3月12日(土)
家を車で出たのが午前六時三十分
長岡Tジョイ着八時十五分
「開場時間八時三十分」と入り口ドアの内側に書いてある。
駐車場は、二、三台の車だった。
Tジョイは「リバーサイド千秋」の建物と二階廊下でつながっている。
駐車場はまだがら空き、向こうに見える建物は日赤病院。信濃川を挟んだ西側は長岡の開発区域。長岡造形大学、長岡リリックホール、長岡美術館、日赤病院、ハイブ長岡、映画館等々がある。
開場時間が近くなって、車が増え、人々、家族連れが並びだした。十も劇場がある。 またたくまに人の列でいっぱいになった。
TVや新聞での情報では「神々の山嶺」は混み合うのではないかと、早く家を出た。チケットを購入して、劇場内に入る。満席ではなかった。
予告編の紹介が長いこと・・・
「エヴェレスト神々の山嶺(いただき)」
ナレーションが入る。
メンバー全員が45歳以上で構成される中年のエヴェレスト登山隊は二人の滑落死者を出し失敗に終わる。遠征に参加したカメラマンの深町は帰国する隊員と別れ、あてどなくカトマンドゥの街を彷徨う中、ふと立ち寄った古道具屋の店先で年代物のカメラを目にする。エヴェレスト登山史上最大の謎とされているジョージ・マロリーの遺品と見た深町は即座に購入するが、カメラは宿泊先のホテルから盗まれてしまう。カメラの行方を追ううちに、ビカール・サン(毒蛇)と呼ばれる日本人から盗まれた故売品であることが判明するが、故買商からカメラを取り戻すために深町の前に姿を現したビカール・サンはかつて日本国内で数々の登攀記録を打ち立てながら、ヒマラヤ遠征で事件を起こし姿を消した羽生丈二その人であった。
帰国後に羽生の足取りを追った深町は、羽生が登山家としては既に峠を越した年齢でありながら、エヴェレストの最難関ルートである南西壁の冬季単独登攀を目論み、その最中にカメラを発見したことを察知する。恋人との生活も破綻し、目標を見失いかけていた深町は羽生の熱気に当てられるようにカメラの謎と羽生を追い始める。
原作『神々の山嶺』は上、下、二巻の長編だ。映画は原作のエピソードをカットしながら、神髄へと進めていく。
アン、ツェルンはエヴェレスト登頂二回の経験を持つ、ベテランのシェルパだ。羽生に生命を救われて以来、ネパールで羽生を支援してきた。
岸涼子は岸文太郎の妹。羽生は岸文太郎を屏風岩に連れてゆき、そこで文太郎は遭難して死んだ。結び合っていたザイルが切れ、文太郎は滑落。羽生は自分を責め、涼子にお金を送ってくるようになった。毎月、きちんと一万円。涼子とつきあうようになり、恋人の間柄になるまで三年かかった。ヒマヤラの事件がおこるまで、およそ六年つづいた。ヒマラヤから帰って、半年後、羽生の姿は日本から消え去っていた。それでも、三年前までは、ネパールから月々一万円というお金が届いた。羽生はそこが気に入ってしまい、今でも、ネパールにいるものとばかり考えていた。
三年前、その時に金がなくなって仕送りをあきらめたのか、それとも他の理由でネパールを離れたのかー
深町誠が、羽生の行方を探しにカトマンドゥにやってきた後に、岸涼子も後を追うようにやってきた。三年前、羽生から送られてきたターコイズのネックレスをつけて・・・ このネックレスはアン・ツェルンの亡き妻の形見だ。羽生に手渡したものだった。
(映画は、原作のいろんな場面をカット、あるいは縮めている)
時は過ぎ・・・エヴェレストの岩壁で深町は羽生に助けられた。
「今度は俺を撮れ」
羽生が深町に言った言葉だ。
深町のカメラはエヴェレストの氷壁に取り組んでいる羽生を追う。大きな雪崩れが起きた。羽生の姿は消えた。
いいか。
やすむな。
やすむなんておれはゆるさないぞ。
ゆるさない。
やすむときは死ぬときだ。
生きているあいだはやすまない。
やすまない。
おれが、おれにやくそくできるただひとつのこと。
やすまない。
あしが動かなければ手であるけ。
てがうごかなければ歯で雪をゆきをかみしめながらあるけ。
はもだめになったら、目であるけ。
目でゆけ。
目でゆくんだ。
めでにらみながらあるけ。
めでもだめだったらそれでもなんでもかんでもどうしょうもなくなったらほんとうにほんとうのほんとうにほんとうにほんとうにほんとうのほんとうにどうしょうもなくほんとうにだめだったらほんとうに、もう、こんかぎりあるこうとしてもだめだったらほんとうにだめだったらほんとうにもううごけなくなくなってうごけなくなったらー
思え。
ありったけのこころでおもえ。
想えー
テロップと羽生の声が力強く流れた。
エヴェレストの岩壁の窪みに羽生の凍り付いた屍体を深町は見つけた。
羽生の書いた紙片が風に飛ばされていく。
かっと眼を開いたままの羽生の腕に、涼子から預かったターコイズのネックレスをかけた。
深町は、羽生を担いで、あるいは引きずってでも下りようと思った。
凍りの塊と化した羽生を動かすことなどできなかった。
羽生の書いたメモに勇気づけられながら、アン・ツェルンと涼子が待つベースキャンプに向かって下りるのだった。
イル・ディーヴォのグループが歌うエンディング曲が流れた。
「喜びのシンフォニー」
涙があふれて止まらなかった。
映画の帰路、丘陵公園の「雪割り草展」に立ち寄る。