丸亀城は、慶長2年(1597年),高松城主の生駒氏が、讃岐平野に屹立する標高約66mの亀山に、高松城の支城として築いた平山城です。元和元年(1615年)、一国一城令で丸亀城は廃城となる。寛永17年(1640年)、生駒氏のお家騒動により所領没収、出羽国矢島転封。寛永18年(1641年),山崎家治が丸亀5万石余に封じられると、翌年から丸亀城跡地を城地に決め、改修工事に着手し、寛永20年(1643年)に丸亀城を再築するが、明暦3年(1657年),山崎氏嫡子なく断家。万治元年(1658年),京極高和が、竜野から6万石余で丸亀城に入封し、三層の天守閣が、完成した。そして京極家は代々続き明治維新を迎えた。明治の廃城令で、現存の建物以外の櫓・城壁等は解体された。現在、城跡は、国の史跡に指定され、解体修理された天守閣と大手一の門、大手二の門等が、重要文化財に指定されています。
[所在地:香川県丸亀市一番町]
<アクセス>JR丸亀駅から徒歩10分
▼大手門から見た天守閣(重要文化財)
▼丸亀城の歴史
▼丸亀城の略図
▼内堀
▼城内側の櫓門を一の門、
堀端の高麗門が二の門です。
▼大手二の門(重要文化財) ▼大手一の門(重要文化財)
大手二の門(高麗門)には、門の屋根とは別に控柱にも屋根を設ける形式である。
山麓から山頂の本丸まで、三層の石垣がおりなす光景を目にすれば、築城の名手の山崎家治の腕の確かさを知ることができます。
▼三の丸・北側の石垣
丸亀城の中でも最も高く、20m以上の城壁が続きます。隅角部の石垣は算木積みされた美しい曲線美で、『扇の勾配』と呼ばれています。
▼三の丸・西側の石垣
▼三の丸・南側の石垣
▼二の丸
▼南側から見た天守閣
三階三層の現存の木造天守閣です。高さ約15m,一階北側には、石落や狭間があります。唐破風や千鳥破風で意匠を凝らしています。この天守閣は、四国で最も古く万治3年(1660年)に完成しました。日本で一番小さな現存の木造天守閣です。昭和18年(1943年)に国指定の重要文化財に指定されました。
▼南西から見た天守閣
▼天守閣よりの眺め
2015/04/03 訪城