プロポーズ小作戦79

プロポーズ小作戦79　
2021/1/28深夜
人魚姫と異界の王子

天子様に『お話』を最後にお聞かせしたのは2018年8月も終わりだった。あの頃、天子様は13歳。星刻は最後にお話をした夜のことを思い出していた。
神虎のコクピットからいつものバルコニーに飛び降りる。
少し足元がぐらつく。薬の影響かもしれないが、『あと少し、持てばいい』からと星刻は無視した。
エリア１１に赴任する直前、最後にお話したのは人魚姫。姫が皇子を見初めたところで天子はすやすや眠った。その寝顔の愛らしさに思わず床に置かれた彼女の室内靴に接吻したのを覚えている。
星刻は子供の頃からだが、見たもの聞いたものを忘れることが無かった。高性能カメラの映像のように細部まで正確に思い出し、検討できる。視界は広く深い。世界一有能な男と呼ばれる星刻だが、彼の能力の半ばはこの天性の身体感覚が支えている。
すやす眠る天子の髪が何本額を飾っていたかまで、星刻は思い出せる。

今宵16歳の誕生日、天子は待っていた。バルコニーに面する窓の鍵を開けて、彼女の大好きな人を。
すでに夜中。もうすぐ今日は終わる。それでも天子は待っていた。星刻は来るから。必ず。



「人魚姫は大きな船を見上げました。そこには異国の王子様がいました。人魚姫は一目で王子様を好きになってしまいました。」
お話は続く。王子のところに行きたい一心で人魚姫は魔女に声を代価に差出、足を手に入れる。地上では代価以上の苦しみを伴いながら。
やがて王子に政略結婚の話が持ち上がり、乗り気でない王子はしきりに人魚姫を遠乗りに誘う。そして運命の日、なんと、政略結婚の相手は王子が夢にまで見た救い主の少女。
こうして王子は心身ともに幸福に満ち溢れた結婚をする