千艸の小部屋

四季折々の自然、生活の思いを、時には詩や創作を織り交ぜながら綴りたい。

創作 雲の合間  4

2012年05月31日 | 日記


   

 一年は慌ただしく過ぎたのに、意識を留めている一日は長い。
 ホテルの調理場の一隅で、同僚の君子と遅い昼食を摂る。越後駒ヶ岳が秋陽を浴びて、稜線を縁取りはじめる。切り立った谷間が、時として間近に感じられる時がある。谷間に抱かれる刹那、その一瞬。澄んだ秋の大気。この地に来てよかった。安堵と期待感。何の期待感だというのか。意識の中にある自分を打ち消す。
「誰か来た。遠藤さんだ」
 同僚の声に、調理場を仕切る暖簾の向こうに眼をやった。
 だぼだぼズボンの下だけが見える。
 ほぼいつも同じ格好である。
 半袖Tシャツの上にカッターシャツを羽織って、肩まで伸びた髪をバンダナでくるんでいる。
「こんにちは~」
 くったくない笑顔が暖簾ごしに覗く。
「久川さんはいないのかな」
 支配人の久川を眼で追っている。
「フロントにいませんでしたかね。さっきまでここにいたがあけど、用足しにでも行ったがかね。なんかいい話でも持ってきたかね」
 君子も越後訛りがあるが、屈託なく対話するので客受けも客捌きもよかった。
 客室担当である。
 シーツ交換は業者へ委託。清掃もパートタイマーの仕事。
 ホテルがレストランをやっていた頃は、そこも手伝っていたと聞く。レストラン業務をやめ、次はブライダルの計画が浮上しているらしい。これも聞いた話。
 季節限定のスキー観光が伸び悩み、生き残り作戦が凄まじい。
 高校卒業後地元企業に就職。結婚を機に職場を去り、このホテルが開業したので、家族に勧められて社会復帰した。
 君子は自分や家庭の話はするが、相手に突っこんで聞くようなことはない。
「久川さんを待っている間、君子さんと茶飲み話していようかな」
 遠藤宗人は空いている椅子に腰かけた。
「私は時間だから、裕美さんどう?」
 君子は忙しい人だ。わずかな休憩時間に編み物棒を動かしている。休憩室の畳の上で、保育園に通う娘のセーターを編んでいた。
 私と年齢の大差はなかった。娘の上に小学生になった男の子もいた。夫の両親が子供の世話をしてくれるので助かっていると、愚痴など言わない彼女に敬服した。ともすると、他人の中傷、陰口を業腹に語りたがる女たちを私は好まない。
「私がお相手でもいいんですか。遠藤さんは君子さんとおしゃべりしている方がお好きでしょう。口べたな私より」
 何を言っているのだろう。
心と反対なことを言っている。意識の中にそっと鎮座していたのは他でもない、遠藤宗人、その人だったから。
 陶芸家夫婦。遠藤宗人とその妻圭子。強烈な個性を持つ圭子。その個性を受け止めて、静かに内燃しているかのような宗人。
 宗人の中にくすぶっているものが何なのか、知りたくもあった。だが、心の中でかぶりを振る。
 君子も器用だが、私は生来物づくりとは無縁。想像はたくましくするが、想像が敵わないと分かると、あっさり蓋を閉じる。

 中年男、遠藤宗人。
 まだ若いと自負しているだけの何の取り得もない私。
 私は宗人に父を重ねているのだろうか。
 出会ったことは偶然ではなかった。
 こうして時々ホテルで顔を合わせている。
 ジョークも出る気さくさが、こちこちになっていた意識の塊をほぐしてくれる。
 一年前に出会った話はしなかった。
 眼だけがやさしく答えてくれる。
 この地に住んでくれてよかった、そう言っているかのように。

「ははは、君子さんはよく分かる人だ。
そうなんですよ。裕美さんの顔が見たくて、こっちに足が向くんだな」
 遠藤宗人は、私を見てニヤニヤ笑った。
「やっぱりね。ごちそうさま」
 君子は二人を交互に見て、笑顔で退座した。
「裕美さん、今のは冗談ね。悪く思わないでね」
 遠藤宗人が心から申し訳なさそうな表情をしたので、私も言った。
「はい、分かっております」と。
 にこっと微笑むことも忘れなかった。
「支配人を見て参りましょうか」
「いいんです。俺が覗きに行きます。休憩中にすみませんでしたね」
 遠藤宗人はズボンのポケットをガチャガチャ鳴らした。
 くせなのだろうか。だぼだぼのズボンのポケットに手を入れて音を出している。
「あの」
 そう声をかけただけで反応があった。
「ああ、これね。クルミが入っているんですよ」
 と言って、ポケットから二個、黒光りしたクルミを取り出した。
「これをね。ポケットの中でこすり合わせる。ほどよい快感と開放感ってやつかな。すかっとするんですよ」
「面白いですね」
「やってみる?」と言いかけたが、「ダメダメ、衛生上よくない。ホテルだし、こんなおじさんが若い娘さんの気を引くようなことは慎まなくちゃ」と、クルミをポケットに戻した。
「それ下さい。よく洗って、私もストレス解消法にやってみたいです」
「ははは、娘さんを釣っちゃったな。おじさんは釣りの名人だ」
 私の真面目ぶりに、照れたように遠藤宗人は笑った。
「釣りもなさるんですか?」
「何でもやりますよ。田舎猿だから山や川にあるものなら何でも。イワナにヤマメにハヤにカジカに・・・アユは鑑札持っていないからだめだけど、山菜、木の実、キノコ、食べられるものなら何でも」
 眼が活き活きと輝いてきたと思った。
「鑑札って何ですか」
「あのね、漁業組合に入って組合人にならなければ、魚は獲ってはいけないんですよ。イワナやヤマメは山の中でこっそり捕れるけど、アユは稚魚を放流する。成長した頃、川を遡ってくる。アユ解禁とか聞いたことない」
「知りません」
「そうだよね。解禁って、アユを釣ってもいい期間のことを言うんだけど、難しいことはやめようね。
裕美さんに食べさせたくなったな。旬でなくても食べられるものを用意できますよ。
君子さんと来られるといいんですが・・・
一人ではだめです。奥さんの工房は別なので。そうだな~ イベントで人が集まったときがいいかな。
囲炉裏を囲んで、みんなでワイワイやるのもいいものですよ」

 話は尽きなかったが、休憩時間も終わる頃支配人の久川が顔を出した。
「宗人、待たせたね」
「いえいえ、どういたしまして。若い美人さんが相手をしてくれたんで、用件忘れたよ」
「中田さんがお相手を、そうか、それはよかった。宗人は奥さんの尻に敷かれっぱなしだからね。こいつはいい奴なんですよ。敷かれていなかったら、もっといい男になっていた。
私ら仲間は、宗人とずっと付き合ってきた。宗人の夢を応援してきたつもりです」
「おいおい、何を言っている」
 はにかんだような表情をした遠藤宗人。
 その横顔も少年のようだった。

 宗人さんか~ 

 心の内でつぶやいた。 

                              つづく。


 トンネル爆発事故から一週間になる。
 現場前で献花をしている人々のことをテレビで報じていた。
 あの山は、私共がよく行く山だった。
 山菜、ネマガリダケと、六月の初めに会いに行けると、楽しみにしていた山野草と・・・
 当分登れないだろう。
 静かに、亡くなられた方々のご冥福をお祈りしたい。


 お家ご飯。

 胡瓜の佃煮(解凍したもの)




 朝の風景。





創作  雲の合間  3

2012年05月19日 | 日記



 この町に来て一年が過ぎた。

 町というより、平穏な雪国の田舎暮らしがいつか私に馴染んだ。
 トンネルを通り抜けて、隣県からここにやって来た。
 私は失職中だったので、従兄の勧める話に乗った。冬は雪にすっぽり覆われるが、田園が開発され、すでに各種大学、新たな国際高校まで誘致されて、学園都市の構想が出来上がっているのだという。大げさな気もしたが、新幹線駅舎と伝統を支える寺町がいつか解け合っているのだからおもしろい。

 駅舎近くの観光ホテルに職を得た。
 従兄の紹介だったから、話はすんなりまとまった。
 隣県、つまり私の生まれ故郷の企業が、このホテルのスポンサーだったのだ。
 正直の所、私は都会派ではない。煩雑な都会暮らしは辟易した。スモッグを吸い込むと咳が出る。大気が澄んでおだやかな気候、冬の寒さは堪えたが空っ風よりはましだった。

 父は働き盛りでこの世を去り、継母と弟妹のいる家で肩身の狭い思いをしていたのも事実。いつか家を出なければと考えていた。父方の従兄はそれとなく察知していたものと思われる。

 与えられた仕事はホテルの窓口とも言える案内係であった。フロントでの案内やサービスだけではなく、売店管理や雑務がある。
 観光ホテルとしてだけではなくビジネスも兼務したホテル。山と田園に囲まれた閑かな町だったが、国際大学、医療、薬科大学もでき、新幹線駅及び周辺は、国際色豊かな人々が行き交った。

 フロントのカウンターに身をかがめてパンフレットの整理をしていたときのことである。
「誰かいないの」
 頭上で甲高い女性の声がした。
「いらっしゃいませ。大変失礼をいたしました」
 私は立ち上がって、深く頭を下げ失礼を詫びた。
「あら、いたの。客ではないからいいのよ」
 若くはないが中年とは言い難い豊満な女性が、透る声で笑った。
「新しい人ね。しばらく来れなかったのでご挨拶です。あなた~」
 エントランスの方に向かって、声を張り上げた。
 夫らしき男性が段ボール箱を抱えて、カウンターに近づいて来る。
「支配人はいないの?」女性の声がロビーに響く。
「おります。少々お待ち下さい」
 内線のボタンを押しながら、段ボールの男性に一礼をして、私は内心驚きを隠せなかった。
 あの男ではないか。
なぜかときおり思い起こしていたあの男性。
 あれから一年が過ぎたのだ。
 深い秋が訪れ、雪景色が心を包み込んだ。
 既婚の中年男性のことは忘れ去った。

「こんにちは。はじめましてです」
 男性の笑顔が目の前にあった。
 やさしそうなまなざしをして、眼をパチパチさせた。
 どこかで会った顔・・・
 そうなんです。私も忘れてはいませんでした・・・
 声を出すことはやめた。
 もう一度頭を下げることで無礼を詫びた。

 支配人が奥から顔を出し、ロビーの椅子で話を始めた。
 女性は遠藤圭子。陶芸家としての知名度が高いらしい。
 男性は遠藤宗人。やはり陶芸家。
 妻の明るい作風とは異なり、模索を重ね、壁にぶつかったまま這い上がれない。俺は落人ですよ。宗人(シュート)は参ったな。奥さんに頭があがりません。
 そんな声が聞こえてくる。
 遠藤圭子の実績で、古民家だが家も買ったし、夫の宗人は入院もしたらしい。
 かねてより作品をロビーに置かせてもらう話が延び延びになってしまったが、今でも可能かどうかという話だった。ただ置いておくらしい。破損や紛失はホテルでは責任は持てないとの約束だった。売買を加味していなく、陳列棚の片隅に置く。
 一年も前の話を反古にしないのは、支配人と宗人が知人であり、契約の責務がなかったからである。

「どうも、おじゃましました」
 宗人と妻圭子が、私に頭を下げ帰って行った。
 陶芸家遠藤圭子は陶芸家の顔になり、名刺を差し出した。
「ありがとうございます。ちょうだいいたします」
 私は慇懃に頭を下げた。
 遠藤宗人は、「あっ、名刺入れもってくるの忘れた」と、ズボンのポケットを探すふりをして、ついでに私を見た。
 その人懐っこそうな眼は、あなたのこと思い出しましたよと言っていた。
「何言ってるんですか。名刺など持たないくせに。いつもの手ですよ」
 遠藤圭子が少し笑った。

 土方だと言って、林の中のアトリエ風の家を指さした宗人の薬指の指輪と、Tシャツの汚れを思い出していた。
 住居はあそこなのだろうか。
 古民家を買ったという。

 豊満な身体を持つ陶芸家遠藤圭子と、
 痩せた遠藤宗人の人懐っこい笑顔がいつまでも頭にこびりついて離れなかった。

                              つづく。

 お家ご飯。

 木の芽(アケビの芽)ご飯。
 木の芽一握りをオリーブオイルで炒めて、ブラックペッパーを振る。
 暖かいご飯を混ぜ合わせる。



 木の芽(アケビの芽)ご飯。
 水にさらしてアク抜きをした木の芽を茹でる。茹でてからアク抜きでもいい。ふりかけのゆかりと暖かいご飯に混ぜる。



 量はお好み。二つとも美味しいのでお試しあれ。

 ウドのキンピラ。



 朝の川。





大型連休

2012年05月08日 | 日記



 4月半ばから、バタバタとあわただしい日々が過ぎた。
 ブログも気になっていたが、読んで下さっている方々がいたらお詫びしたい。
 昨年同様、春だというのに、春を体感している間もないような異常気象。巨大竜巻も発生。
 地球全体がおかしくなっているようだ。

 春の大型連休。
 親族が集まり、母のひ孫たちは家中を駆け回った。
 雨は降る。
 家の中は埃であふれた。
 やっと静かな日常。
 昨日今日と大掃除で疲れた。


       川風

かすかに甘く
かすかに想いをふくらませる
川風

心をさらうように
猛々しくうなる 川音
白い飛沫をあびて急ぐ 春の使者

かすかに甘く
かすかに想いをはらませて
吹く川風

ふと油断したら
ほくそ笑むように 心を奪って 離れてゆく

かすかに甘く
かすかな想いを運んで
吹く川風
去っては折り返し
折り返しては近づいてくる
かすかに甘く
かすかな想いを乗せて
吹く川風

                          (azumi)


   (創作「雲の合間」は次回にさせて下さい)

朝の川




校庭の桜



銭渕公園の桜



公園の池に散る桜



お家ご飯
フキ味噌



竹の子のワカタケ煮



竹の子ご飯