私は心が冴えなかった。
何やら思わしくない秋空のような予感がした。
遠藤圭子から電話があった。
受けたのはフロントにいた私だったが、圭子の声に感情の昂ぶりを抑制しているような、響きのない声が気になった。
話したいことがあると、日にちと場所まで指定してきた。私に異存はなかったが、何を話したいのか皆目見当はつかなかった。
強いて言えば、宗人の姿をホテルで見かけることが多くなったことは事実だが、公私混同するような会話もなかった。
宗人を意識の内に置くようになって、殊更意識外に葬るように努めた。
陶芸家圭子を妻に持つ宗人。父性愛にも似たしずかな思いが育まれつつあることは確かだった。しずかに芽生えたものは、しずかに蓋を閉じればいい。
隣町の川沿いのレスト・カフェでの待ち合わせは午後八時だった。
真っ暗な川面に、橋の上を走る車の灯りが映る。
静かな闇夜だった。
川面だけがきらめく出窓のそばで圭子を待った。
ほどなくドアが開く音がして、圭子が入ってきた。
「お待たせ。宗人待ちだったのよ。子供二人いるのでね」
屈託なさそうな笑顔だった。
私も微笑んで頭を下げた。
「マスター、二階開いているよね。使っていいかな」
店主に声をかける様子も明るかった。
寡黙そうな店主は、頭を二度下げることで了承したようだ。
階段を昇っているとき、賑やかな笑い声がして四人連れが入ってきた。店主のいるカウンターの椅子にどっかりと座る。
二階は三角屋根を利用した造りで、小部屋が二つあるようだった。
ドアのノブを回しながら、
「ごめんなさい。うるさいのが来るから落ち着けないのよ」と、圭子は詫びた。
何の感慨も思惑も持てずに、頭を下げた私。
小部屋はログハウス風。一枚板のテーブルと長椅子二脚。出窓に暗い照明がついていた。
階下の出窓にも置いてあったが、ミニ陶芸品は遠藤圭子の作品なのだろうか。ネコやフクロウやカエルが愛くるしかった。
眼をやっていると、
「ああ、それね。私がつくったの。可愛いでしょう」、と圭子。
縦、横幅とも五㌢ほどの手に取りやすい置物だった。
重くはないがどっしりした安定感があった。
「可愛いですね。さわってもいいですか」
用件を切り出される前のぎこちなさが私にはあった。
「どうぞ、どうぞ。作品づくりに試行錯誤しているのよ。売れない時代だし、頭痛いわ」
「すみません。ホテルに陳列してある作品しか拝見したことがないんです」
事実だった。陶芸がどのようなプロセスを経て作品になるのかだって、詳しくは知らない。
「あら、そう? 宗人の工房に行ったことないの?」
何か誤解を受けている気がしないでもない。
ドアをノックする音と同時に、「失礼します」の声がして、コーヒーのトレーを持った若い娘が入って来た。
圭子は話をやめ、「お母さん、いなかったわね」と声をかけている。「母は親戚の結婚式で横浜に行ってます」「そうなの。お店のお手伝いが出来るようになって、お父さんもお母さんも喜んでるわよ」
娘はニコッと頭を下げ、出て行った。
店内の賑やかな話し声が、かき消されたように静まりかえった。
コーヒーを口元に運びながら圭子は言葉を吐いた。
「へえ~っ、行ったことないの」
「ありません。君子さんとどうぞって言われたことはありましたけど」
「一人で行ったことはないの?」
「ありません。そのようなことはしません」
何か、勘違いされている。
電話での感情を抑え込んだ圭子の声が甦った。
「ホントにないのね。宗人はあれで女性にモテるの、とばっちりをくうのはいつも私。前だって・・・」
圭子は口ごもったが、誤解を受けているらしい私はただでは済まされないものがあった。
「何かあったのですか。お話にならなくてもいいのですが、何にもないのに誤解されたくはありません」
「そう、誤解したのかな。悪かったわね。私も、かあっとなる性分なのよ。多分間違いないと確信を持つと、方向性は同じ。あくまで追求しつづける。
宗人を追いかけて来て一緒になった、私の眼に狂いがあったようね。私はこの通りの性格だから白黒はっきりしないと気が済まないの。宗人はのらりくらりと私をすり抜けて今まで来たわ。仕事面では意気投合もするし、喧嘩もしょっちゅう。宗人は黙り込むし、私は許せない。私が忘れてしまったようなときにまたやさしくなる。宗人には負けたなと、いつも思う。そしてまた壁にぶつかる。その繰り返し。
宗人は、女性に弱いのよ。
私と工房が離れてから、特に痛感するわ。住まいはいっしょよ。
電話が来るの。無言電話よ。私だと相手は出ない。
宗人だと出るのよね。ボソボソ頷いたり、相づちを打ったり。誰だか分かっているのよ。知らないふりをしているけど、相手も相手よね。とんでもない時間に電話寄こして、今海辺にいるけど来てくれなかったら死んじゃうとかなんとか。女は魔物よ。私も宗人もまったく分かんない。宗人の生徒だから我慢しているけど、年上よ。利口そうに見えるけど馬鹿よ。馬鹿馬鹿しくて話にならない・・・」
美大を出たという圭子は、才能もあり、頭脳明晰で、話す言葉も淀みなく惜しみなく湧いて出る。
正直のところ疲れた。聞きたくもない話までも飛び出してくる。
私の年齢を確かめ、私に宗人への懸念がないことを確認させて帰ったに過ぎなかった。
圭子が宗人より十歳若いことも分かった。
遠藤宗人。そうだ。封印すればいい。
私もいつか人の妻になるかも知れないのだから。
つづく。
「雲の合間」は、あと二、三回、休ませていただきたい。
お家ご飯。
トマト&玉子の塩麹スープ。
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ヤマブキと加賀揚げの炒め物(大皿盛り)
またヤマブキを採取。葉は佃煮に、と聞いたが虫がついていたので捨てた。
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初採れルッコラとクレソン。トマトは店で買ったもの。
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ヤマブキの塩麹煮。
シンプルだが、塩麹がなじんでくると美味しくなる。庭の山椒を摘んだ。
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大根葉の味噌炒め。
菜っ葉飯として昔から馴染んだ。
今朝、大根二本をいただいたが、葉っぱの部分が切り取ってあった。真ん中より上の部分を、お昼に納豆とクレソンを混ぜた「なっぱめし」にして食べた。
うう~ん、美味しい! 越後生まれはやっぱり田舎の味が好きなのだ。
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タチアオイ(アオイ科の多年草)
魚沼では、この時期どこでも咲いている。
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朝の風景。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/9d/6f1cf2241be1183318f5fce6e9d892b8.jpg)