プロポーズ小作戦29
「楽しそうですね、教官」
「う、いや、失礼いたしました。大司馬」
思い出し笑いをしていた司令官は、慌てて椅子から立ち上がる。パンダの着ぐるみの下はパンツ1枚だった最高司令官殿はとにかく予備の兵士の服に着替えた。生足が出ているのは中華の平均的男性に比べ星刻の足が長いためである。
星刻が基地司令を教官と呼ぶのは、士官学校時代にこの教官に教わっていたことによる。
教師の中では一番面白かったと星刻は記憶している。
士官学校では伝統的に教官にいたずらをしかける。星刻が学生だった頃、一番大掛かりだったのは教官たちの宿舎に牛10頭を押し込んだ件、他にも学生寮全員が一斉に下痢をした件など、そのどれにも星刻は深く関わっていたりする。
本来の中華の伝統からいけば、師弟が再会したときや上司が来たときなどは、盛大な宴が数日間おこなわれる。だが、朱天革命以降そういう悪しき習慣は廃されている。
星刻はすぐ現状の報告を聞き、司令官も信じがたい出世をした数年前の教え子に隠すことなく全容を示した。
すでに難民は全員死亡している事。しばらく息があった者がいたので一応ビデオに証言はとってあること。
敵の兵力についてはむしろ星刻のほうが良く掴んでいた。ナイトメア10機。航空戦力5機まで絞れた。しかし、これ以上絞るのは無理だろう。それは残ったパイロットは信仰者であるから。
そして、信仰団の本拠地の一部が隣国キルギスにあること。
「キルギスですか」
星刻の声は重い。キルギスは中華から見れば小国だが、超合衆国に初期から加入した国である。
あの時点では国境を押さえるため星刻もそれを了承した。しかし、元来中華はキルギスを独立国と認めていない。中華的にはキルギスは中華の一部で、山賊が根城にしているだけである。
キルギスは超合衆国の加盟国である事を唯一の根拠に、中華に対して独立国としての国交を迫っている。現状、中華はそれを無視している。盗賊団との話し合いなどあり得ないというのが中華の態度である。
もし、超合衆国が正常に機能していれば、キルギスは会議に国境問題を出しただろう。現状すでに超合衆国は名を残すのみである。
そして、問題はまだある。戦いでは、おそらくこの基地が最前線となるだろう。だが、この基地の兵士はほぼ9割近くがキルギス人である。
中華は歴史的に見ても、多くの他民族を内包してきた。だが、それにも一定の限度がある。政治軍事の中核は中華人、それも漢民族でなくてはならない。なぜなら漢族こそ、中華の正統な中核であるから。
明文化こそされていないが、今日でも中華の支配層には漢族しかいない。その中で星刻は異色の存在だった。養父は間違いなく漢族だが、星刻自身のことは本人にもわからない。星刻の外見的特長や拾われたのが北方だったことから、その地方の少数民族の血が多少入っているのではと見られていた。
さらに軍にも不文律があり、ひとつの基地の兵士は半数以上が漢族でなければならない。
これは反乱を防ぐ意味が強い。
その点ですでにこの基地は命令違反である。
だが、星刻はここを罰しようとは思わない。
漢族の兵士がいないのは、彼らがここの環境の悪さに逃げてしまったからだ。
先ほど、着ぐるみをぬいで従卒に付いた兵士にシャワーを浴びたいと言うと、兵士は申し訳なさそうにシャワーは使えないと答えた。水が生命維持に必要なぎりぎりしかないというのだ。兵士は気の毒がって、塗らしたタオルを渡してくれたがそれすらもぜいたくだった。
また、本来完備されているはずの空調も無い。聞けば空調機は40年前に故障したのでそれ以来使えない。
沙漠の中の基地で、空調は命綱とも言える。砂塵あらしのときはどうしているのかと聞くと、みんなで毛布を被っていると答える。基地の外壁や内壁に多数の亀裂がある。これでは雨が降ったときに浸水するだろうと聞くと、雨は降っても地上までは落ちないので大丈夫と答えられた。
砂塵のせいでろくに通信も使えない。
兵士の装備も貧弱で、本来全員に装備させている軽量型の機関銃が基地全体で10丁しかない。
問題はこの基地の問題がこの基地だけではない事。その理由が歴史的慣行とも思えるほどの汚職や横流しにあることである。少なくとも本部基地の何人かを処刑しなければと星刻は緊急で命令書を書く。本部の基地司令に横領犯を見つけさせ処刑を命じる命令書である。
学生時代から変わらない流麗な文字で命令書にサインする元教え子、今は中華の実質的支配者である星刻を、支部基地の司令官は懐かしさ半分驚き半分で見ていた。一応ニュースや軍の公式書類で知ってはいたが、数年前のいたずら坊主が、今は一国を背負っている。
「楽しそうですね、教官」
「う、いや、失礼いたしました。大司馬」
思い出し笑いをしていた司令官は、慌てて椅子から立ち上がる。パンダの着ぐるみの下はパンツ1枚だった最高司令官殿はとにかく予備の兵士の服に着替えた。生足が出ているのは中華の平均的男性に比べ星刻の足が長いためである。
星刻が基地司令を教官と呼ぶのは、士官学校時代にこの教官に教わっていたことによる。
教師の中では一番面白かったと星刻は記憶している。
士官学校では伝統的に教官にいたずらをしかける。星刻が学生だった頃、一番大掛かりだったのは教官たちの宿舎に牛10頭を押し込んだ件、他にも学生寮全員が一斉に下痢をした件など、そのどれにも星刻は深く関わっていたりする。
本来の中華の伝統からいけば、師弟が再会したときや上司が来たときなどは、盛大な宴が数日間おこなわれる。だが、朱天革命以降そういう悪しき習慣は廃されている。
星刻はすぐ現状の報告を聞き、司令官も信じがたい出世をした数年前の教え子に隠すことなく全容を示した。
すでに難民は全員死亡している事。しばらく息があった者がいたので一応ビデオに証言はとってあること。
敵の兵力についてはむしろ星刻のほうが良く掴んでいた。ナイトメア10機。航空戦力5機まで絞れた。しかし、これ以上絞るのは無理だろう。それは残ったパイロットは信仰者であるから。
そして、信仰団の本拠地の一部が隣国キルギスにあること。
「キルギスですか」
星刻の声は重い。キルギスは中華から見れば小国だが、超合衆国に初期から加入した国である。
あの時点では国境を押さえるため星刻もそれを了承した。しかし、元来中華はキルギスを独立国と認めていない。中華的にはキルギスは中華の一部で、山賊が根城にしているだけである。
キルギスは超合衆国の加盟国である事を唯一の根拠に、中華に対して独立国としての国交を迫っている。現状、中華はそれを無視している。盗賊団との話し合いなどあり得ないというのが中華の態度である。
もし、超合衆国が正常に機能していれば、キルギスは会議に国境問題を出しただろう。現状すでに超合衆国は名を残すのみである。
そして、問題はまだある。戦いでは、おそらくこの基地が最前線となるだろう。だが、この基地の兵士はほぼ9割近くがキルギス人である。
中華は歴史的に見ても、多くの他民族を内包してきた。だが、それにも一定の限度がある。政治軍事の中核は中華人、それも漢民族でなくてはならない。なぜなら漢族こそ、中華の正統な中核であるから。
明文化こそされていないが、今日でも中華の支配層には漢族しかいない。その中で星刻は異色の存在だった。養父は間違いなく漢族だが、星刻自身のことは本人にもわからない。星刻の外見的特長や拾われたのが北方だったことから、その地方の少数民族の血が多少入っているのではと見られていた。
さらに軍にも不文律があり、ひとつの基地の兵士は半数以上が漢族でなければならない。
これは反乱を防ぐ意味が強い。
その点ですでにこの基地は命令違反である。
だが、星刻はここを罰しようとは思わない。
漢族の兵士がいないのは、彼らがここの環境の悪さに逃げてしまったからだ。
先ほど、着ぐるみをぬいで従卒に付いた兵士にシャワーを浴びたいと言うと、兵士は申し訳なさそうにシャワーは使えないと答えた。水が生命維持に必要なぎりぎりしかないというのだ。兵士は気の毒がって、塗らしたタオルを渡してくれたがそれすらもぜいたくだった。
また、本来完備されているはずの空調も無い。聞けば空調機は40年前に故障したのでそれ以来使えない。
沙漠の中の基地で、空調は命綱とも言える。砂塵あらしのときはどうしているのかと聞くと、みんなで毛布を被っていると答える。基地の外壁や内壁に多数の亀裂がある。これでは雨が降ったときに浸水するだろうと聞くと、雨は降っても地上までは落ちないので大丈夫と答えられた。
砂塵のせいでろくに通信も使えない。
兵士の装備も貧弱で、本来全員に装備させている軽量型の機関銃が基地全体で10丁しかない。
問題はこの基地の問題がこの基地だけではない事。その理由が歴史的慣行とも思えるほどの汚職や横流しにあることである。少なくとも本部基地の何人かを処刑しなければと星刻は緊急で命令書を書く。本部の基地司令に横領犯を見つけさせ処刑を命じる命令書である。
学生時代から変わらない流麗な文字で命令書にサインする元教え子、今は中華の実質的支配者である星刻を、支部基地の司令官は懐かしさ半分驚き半分で見ていた。一応ニュースや軍の公式書類で知ってはいたが、数年前のいたずら坊主が、今は一国を背負っている。
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