101 悪さする子供達
大人の理屈、子供の屁理屈
とにかく安全な場所に隠れるのだという白水にラッセルはまた表情を変えた。今度は治癒師の顔に。
「患者は動かせません」
今動かしては助かるはずのものが助からなくなる。
「そうだな・・・。動かす必要もない」
言葉よりも白水の声にラッセルは引っかかる。
まるで墓の前で詠まれる哀悼文のような声。
(まさか?殺すつもりなのか)
安楽死という推論が浮かぶ。
「やつらは男女と問わず皆殺しにする。それも楽しんだ後でだ。馬賊のグループによってやりかたはさまざまだが・・・君は・・・」
「どうして戦わないんです。あなたも国家錬金術師でしょう」
ラッセルの口調が強くなる。
「私は、戦えない。水脈探しと操作が唯一の専門で、普通の術師の技はほとんど使えない」
重い自嘲の言葉。
(まじかよ、つまり専門馬鹿)
自分も人のことをいえた義理ではないということをラッセルはけろりと忘れた。
11歳なのに6歳にしか見えない少年が走ってきた。
「今の音なに」
「第一隠すのは子供が優先でしょう」
そういえばこのシャオガイ以外に子供は見てないなとラッセルは気がついた。
「だから、子供だよ。ここにはこの子と君しか子供はいないんだ」
ラッセルは白水に子供扱いされたことに文句をつけようとしたが、それよりも子供がシャオガイしかいないというところに訊くことがあった。
「あの墓は」
あの名前のない小さな墓の群。あれは。
「ほとんどが『青の死』で亡くなった。私の子も・・・」
そんなことをしている場合ではないのだが言い始めると白水は止まれなくなった。
「産まれた子供がみんな死んでいく。昨日まで元気でいた子供が肌の色が青白くなって死んでいく。呪いともいわれた、遺伝病の疑いももたれた。この街を出て行った家族が移転先で感染症の疑いから受け入れてもらえないこともあった。私は青の死の原因を突き止めるために銀時計を持った」
だが、いまだに原因は分からない。
ラッセルは圧倒されたかのように口を閉じた。
それを白水は隠れるのを納得してくれたと解釈した。
シャオガイにわずかの荷物を持たせて二人を元は役所だった建物に隠した。
その間ラッセルは無言だった。張り詰めたような表情でドアを閉められる音を聞いた。
白水の足音が遠ざかる。
「さて坊やはおとなしくここにいろよ」
白水の気配が消えるとラッセルの表情がまた変わった。子供を置いて外に出るつもりである。
「おじさん、何する気なの?」
「あのな、俺はまだ16で君と5歳しか変わらないんだけど」
「ふーん、アメストリスの人は老けてるんだね」
シャオガイはそうとは知らずに地雷を踏んづけた。
数分後、ラッセルは元役所の扉の鍵を壊して外に出た。
たんこぶをつくったシャオガイが道不案内のラッセルにあちこちを指差しながら「元はどういう建物で今は無人」と教えている。
ラッセルの顔に引っかき傷がある。服も乱れている。彼を愛顧している社交界のマダム達が見たら卒倒しかねない姿である。
「小さいわりに強いな」
ラッセルがシャオガイの頭に手を載せる。
「ちいさいいうな&手をのせるな!」
シャオガイがラッセルの手を払いのけた。
「どうして素直に聞けない?ほめているのだが」
懐かしい反応にラッセルは微笑を誘われた。
シャオガイのほうはふくれっつらだ。
「俺の知り合いにも年の割りに『小さい』やつがいた」(今はもっと小さくなって、したしな)
「ふーん」
「そいつも事実を指摘されると前は怒っていたな」
「今は?」
「・・・怒る必要がないからあまり怒らなくなった」
周りが気を使ってエドの側で『小さい』、あるいは類似する単語を言わないようにしているからだ。
「いいなぁ。その人大きくなったんだね」
ラッセルはシャオガイの誤解を解かなかった。
彼らの行く先はまず病院であった。
「何する気?」
「こいつらは俺の患者だ。勝手に殺させてたまるか」
シャオガイは1階と2階の死体置き場を通らないようにして3階に案内した。
「おじさん。本当にぜんぜん覚えてないんだね」
いくら始めての場所とはいえ、少しは道を覚えていてもよさそうなのにこのおじさんはまるっきり覚えていないらしい。
ごつん。
げんこつが振ってきた。
「痛、何するんだよ」
「誰が お じ さ んだ」
「ふーん、気にしているんだ」
もう一度げんこつが振ってきたがシャオガイはすばやく避けた。
「質量が小さいとその分加速にエネルギーが回るから、動きは速い」(あいつと同じだな)
ラッセルの言葉には今の状況に対する意味と記憶の中の小粒の黄金に対する意味が二乗になっていた。
ふと、シャオガイは気がついた。このおじさん、と呼んでは気の毒な気もするが、僕を見ているわけじゃない。
身体は幼児並みのサイズしかなくてもシャオガイは11歳。特異な育ちゆえにむしろ思考力や洞察力は優れていた。
シャオガイの視線の変化にラッセルは無意識に心を閉じた。
ぐっと声を強める。
「いいか、俺を呼ぶときはオニイサンと呼べ」
「そういうことを気にするのはおじさんだよ。だって僕はずっとシャオガイのままだから。
誰も僕の名を呼ばない
僕は最後のコドモだから」
ラッセルはこの言葉を理解できなかった。だからまたおじさん呼ばわりされたことにも気づかなかった。
それはこの土地の古い言葉で語られたゆえに。
ただ、ひとつの発音だけ聞き覚えがあった。
(しゃお、xiao・・・小、小さい、しゃおがい、子供のことか)
それはシン国の前の王朝カンのころの言葉。
ラッセルは知らないがこの街エリスはカンの時代に少数民族が戦乱や迫害を避けて作り上げた街。
長い時間の中、アメストリスの諸民族との混血が進み、今日では外見からでは古の移民たちの姿をうかがい知ることはできない。
病人達に非常時とのみ告げると(わざわざ説明しに来た割に何の説明にもなっていない)ラッセルは病棟に続く廊下に壁を練成した。
この手のシリコン系の練成は得意ではないが今は出来の美しさを気にしている場合ではない。
病院の外に出たとたんに1人目の馬賊に行き当たった。
銃を向けてくる馬賊。それに対しラッセルはあっさり両手を挙げた。
言葉はわからなくても降参のサインは理解できる。
馬賊は高く売れそうなラッセルを見て、喜んで馬を降りた。
両手を縛って馬の後ろを歩かせるつもりである。
馬を下りる。それが彼が自由意志でできる最後の行動となった。
捕虜にするはずだった『女』にあっさり捕らえられた馬賊の若者はむっつりと押し黙っている。
ラッセルはアメストリス語で仲間の人数や武器の種類を尋問するが、馬賊は返事をしない。そもそも言葉が通じないようだ。
「まいったな」
適当なやつをとっ捕まえてあれこれ聞き出して、効率よくほかの馬賊を捕まえるつもりなのだがすでにして予定が狂った。
どうしようかなと首をひねっているところへ馬が騒ぐ声を聞きつけて白水が走ってきた。
「何をしている!どうしておとなしく隠れていないんだ!」
いきなりの怒鳴り声。
「やかましい!喧嘩、はったり、騙しは俺の管轄だ。
戦えない年寄りはすっこんでろ!」
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