金属中毒

心体お金の健康を中心に。
あなたはあなたの専門家、私は私の専門家。

チェックアウトの正しくない行い方

2007-01-13 19:16:02 | 鋼の錬金術師
誘拐の 続き

チェックアウトの正しくない行い方

ぴしり
右手首に火が走った気がした。
疲れのためかすむ目を無理やり開いて見据えると黒い皮ひもが3重にまきついている。
すぐふりほどこうとした。しかし、皮ひもはしっかりと張り付いている。
(いい材質だ)
ラッセルは素直に感心した。
相手の姿は見えない。この鞭は5メートル以上あるのだろう。(よく自在に扱えるな)と感心する。こんなときなのに、いやどんなときにでもラッセルには(いいものはいい)と素直に受け止められた。このすなおさは年上の女たちから見れば幼さに見えた。
しかし今はゆっくり素材を見るひまなど無かった。鞭が引き戻される。右手首が締め上げられる。
びしっ
右手首に走る激痛。
(ひびか、骨折か?)
いずれにしても引きずり出された後では、右腕は使えない。
(まずい)
シャワールームから寝室に引きずり戻された。
視線に入るのは黒い靴。上質の革。しっかりした造り。
(こいつが首謀者?)
靴を見ただけでラッセルには今自分を引きずり出した男がどの階層なのかの見当がついた。
貴族。あるいは高級軍人。財閥の高官クラス。
硬い音がした。黒い靴の男の足が床に倒れたラッセルの後頭部を踏みつけた。
額が床にぶつかった。
男が視線で命じる。
後ろに控えていた使用人らしき男達が皮の鞭を握る。
寝室の壁は大きな鏡が作り付けになっている。
鏡の脇の銀の飾り燭台に鞭を縛り付ける。
ラッセルの身体は右手首の鞭1本で燭台につるされた。
足先がわずかに床につくが体重を支えるほどではない。
(こういうとき心拍数の多いのは損だ)
心臓が動くたび、鞭で締め上げられた手首が痛む。
気を失いたくてもこの痛みでは望みはかなわない。
(どうしよう・・・准将に怒られるかな)
痛みに集中しないよう意識をほかの方向に向ける。
黒い靴の男は興味を失ったかのように部屋を出た。気配が遠ざかる。
抵抗する気力の無い獲物には食指が動かないのだろう。
(残りは4人か)
ラッセルは気配をうかがった。

黒い靴の男は配下に命じた。
「あの銀の坊やを私の獲物として今夜のオークションに出すように手配を」
このホテルは闇社会の特別な獲物のオークション会場になっていた。
黒い靴の男は宝石を競り落としに来たのだが気まぐれに自分の獲物を出品することにした。

もしこのときラッセルがつかまったままでいてオークションにかけられていたら、彼はマダム達の手で競り落とされたはずである。ラッセルの身体のためにはむしろその方がよかった。
しかし、彼はプライドが高かった。誰かに助けられるのを待つなどまっぴらだった。

ラッセルはぐったりと意識の無い振りをしながら犯人たちの動きを読む。
今いる4人はさっきぶちのめした6人とはタイプが違う。一言で言えば忠臣に見える。
(とりあえず殺す気は無いようだ)
殺すつもりならあっさりやっているはずだ。
窓の位置。敵の位置を計算する。
(3秒なら、自由になれる。3秒で外に逃げるには・・・)
あまり使いたい手ではないが仕方が無い。窓から飛び出して逃げるしかない。
(ガラスを割るといくらぐらいになるか?)
根が貧乏性のラッセルはまず値段を計算した。
検算結果は練成を使うよりは安いと出た。
敵の位置がずれた。全員の視線がラッセルから外れた。彼らはそのときご当主様のご命令を承っていた。
(よし、今だ!!)
ぐったりと意識が無いように見えていたラッセルは思いっきり身体を揺さぶり鏡にぶつかった。
勢いのまま肘を打ちつける。
鏡の割れる音。
振り向く4人の目に割れた破片の一片を握りしめ黒い鞭を切り裂くラッセルの姿が映った。
白いスーツに血が落ちてしみを付ける。
(早い)
敵が銃を手にする間合いが予測より早い。
(こいつら素人どころか、まともな軍人より反応が早い!)
余裕があれば窓から出ずに練成でドアを作ってと考えていたが、そんなゆうちょうなことはできなかった。
手にした鏡片を投げる。敵4人は簡単によけた。
だが、ラッセルの狙いはシャンデリアの鎖のつなぎ目だった。
シャンデリアが大きく傾いた。明かりが消えた。
窓があるのでまっくらにはならないがそれでも1秒足らず4人の動きは抑えられた。
その1秒でラッセルは大窓の鍵を開き外に飛び出した。

街を行く人の幾人かが悲鳴をあげた。
高級ホテルの最上階から人が飛び出せばたいていの人は驚くだろう。
「きゃー!!!」
悲鳴。
だが、飛び出した影は予測に逆らった。
ラッセルはホテルの壁のつたを左手で握り下の階の窓枠に足を着いた。
ラッセルは運の無い人であった。その部屋には、黒い靴の男がいた。
「ほう、下賎の者にしてはなかなかやる」
黒い靴の男は大きく窓を開けた。手には鞭を持って。
「私のものになれ。そうすれば私が飽きるまで生かしておこう」
ラッセルは答えなかった。
答える余裕は無かった。
イエスと言ってもノーと言ってもあの鞭は動く気がした。
今いるのは4階の窓。単純に飛び降りるには高すぎる。
セントラル特有のビル風がつたを揺らす。
蔦を利用して3階まで逃げてもあの鞭に叩き落されるのは予測がついた。
(それなら)
ラッセルは手を離してまっすぐ落ちた。
女の悲鳴が聞こえた。
(マダムレーヌの声?)
鞭が追ってくるが重力で加速した肉体はそれより早く落ちていく。
3回と2回の間でつたを握る。ぶちぶちとちぎれる。
(無理か!)
風にあおられたつたは加速した身体を支えるには不足した。
2回の窓枠を指先がつかむ。だが手が血で濡れていた。ずるり
手がすべる。落下速度はわずかに弱まったが、身体を支えることはできない。
とっさに痛みを忘れ右手でつたをつかむ。
痛みに叫んだが声にはならない。背中に何かが走っていく。
それは恐怖心であった。

「ラッセルー!!」「兄さん!!」
「緑陰!」
3つの声が聞こえた。
答えるひまも無い
落ちた


3人の錬金術師が3者3様に走った。
弟は兄のいる3階にとホテルの階段を走りあがった。
エドは地面を練成してラッセルを安全に受け止めようとした。両手を打ち鳴らす。
もう一人、初老の錬金術師、2つ名を白水、彼はホテルの給水管に両手を当てた。
3    2  1 0
バッシャーン
ラッセルは派手にしぶきを上げて道路の上に四角く切り分けられたような水の中に落ちた。
それは通行人の言葉によると「いきなり光ったかと思えば、切り取ったプールみたいに水が、壁の無い水槽みたいに現れた」。
「そしたらそこに王子様が振ってきたのよ」
遠い外国のお話の人魚姫になぞらえて目撃者はそう付け加えた。
純白のスーツ姿のラッセルは絵本の挿絵の王子様さながらに見えた。

白髪交じりの白水の錬金術師はお姫様の役である。結界を解いて水を一気に流すとおぼれる寸前の王子様を助け出した。
「緑陰、まったくまた何か無茶をしたようだな」
濡れ鼠の王子は相手が誰かを確認すると「ひとつ貸しててください」とのみ答えた。
そしてビル風に震えると大きなくしゃみをした。


金色のエディへ

題名目次へ

中表紙へ



最新の画像もっと見る

コメントを投稿