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100 たくさんの小さな墓標

2007-01-22 19:45:16 | 鋼の錬金術師
100 たくさんの小さな墓標

電気もなく、ランプの油もない病室は薄暗い。窓のカーテンはすでに死人の包み布にされてしまった。ラッセルは患者の顔色を見るために窓を開けさせた。
窓を開く音に病人がつらそうな顔をした。
窓の外に何かあるのだろうかとラッセルは子供の頭越しに覗いてみた。
「・・・墓?・・・」
そこには墓標のような石が並んでいた。見える限りでも300はある。
だが墓標にしては石が小さい。それに名前がまったく無い。
「あれは?」
子供が言いづらそうな顔をする。
「子供の、7歳になる前に死んだ子供達の墓」
ようやく単語を探して答えた。
その答えを聞いたとたん、今まで凍りついたような顔でいた病人が部屋中に響くような声を立てた。
(まずい)今の状態での過度の興奮は避けたい。
ラッセルはそっと近寄ると強めに眠りの治癒陣をうった。患者の身体が血や分泌物で汚れたシーツの上に落ちた。
最初の患者のときに訊いたが交換できるシーツは無い。
有機練成者のラッセルなら練成できれいな状態に戻すことは簡単だが、まだ50人も患者がいると聞くと余計なことに体力を使いたくない。
今頃、白水は途切れた水脈を追って街のはずれに出ているだろう。
出かける前の彼と少し話をした。
「私の名前はアメストリスの言葉では水を表す。だから、この白水の2つ名を聞いたときは・・・。大総統は私の技を見ても何も思い浮かばなかったのだろうと思ったよ」
ラッセルは笑った。こんなに軽い気持ちで笑えたのは久しぶりだった。
「それなら、俺のときも同じですよ。いや、もっとたちが悪いな。住んでいる館の名をそのままつけられたんだから」
「そうかな。私は似合いだと思う。太陽が正義と思うときばかりではない。人には優しい木陰が必要だよ」
砂漠地帯に住んでいた白水には太陽はありがたい命の源ではない。むしろそれは死を呼ぶ存在だ。
アメストリスに移り住んで一番驚いたのが木陰のやさしさとそれをありがたく思っていない市民達だった。
「木陰は命を守るものだ。ソレニヤサシクトテモウツクシイ」
途中から白水の言葉はこの土地の言葉になった。
「よく似合う」
男の子に対してうっかり美しいなどといってしまったことをごまかすようにアメストリスの言葉で続ける。後から考えればラッセルにはわからなかったのだが。
ほかに言葉を理解する者がいないゆえの気楽さからか、ラッセルの口調は本来の16歳の年齢にふさわしいものに戻っていた。
「君はアームストロング家の縁故者なのか?」
白水は聞いたことがある。紅陽荘と緑陰荘はアームストロング家所有の双子の館だと。
「いいえ、緑陰荘はマスタング准将が住んでいて俺は田舎から出てきて住むところを決めてなかったからなんとなく下宿中です」
実際にはかなり重い理由があるのだがラッセルは軽い説明を通した。
「ノースランドの出かな?あまり訛りがないようだが」
ノースランドはアメストリス最北の地域の総称である。
「セントラルに来る前はオレンジの生る街にいました」
「ほう」
意外だった。この色白さから見て100パーセント北の生まれと思ったのだが。

白水が行ってしまった後ラッセルは子供をつれて病室を回った。
一日かけてようやく一通り全員を見て回れた。
(40度近い高熱が数日間続き、その間の死亡率は6割。熱が下がった後も胃の不調、食欲不振、倦怠感、リューマチ性の痛みが残る。白水さんに連絡が来たときにはもう手遅れだっただろうな)
アメストリスの民亊部門は機能不全を起こしている。軍事予算が7割を超え民亊部門に予算が回らないためだ。郵便や電報の遅配は珍しくない。
ゼノタイムで年寄りを治癒していたからリューマチ系の痛みの治癒は得意技である。
まずは回復を妨げる痛みや苦しみを取り除く。半数の患者はそれだけで快方に向かうだろう。
夕食時ようやく白水が戻ってきた。ラッセルの姿を見て重い足取りで近づいてくる。
水脈はだめだったのかと思ったが、白水はそれについては何とかしたと答えた。
本来なら別の方向に向かうべき水脈を無理やり捻じ曲げてこの街の中央の泉につないだ。
(半年ぐらいはもつだろう。だがいずれにしてもここはもうだめだ)
「緑陰、今夜中にこの街を離れてノリスに帰るんだ。案内をつける」
「えぇ?だってまだ」
「君には感謝している。だから・・・ここは危険だ。馬賊が近くまで来ている」
「馬賊?」
それなーにと問う幼い表情。
「凶悪な強盗殺人団だ。以前からオアシス周辺で交易団を襲っていたが。最近シンとの交易がほとんど途絶えているから街を襲いだしている」
「そんな、大変ですよ。すぐ連絡して助けを呼ばないと」
「助け。どこを呼ぶんだい」
「えっと、とりあえず一番近い軍の基地に」
白水は薄く笑った。
「無駄だよ。ここはアメストリスと認められていない。今はね」
かってこの街が貿易で繁栄していたころ、アメストリスはこの街に軍の駐屯所を造った。
街を守るという建前だったが実際はさまざまな利益を求めてのことだ。やがて街が衰えると軍も行政もこの街を切り捨てた。
「君を巻き込んでしまって申し訳ないことをした。せめて怪我をしないうちにノリスに戻ってもらいたい。車が1台だけ残っている。運転手とシャオガイをつける。急ぐんだ」
「待った。そんなこと勝手に決めて」
「こんなところに連れてきて申し訳ない。だが」
「やだよ」
ラッセルの口調が変わった。
シルバーの名で暴れていたときと同じ口調に。
「俺は押し付けられるのは嫌いだ」
「好き嫌いを言ってる場合ではない。車は用意させている。さぁ早く」
いきなり大きな音がした。
乾燥した空気にその音はひびをいれた。
銃声。
「遅かったか」
白水の声が低くなる。


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