金属中毒

心体お金の健康を中心に。
あなたはあなたの専門家、私は私の専門家。

誘拐

2007-01-13 19:14:05 | 鋼の錬金術師
逃亡者達21

誘拐

店を飛び出してすぐ銃を向けられた。その場でなぎ倒してもよかったが気が変わった。
(単なる身代金目当ての犯行か、裏があるのか調べてもいい)
そう思って無抵抗で車に押し込まれた。
ラッセルは自分で気がつかない。この1年の異常な状況の連続と、今のあまりにも心地よい人肌の温度に自分の精神はいらだっていたことに。戦いたい。意識下の強烈な欲望があえてトラブルの方向に足を向けさせた。だが、忘れてはいけないことがあった。ラッセルの肉体は20歳にもならぬ年で壊れかけており乱戦に耐えるだけの力を失っていた。

意外に早く車は止まった。目隠しをされているが縛られてはいない。
引っ張られるままに歩いて椅子に座った。
そのまま縛られた。ごく細いロープだ。昔なら力だけで引きちぎれる程度の。
今はとても無理だが。
テロリストたちは目隠しをはずそうとはしない。
「さて、どこのお壌さんだ?答えてもらおうか」
犯人の言葉に答えないで様子を見た。
「どこの紋章だ?」
ラッセルのポケットからごく薄い絹のハンカチーフをテロリストたちは抜き取っていた。
「!!こいつ男だ!赤い蜥蜴・・マスタング家か」
「マスタングは独身だろう」
「養子をとったと聞いたな。こいつがそれか。名前が確かエディ」
「エディ?エドワード・エルリックだろ。錬金術師で12歳のときからマスタングのお気に入りだ。こりゃ上玉だな。いくらでも絞れるぜ。それとマスタングなら・・・」
言葉の後半は小声になったのでラッセルには聞こえなかった。

テロリストグループはたいていほかのグループとつるんでいる。
今回もマスタングのお気に入りの息子を捉えたという話はたちどころに裏社会に広がった。その結果、まず軍のマスタングに身代金の要求が30件も入った。第2秘書が取り次いだのはその1件目である。身代金だけではない。捕らえられているテロリスト幹部の解放要求、軍の占領地区の開放要求、その中には明らかに矛盾する要求もある。個々のグループがマスタングの息子の誘拐をきっかけに名乗りを上げている。すべての要求をあわせると100件を超えた。これはどのグループが主犯か分からなくする意味もあり、テロリスト側の常套手段である。それでも要求件数が100を越したのはこの事件が最初であった。

「エドワード・エルリックといえば確か最小国家錬金術師だったはず」
「知らないのか? あのスカーを倒したときの負傷がきっかけで錬金術を使えなくなったって話」
「へえー、それであっさりつかまったわけか。・・・きれいな顔してやがる」
「マスタングの趣味だろ」

ラッセルはひそかに苦笑する。だが都合がいい。テロリストたちが錬金術を使えないと誤解してくれているほうがいい。
「痛い」
小さく弱い声で訴える。
テロリストの一人がロープの下の肌を見た。縛ってから10分と立っていないのにもう赤く鬱血している。透けて見えるほどの色白さに赤く細いロープの痕がなんとも扇情的に見える。
ロープの位置をずらしてくれたテロリストが思わず息を止めた。
彼が今夜どんな夢を見るかは彼自身にしか分からない。〈夢を見ることができればだが〉
ラッセルは目隠しされたままの瞳でテロリストを見上げて、小さくため息をついた。そのわずかな息がテロリストの若者のまつげを揺らした。
「おい、はずしてもいいだろ。どうせこんな細っこいお坊ちゃまだ。縛る必要も無いだろ」
言い訳するように仲間に言うとテロリストの若者はするするとロープをはずす。
ラッセルは普段はマダムたちに使っているやさしい微笑を見せる。
『君は魅力的だ。そのままでも十分だが私が磨き上げればさらに輝く。どんな女も君の微笑の前には座り込むだろう』
ラッセルを社交界に乗り立たせようと決めたときマスタングが言った言葉だ。あれからマスタングに視線・歩き方・会話術・化粧品知識にいたるまで対女性用対策を叩き込まれた。
(どうやら、男にも多少は有効だな)
あまり愉快ではないが使える武器は有効に使うべきだ。

しばらくテロリストの動きは無い。
さらに、1時間たってラッセルの腰が痛んできたころ。
隣の部屋の声だろう。少しくぐもって聞こえる。
「大変だ!!マスタングが憲兵を大量に動かしてあちこちのアジトを攻撃している!!」
「何だと!人質のことは伝えたはずだ!」
「それで、同時に犯行声明を出したグループがほとんどやられてる。ここも危ないぞ」
(やってくれたな。准将)
ラッセルは内心でにやりと笑った。
軍はこの国の最高権力であるが、だからといって何でも自由にできるわけではない。ブラック・マーケットともバランスをとらないと国の経済自体が混乱する。
このところセントラルの治安が悪いのは事実である。なにかきっかけがあれば軍は動くと物事を見る眼があるものは予測していた。
ラッセル。いや、形の上ではエドワードの誘拐はマスタングにそのきっかけを与え、大総統に懇願する理由を与えた。
「私の息子が誘拐されました。父としてまことにふがいなく感じます。大総統の御寛恕をいただけますならばわが手で息子のあだを取りたく願いたてます」
芝居っけたっぷりにそんなことを言ったのだろう。
おそらくあの狸親父もそれに応じたはずだ。
本来、セントラルの治安は3割がマスタングの指揮下にあるが7割はブイエ将軍の指揮下にある。
しかし、この件に限りブラッドレイ大総統はマスタングに全権を与えた。
町の平和を脅かしていたテロリストのアジトがマスタングの命令の下たたきつぶされていく。
マスタングが自ら現場にたった場所には巨大な火柱が上がった。それは市民たちにはこの町の治安を守るのがマスタングであるのを印象付けた。
「英雄」
連絡係としてついてきた第3秘書が惚れ惚れとつぶやいた。
一言で言うとかっこいい。闘う雄の匂いがあふれる。人の耳では感じ取れない低い音が空気の振動になって彼女の皮膚を刺激する。
どんな女でも発情せずにおれないような最強の雄の匂いがあふれる。
(あの姿は擬態だったのね)
うっとりと崇拝者の視線で見上げる彼女にマスタングは特上の笑みを見せる。
自ら創り上げた炎の舞台にただ一人立つマスタングは、世界の終わる日にすべてを燃やし尽くすと言われるアグニの像のように見えた。アグニに焼き尽くされて世界は再生すると言う。
(この男に燃やされたい)
セピア色の瞳に焔の色を映して第3秘書はあっさりとマスタングのとりこになった。

「殺すか」
「いや、殺しては役に立たない。アジトに連れて行こう」
テロリストたちの会話が聞こえる。
その間にラッセルはそっと目隠しをはずした。どうやらセントラル市内の高級ホテルの中らしい。
(意外性というやつか)
確かに人質を抱えたテロリストが高級ホテルにいるとは思わないだろう。
この部屋で銃を持っているやつが5人。おそらく手前の部屋にも5人ほどいるだろう。敵は10人。
(これぐらいならリハビリの効果を試すのにちょうどいい)
通常1人で対応できる戦闘は3人が限度である。それを超えないように戦い方を組み立てるのも戦闘力のうちである。
錬金術を併用すれば多人数との戦闘も可能だが今回は使う気がしない。調度品の雰囲気からしてここはホテルシルクロードだ。シンとの交流が盛んだった頃に出来たホテルでシン風の高級調度品が自慢である。つまり、何気なく飾られている壷1個で3000万センシズはする。うかつに術を使えば、いくら弁償しなくてはならないか分かったものではない。

「おい、立て」
銃を押し付けてくる。
その男から強烈な憎悪を感じた。
相手の顔を見ても記憶には無い。
(うらまれる覚えは無いな。となると准将がらみか)
若くして上り詰めつつあるマスタングには敵が多い。軍の中にも外にも大量の敵を抱えている。それだけにエドを養子にするときには公表すべきかという点でずいぶん悩んだ。マスタングの息子という立場はエドの安全のために考えられた最高の手ではあるが同時に敵を増やすことにもなる。それは同じ立場のラッセルにも当てはまった。
「きれいなつらしてやがる。この顔、焼いてから返してやろうか」
テロリストは銃を置くとライターに火をつけた。
「マスタングは俺の女を炭化するまで焼きやがった」
テロリストの手は震えている。
(薬物中毒か)
毛髪の焼ける特有の臭いがする。
じわじわと炎が近づいてくる。

焼き尽くされるテロリストのアジトからは人肉の焼ける臭いはしなかった。ロイはここがセントラル市内であることは考慮していた。この炎はあくまでも威嚇である。からっぽのアジトを派手に燃やし、憲兵を大量に走らせ逃げ切れないとあきらめたテロリストたちを片っ端から捕らえる。
類焼を防ぐため1箇所ごとに無酸素状態の空気層の壁を作りさらに『白水の錬金術師』を念のために同行させている。
(私の出番はなさそうですね)
ロイの焔はそれ自身意思があるもののように見える。
白水の錬金術師は安全のため少し離れた車の中にいたが、ずっと火を見ていたためかのどの渇きを覚えた。マスタングにことわってから、近くのホテルのティールームに入った。
東洋風の雰囲気で人気のホテルシルクロード。

「おい止せよ。傷つけるな」
さっきロープをはずした若いテロリストが後ろから声をかけたが、ライターを手にした男は聞こえてすらいない。また髪のこげる臭いがする。
男たちの意識が銃から離れた。
(今だ)
ラッセルはいすを蹴り倒して勢いよく立った。そのまま大きく蹴り上げる。銃が吹っ飛んで窓ガラスに派手にぶっかった。
(割れない!)
筋力の低下を計算に入れ忘れた。ガラスを叩き割って下の植え込みに落ちるはずの銃は室内に残った。
「このガキが!」
拳圧で壁がへこむ。
軽く飛んで最初の拳をかわしはしたが、ラッセルは計算違いに臍をかんだ。
銃を落としてホテルの警備員が来るのも計算のうちだった。この部屋の5人は一人で倒すつもりだったが外の5人は捕まえさせる予定だった。
(こうなったら、やるか)
追い詰められているのに心が高揚してくる。久しぶりの緊張感。多人数を相手にして喧嘩した日々の記憶。体重が倍はありそうな大男たちを1撃でのした後の酒の味。口の中が切れていて少し鉄の味が混じった。アドレナリンが一度に増加する。そんな感覚が一度に戻ってくる。
「こまるな、この髪はマダムのお気に入りでね。切ったら怒られるんだ」
言うと同時に1人目を蹴り倒した。
ラッセルの外見に油断しきっていた1人目の男はあっさり倒れた。おそらく何がなんだか分からないままだろう。
2人目をストレートで殴り倒してシャワールームに走った。多人数相手に広い室内では不利だ。狭いところで1人ずつ確実にしとめたほうがいい。
どたどたと追ってきた3人目の足めがけて石鹸を投げた。転倒した。その後ろから走りこんできた4人目がそいつを踏みつけた。
いやな音と叫び声。アバラが折れたようだ。
(気の毒に)
ラッセルは自分が殴った相手のことは同情しないが、仲間に踏んづけられた男には同情の念が沸いた。
手早くシャンプーのボトルのふたを開けた。シャワー室に入ろうとする4人目の顔めがけておもいっきりぶちまけた。一瞬で視力を奪われた4人目はみぞおちを踏みつけられ3人目の上に重ねられた。
(4人、後6人か)
心臓の音が大きく感じられる。
勝負を急いだほうがいいようだ。
5人目が来た。銃を構えている。
「見た目はきれいだが、いささか暴れん坊のようだな。さすがは鋼の錬金術師だ。だが、銃には敵うまい。おとなしく出てきたまえ」
5人目の男は床に伸びている3人目と4人目の男を踏んでラッセルに近寄った。
(仲間意識は無いな)
あるいは別グループの者かもしれない。
ラッセルはシャワーヘッドを手にしていた。
後ろ手で温度を調整する。最高温度に。
「さぁ、出てくるんだ」
テロリストがシャワー室に手をかけた。
(射程範囲)
すばやくシャワーに切り替えた。
テロリストの顔めがけて熱い湯が走る。
「!!」
このホテルの湯恩は最高60度。やけどするには十分である。
ひるんだところをひじ打ちする。テロリストがひざをついた。さらに1撃を加えると完全に伸びた。
(苦しい)
息苦しい。高温のシャワーのせいで温度が上がったためか、胸が詰まる。
外に出たかった。
だが、すでに6人目が来ている。
5人目の持っていた銃を拾い上げた。
撃ってくると思ったのだろう。6人目は逃げかけた。そのひざをめがけて勢いを付けて銃を投げた。
まさか、いきなり投げてくるとは思わなかったらしい。当然である。銃は撃つためのもので投げるものではない。
隙を狙って拳を打ち込む。だが呼吸が狂った。
カウンターでボディブローを受けた。胃が平らに伸し上げられた気がした
「う、ぐぅ」
ラッセルは吐いた。2時間ほど前に口にしたケーキのかけらとわずかな胃液。そして黒い血が床に落ちた。
(休みたい)
1分でいいから一呼吸つきたかった。
だが、テロリストたちは勤勉だった。



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