自分。どうしたのだろう。
「だから、今度にしてね。八千代さん、どうしてる?」
「プンプンさ、君が来ないってつまらなそうにしていた」
 勇は里子の顔をのぞきこんだ。瞳が動揺したのが分かった。
「僕、図書館に行くところ」
「図書館?」
「そうさ」
「こんなに早くから?」
「涼しくていいからさ」
「・・・・・・・・・」
 勇は里子の横を通りぬけるように行ってしまった。
 こんな会話を、博一としたことを思いだした。里子は勇の後ろ姿を見送っていた。たくましい肩、長い足、勇はスマートだった。勇の姿を眼で追いかけているうちに叫んでいた。
「勇さ~ん」
 勇が立ち止まって振り返った。
「夕方行くわ~」
 勇は笑いながら手を振った。
 里子も手を振る。
(勇さん!あなたを嫌いじゃないわ。好きよ)
 口ではいえなかっただけだ。
 空は今日も、湖のように真っ青だった。
 さわやかな微風が通りすぎた。

                        終わり。


 朝の花 キンミズヒキ(バラ科)



 朝 稲穂の風景



 PCの友人が逗子に出かけた話を書いていた。
中島みゆきの「船を出すのなら九月」にも触れていたので、
私も、手持ちの(生きていてもいいですか)のCDを聴きながら、ノートのつたない文章をキーに打ち直す作業をした。
 十六歳の私は、逗子にも行ったことがない。都会といえば修学旅行の東京、大阪の親戚しか知らなかった。想像だけで書いた、長くつまらない文章を載せてしまったことをお詫びしたい。



(十六歳の創作)  微風

2011年08月24日 | 日記


 十

 「勇さ~ん、行くわよ―」
里子が白球をラケットで投げる。勇が返す。里子がまた返す。
里子もテニスの心得はある。上手いとは云えないが、せいいっぱい球を打ち返す。汗がほほを伝って流れ落ちる。
八千代がショートパンツになって、二人の熱戦を見守っている。
十回、十五回、二十三回、二十八回。二十八回目になってようやく戦いが終わった。里子が打ち損じたのだ。
「ふう~っ」里子がため息をつく。勇も寄ってくる。
「里子さん、だいぶ上手くなったじゃないか」
「そうかしら」
「フォームがきれいだ。運動神経が発達しているのかな。スタイルもいいし」
「あら、お兄さま、先生みたいな事いってる。ね、里子さん、お兄さまったらえらそうな口を聞いてね」
八千代は里子に相づちを打つ。
「何いってる、この八千代野郎め」
勇がゲンコツでなぐるまねをすると、八千代は悲鳴をあげてベランダの方に駆けて行った。
「八千代のやつ、いつもこんなんだから」
「でもかわいいんでしょう」
「そうだね」
「八千代さんのような妹がほしくなる」
「八千代が聞いたら喜ぶな」
「まさか」
「人間ってさ、自分にないものが欲しくなってしまうんだな。僕だって姉や兄貴がたまらなく欲しくなる時がある」
「同感!」
「さ、向こうへ行こうか。氷あずきでも食べよう」
「ありがとう」
「君、すごく汗が出ている。ハンカチは?」
「さっきテーブルの上に置いてきちゃったの」
汗の吹きでた顔を、少し赤面させながら里子は答えた。
「撲のを貸そうか」
勇はトレーニングパンツの後ろポケットからタオルを取り出した。
「だって・・・」
「大丈夫、まだ汗は拭いてないんだ。僕はと・・・」と、ポケットからハンカチを出した。大分汚れが目だっている。
「ごめんなさいね」
「レディーファーストだからね」
「あら」 勇のタオルは心地よい香りがした。母親の由起子の気配りを感じた。
勇はバスケット部の選手のせいか身長がある。博一よりかなり高いだろう。
二人が芝生の方まで歩きかけたとき、屋敷の玄関の方から白いワンピースの少女が庭に入ってきた。
「勇さ~ん」
里子は気まずいものを感じた。勇と肩を並べて歩いている自分に気恥ずかしさを覚えた。里子は勇を見上げた。勇は少し眉をしかめた。
ワンピースの少女はつかつかとそばへ寄ってきた。
「庭にいるって聞いたものだから、こっちへ来たの。少し相談したいことがあって」言いながら、少女は里子を選別するようにじろじろ見た。
「この方、どなた?」
「紹介しよう。こちらは野村里子さん、高一、美子さんと同じだね。こちらは幸田美子さん、撲の親戚、いとこではないけど」
「よろしく」美子は気どって軽く頭を下げた。
「野村里子です。よろしくお願いいたします」里子は深々と頭を下げた。
「二人でテニスをなさっていたの?」
「はい」
「勇さん、強いでしょう。私なんかいつも負けていてよ。今度は二人で仕返ししましょうよ」
「ええ」 里子は笑ってうなずく。

 三人はベランダから居間に入った。
「おばさま、こんにちは。またおじゃましてよ」
「美子さんいらっしゃい。どうぞ、どうぞ」
居間では、由起子と八千代がソファに腰を下ろして雑誌を読んでいたところだった。
「おばさまも聞いて。もうじき夏休みでしょう。八千代さんと勇さんを軽井沢の別荘にお誘いしたいの。おじさまは別荘をつくらないけど、うちのパパはあの通り社交家でしょう。軽井沢と琵琶湖に別荘を持っていることは、おばさまも知っているでしょう。
今夏は、パパとママが琵琶湖に行って、私は軽井沢を使ってもいいんですって。町子さんも、友達二、三人誘うわ。だから勇さんも友達誘ってほしいの。ね、おばさま、いいでしょう?」
「私はいいも悪いもありませんよ。ただね、若いものばかりではね」
「そのことなら大丈夫、ママの妹、若いけどおばさんが監視役で行くから。ね、いいでしょう。おばさまのおゆるしを得てからじゃなきゃ。ママにも言われたし」
「私はいいわよ。でもね。うちの子供たち・・・」
「ね、、八千代さん、行きましょう。あなた軽井沢知らないでしょう?とってもステキよ、ね」
八千代は返答に困って、兄を見上げる。勇もむっつりした表情だ。
「二人とも行きたくないのね。どうして?聞かせて。まさか私を嫌いなんじゃないでしょうね。勇さんだってデートして下さったりしたのに・・・」
美子は一人で、ズケズケと物を云う。
勇は呆れていた。里子が変に誤解しないでくれればと思った。
里子も黙って聞いていたが、美子は嫉妬深く心の狭い人間であることが感じられた。里子に対してあてつけるようなものの言い方に思えた。
「とにかく僕は辞退しよう。撲の友人も、別荘で遊ぶような者は一人もいないんだ。悪いけど、皆バイト探しにてんてこ舞いしているよ。撲がたった一人で、君たちの仲間に入ったってつまらないだろう?」
「そんな事・・・」と、言いかけて、美子はあわてて口ごもった。勇には次に何を言おうとしているか、よくわかる。
「その方の別荘にいらっしゃるんじゃなくて?」
里子は口を開いた。
「私は別荘など持つような身分じゃありません」とっさにでた言葉だった。
「あら、そうなの」美子は改めて、里子をジロジロながめた。洗いざらしの白と黒の格子のワンピース。
「じゃ、仕方ないわね。では、おばさま、またおじゃまさせていただきます」
美子はベランダから出て行った。明らかにプンプンしている態度だった。
「美子さんを怒らせてしまったわね」
由起子は勇を見ながら小さく云った。
「仕方ないさ、行きたくもないのに、自分一人で我が儘すぎるよ。あんなのにかまっている必要ないよ」
「あたしも、すっごく美子さんが嫌になった。ママは?」
八千代の声を由起子がたしなめた。
「そんなこと、うかつに口に出すものではありませんよ」
「里子さん、驚いただろう。ああいうやつもいるんだから。うわべだけ着飾って・・・」
勇の問いかけに、里子は苦笑した。

 お手伝いが、氷あずきを運んできた。
冷たい氷あずきが、口の中で甘く溶けていった。
「里子さん、こんな言い方は失礼なんだけど、ああいう人に反感を持ちませんか」
由起子のまっすぐな問いに、里子はうなずいた。
「はい、持たないといっては嘘になります」
「そうでしょう。私もあなたくらいの時、金持ちのお嬢さんを見ると、気どっているわって、むかむかした気持ちになったものよ。やっと生活しているような貧しい家で生まれたものだから、ねたましくてならなかったの。でもね、どんなに貧しくても心だけは清く持ちたいって、そう思っているうちに心の中のねたみや嫉妬がなくなってしまったの」
「私もおばさまと同感ですわ。私の家も生活は安定してきましたけど、貧乏は慣れているし、心だけは清く持ちたいと、いつもそう思って来ました」
「里子さんは人から好かれるようね」
「そんなことありません」
「お母さん、里子さんはさ、中学の時ずっと委員をつとめたんだって。クラスの人気者だったらしいよ」
「あら、誰から聞いたの?」
里子はこんなことを誇らしげに話したりはしない。
「関根って知ってるだろう。君のクラスだったんだってね。バスケット部に入ってきたんだよ。ぐうぜん君の話が出て、時々聞かせてもらっているよ。関根君に君のことを」
「関根さんが?」
スポーツはやっていたが、ガリ勉型で女の子などかまったこともない関根が―
人は信じられないものだと、里子は思った。
「里子さんってうらやましいわ」
八千代がわざとつまらなさそうに云った。
「頭がよくて美人で、人から好かれて・・・」
里子は笑いたくなってしまった。
なぜだか知らない。よい人ばかりに囲まれて、ほめられて、うれしいのかも知れない。とうとうこらえきれずにふき出してしまった。何がなんだか、おかしくて仕方がなかった。庭に出て、みなに背を向けて笑っていた。
「里子さん、何があんなにおかしいのかしら」
「箸が転んでもおかしいっていうじゃない」
由起子と八千代が後ろで何か云っている。
このとき、里子は幸福感に包まれていた。

                    つづく。


 朝の一品 ステックブロッコリーの辛子和え



 朝の庭花 ホトトギス(ユリ科ホトトギス属)



 朝の庭花 ミズヒキソウ(タデ科)




 蝉の声が以前と違う。
少し弱々しい。鳴きやんだと思ったら、代わって虫の声。
一日晴れたが空の色も薄く、雲は刷毛を薄くなぞったような秋の色に近い。
動いていると汗ばむし、北側の窓辺に立つと秋の風が足下を通り抜ける。
夜明けも遅く、日暮れも早くなった。
 秋はどこまで来ているのだろうか。ふっと思う。



(十六歳の創作) 微風

2011年08月22日 | 日記


 七

 八千代にも思春期が訪れていた。いつまでも末っ子で甘えん坊の八千代ではなかった。
庭でスピッツと遊んでいて、時々門の前を通る高校生をひそかに想うようになっていた。想うといっても、あの人がここを通ってくれないかな、そんな願いからだった。いつからだったか、家の前を通る高校生をすこし意識するようになったのは。最近のことのようでもある。
ここのところ高校生の姿を見かけなくなったので、小さな胸を痛めていた。
お兄さまにこんな話をしたら笑われるだろう。いいの、お兄さまに秘密にしておくの。ママにも・・・
勇のいない日は、八千代はスピッツとよくたわむれていた。
広い芝生の庭には花壇あり、テニス場もある。
級友を家に招待するのは一月五日の誕生日以外なかった。部活も苦手、内弁慶で、母の由起子に甘えたり、勇をからかったりしているが、実際どういうものか、八千代は一人ぼっちでいるのが好きだった。誰に似たのだろうか。
勇は高三だが、大学もある私立高校なので受験がいらない。バスケット部の選手で試合も間近いため、猛練習で帰宅が遅い。
由起子もいろいろな会合に出席することが多く、父の明も夜にならないと帰ってこない。
八千代はそういう時、晴れていれば庭にでて、スピッツと遊んでいた。
美子も町子も、勇の帰りが遅いことを知っていて家には来なくなっている。
八千代さん、いますか? 町子はよくそう言って来る。勇がいなければつまらなそうにすぐ帰ってしまうことくらい気づいている。
美子も町子も高一。ずっと遠くの私立高校へ通っている。彼女らは勉強よりもおしゃれが大事らしく、いつも着飾っている。
美子はつめにマニキュアを塗っていた。透明だからまあよいのだが、なんでも品よくすることばかり考えて、みょうに大人ぶって見え、少女らしさがなく高一には見えない。
八千代はこの二人を好いてはいない。まだ二回しか会っていないが、野村里子という少女の方が好きだった。
テニス場の隅に行ってみた。細長い長屋が四棟続いて、その端に一軒家があり、屋根にテレビアンテナが立っている。長屋の一隅から煙りがゆらゆらたちのぼっている。洗濯物が風に舞っていた。
セーラー服姿の少女が丘の右端から現れた。白いセーラー服が清潔に見えた。よく見ると学校帰りの里子らしい。
八千代は思わず叫んだ。
「里子さ―ん」
その声はこだましたが、小さかったのか里子には届かなかった。
里子は軽快な足取りで、一番左側の手前の屋根の下に姿を消した。
はるか遠くの山々がぼうっとかすんで、その上を白い雲が弧を描いていた。

 八

 里子は汗ばむ顔を水道水で洗うと、ひっそりとしている四畳半に入った。
ムンムンむし暑い。ガラス戸を開けると心地よい一風が入ってきたが、またむし暑くなった。
机の上に一通の封筒があった。
野村里子様― 急いで裏を見ると、思いがけなくも博一からだった。手紙を寄こすのは何か訳があるのだろう。里子は少し期待を持って封を開けた。あきらかに博一の筆体だった。
中学の時よりずっとうまくなっているが、きちんと字画をとるのは博一のものだった。

 拝啓
夏がやってきましたが、里子さんはお元気でお過ごしのことと思います。
何度も言うようですが、里子さんが身長が伸びたのには今でも驚いています。ここへ舞い戻った当時、あのバンビのような里子さんに会うこともあるかなって、いくぶん期待していたんです。
高校はちがうけれど、里子さんは今でもクラスの花じゃないかな。僕の想像は当たっているでしょう。
撲の学校は、昨日試験が終わったばかりです。夏休み前の試験はへとへとです。
休みに入ったらバイトをします。なんなら里子さんも一緒にと言いたいところだけれど、ぶしつけで図々しすぎるからやめておきます。
撲の生活も大阪に行ってから一変しました。
里子さんも、撲の様子に何か気がついた事があるでしょう。撲自身も自分の変わりようにあきれてはいます。
それについて話したい、話を聞いていただければと思います。
七月七日、七夕の夜はいかがですか。花火の日だし君の都合もあることでしよう。
その日でさしつかえがなかったら、つつみ橋のたもとで八時はどうでしょうか。撲は先に行って待っています。

野村里子様
                七月三日            博一拝

 そう書かれていた。
大阪に行ってから生活が一変した?どういう事だろう。何か博一の生活をさまたげる一身事があったのだろうか。野村君ではなく、里子さんと書いてきた。それほど私を信用していいのだろうか。博一に信用される事に、里子はすくなからずほこりを抱いた。

 九

 七夕の夜が来た。
町には夕方から花火が打ち鳴り、祭り気分を盛り立てていた。里子の家でもささやかな七夕かざりをした。
里子は短冊に[愛]と書いた。どんな小さなことでも愛だと思って受け入れ、心のポケットにたまった愛を分けてあげればどんなにいいだろう、そんな願いをこめて。
そっと新吾の方をのぞいたら、テレビが買いたい、と何枚も書いていた。新吾らしい。新吾は見るものがあればそれでいいのだから。

 夕食がすむと、久しぶりに父を交えて、一家四人町へでた。
里子は去年新調してもらった白地にわすれな草の模様のゆかたを着た。フサエのゆかたは、里子が中学の家庭科で手縫いした紺地の小花柄。娘の仕上げは上出来ではなかったが、心がうれしくて大切にしまっておいた。少しばかり生活が安定した家族そろっての初の外出である。
花火までには三十分ほど時間があった。四人は祭り気分絶頂な町をぶらぶら歩いた。四、五人、級友がえしゃくをして通った。
川の堤はぼんぼりの灯も点って、たくさんの人が集まっていた。里子たちも茣蓙を敷いて腰を下ろした。ほどなく花火の打ち上げが始まった。
アナウンスが、「いずもや商店さま、スターマイン」と声をはりあげる。真っ赤な火の球があがって、上空で幾重にも割れた。さまざまな色になって飛び散る。
五つばかり打ち上げたあと、里子はそっと父の腕時計を盗み見た。うすあかりの中で八時少し前だと分かった。
「あたし、友達と待ち合わせておいたの。ちょっと行ってくる」
「いいよ」
父母が同時にうなずいた。
里子は群がる人の波をかきわけて、やっとの事でつつみ橋のたもとに出た。ここにもいっぱい人の波があった。博一がどこにいるのか見当がつかなかった。
「野村君」ポンと肩をたたかれた。博一だった。
「あ、博一さん」里子はホッとした思いがした。
「まだ三分もあるよ。八時まで」
「いやだわ、人の波をかきわけてやっと来たっていうのに」
「ごめん、ごめん、向こうへ行こう」
博一は里子をうながして、人影もまばらな反対側の堤に下りた。こちらは二人連れが多かった。やはり恋人同士は静かな方がいいのだろうか。
二人は人目につかない所に腰を下ろした。花火がズドーン、ズドーンとあがって大地をゆさぶる。腰を下ろしたまましばらく黙って花火をみつめていた。
「君に話したい事があるっていっただろう。君には話せると思ったんだ。まだあまり顔を合わせていないけど、君には人を寄せつける力があるんだ。信用していいような」
「あたし?自分では分からない。信用されても困ってしまう」
「だから君は人気者なんだ。親近感を与えなくて、どうしてクラスの花になんかなるんだろう」
「そうかしら」
「そうさ」
里子はクルっとよく動く目で博一をみつめた。博一も里子をみつめていた。二人の間にほのかに暖かい交流があった。
「撲、大阪へ行って生活が一変したっていっただろう。一変とは大げさだけど、自分がそう思いこんでいるだけかも知れない。こんなことを話すのは学校の親友と君しかいないよ。」
里子はうなずいていた。
「大阪に行って、一年たって姉が結婚したんだ。姉は九州に行っている。あとに取り残されたのは父と撲だけ。女の姉が嫁いでしまって、家の中がガランとしてしまった。姉がいないだけで、空気もずいぶんちがうんだ。
撲も父を好きだった。ところがどうだ。父はある日酔っぱらってきて、博一、お前にお母さんができるぞ、綺麗でやさしいお母さんだ、なんていうんだ。冗談かと思ったけど、四、五日して女が来たんだ。二十六、七歳の女なんだ。着物を着た派手な女だ。そんな若い母があるかっていうんだ。
撲は中三になったばかりだったから、女がどんな商売だったかなんて知らない。ある日、通いで家の手伝いにきてくれているおばちゃんたちの話を耳にした。あの化粧の仕方はどう?着物の着方はどう?あの女は芸者に決まっているっていうんだ。事実そうだった。だらしがなくて、食べたり飲んだりもそのまま、家の片づけもやらない。父とは何年も前から関係していたんだそうだ。あの女は父の内縁として納まった。父とは酒ばかり飲んでいる。派手な着物を着る。化粧もすごくて髪も染めているんだ。
僕は父を恨むようになった。おばちゃんたちはあの女に、奥さまなんていうんだ。女も得意になって父の妻になっているよ。博一ちゃん、なんていっているけど決して母なんかじゃない。全てがうわべだけで撲はたまらないんだ・・・
里子さん、こんな話聞いて驚いた?」
「ううん」
里子は首を振った。世間にそんなケースのあることも知っている。
「博一さんの気持ちも分かるわ」
「そうさ、分かってもらえると思った」
「で、その女(ひと)まだずっといっしょに?」
「いるんだけど、この頃父とけんかばかりしているんだ。父にまた別の女ができたとかなんとか、父の行いもみにくいと思っている」
「・・・・・・・・・・」
里子は黙っていた。世間にありがちな話。自分の生活とは無縁だが、博一の話には考えさせられた。
「博一さん、大人の世界は難しすぎる。話をしてくれたことはうれしいけど、どうすればいいのか私には分からない。博一さんが困っている気持ちだけは分かるけど」
「僕はあきらめているけれど、世間体というものもあるだろう。父の信用がつぶれたりしないかと思って・・・」
里子は川の流れに目を転じた。黒く光ってみえる川面に、打ち上げ花火が映っては消えた。
「話したからどうにかなるっていうんじゃないけど、少し心のうっぷんをはらしたかったんだよ・・・」
「分かるわ、その気持ち」
「これで、もうこの話はおしまいだ」
博一は大きく息を吸い込んで、両手を組んで背伸びをした。
「博一さん、あたしね、短冊に愛って一文字を書いたの。どんな小さな愛でも両手いっぱい受け入れて、多くの人にその愛を分けてあげればいいなって。
つまり、愛受け入れ窓口。あたしは大人じゃないし、世の中の事何にも分かっていない未熟者だけど、博一さんが困り果てて、私の胸に飛びこんできたら愛を持って話しを聞いてあげる」
「里子さん、ありがとう」
二人は手を取り合った。二人の間に新たな友情が芽生えたようであった。
「里子さん、その着物似合うよ」
「あら、さっそくおほめにあずかるってわけね」
「ほんとうだからいったんだぜ」
「ではでは、おほめいただきありがとうございます」
里子は笑いながらおどけて言った。事実、ゆかたは色白な里子によく似合っていた。
「アルバイトの件だけど、この夏逗子海岸でバイトするんだ。アイスクリーム屋のバイトで友人たちとやるんだけど、店では明るい女の子もほしいっていっている。なんなら君もやらないか。同じ店でなくともいいんだ・・・」
「バイトはするつもりだけど、海岸のバイトは嫌いなの。変な不良もいるでしょう?」
「里子さんは目につきやすいからな」
「そんな意味じゃないけど、どうも海岸は気がすすまない」
「無理にとは言わないさ。ただちょっと残念だな」
「どうして」
「友人に里子さんを公開できないからさ」
「公開だなんて、いやだわ」
「ふざけただけだから気にしないほうがいい。撲は大体・・・」
「ユーモラスなところがあるっていいたいんでしょう」
里子がやりこめた。博一は明るく笑った。
「撲もう帰るよ。君はお母さん達と来たんだろう?」
「ええ」
「じゃ、さよなら」
「お父さまにやさしくしてあげてね。愛を持ってね。博一さんだって決してお父さまを嫌いじゃないはずよ」
「わかった、わかった」
博一はこの言葉を何気なく聞いてうなずいたが、歩きながら身にこたえるものがあった。決してお父さまを嫌いじゃないはずよ。里子はやわらかく言ったのだが、この言葉は考える余地があった。そうなんだ、父は母亡きあと、小学生の博一をどんなにかわいがってくれたか・・・

 八千代は母の由起子、お手伝いと三人で堤に来ていた。なぜか浮かない顔をしていた。
来る途中、つつみ橋のたもとに、あの高校生がたたずんでいるのを見つけた。八千代は胸が高鳴った。だが少年はゆかた姿の少女を見つけると、二人で暗い方の土手に行ってしまった。
八千代は見たのだ。少女の白い横顔を。八千代の胸の中にあった、ある文字はかき消されてしまった。ほのかな思慕という文字を。
由起子はお手伝いと話しをしていて、八千代の顔色にも気づかない。
孤独な八千代は、ボーイフレンドも持てなかった。里子がうらやましかった。里子の明るい性格が、人をひきつけるのだということは八千代にも分かる。勇も八千代もその一人なのだから。
アナウンスが、「しかけ花火、みちのや用品店様」と呼びかけた。
見事なしかけ花火が始まった。
八千代は、ただ目で追っているだけだった。
 
                             つづく。


 朝の風景 川土手に捨てられたままのローラー



 朝の風景 夏休みの校庭




 昨夜九時半、家は静けさを取り戻した。
プール熱を持ってきた小一の孫。熱はお盆すぎに出た。
長い間、疲労感のなかにいた私は熱中症と診断を受ける。小一の孫が元気になって、私を除いた家族八人は津南のひまわり畑に出かけた。ひまわりも見ないで五歳の孫も具合が悪くなる。やはりプール熱の感染。一足早く帰った大阪の孫、三歳と一歳にも感染が判明。

 五十沢キャンプ場にみんなで遊びに出かけるはずだった。
予定は狂ったが、キャンプ場は立ち入り禁止とか。この間の集中豪雨であちこちの山が傷つけられてしまった。
 楽しみにしていた裏巻機トレッキングも当分の間見合わせか。
 今年は予期せぬことが次々と起こる。猛暑の後は冷たい雨に変わる。
 神よどうか怒りを鎮めて。未来をになう子らのためにも平穏な日々を。