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銃のお稽古

2007-01-13 19:42:01 | 鋼の錬金術師
銀のトリンガムよりリザの子犬たち
 本文 銃のお稽古その2

「そうだ、中尉に頼みがあったんだ」
「何ですか、大佐」
すでにマスタング大佐は准将であるし、ホークアイ中尉も大尉である。しかし二人は軍を離れた場所では東方司令部時代の呼び名で呼び合うことがある。退役したハボックを除き、全員が階級を上げばらばらにされていた。リザが今仕えているのはブイエ将軍である。ロイとはまったく違う意味で軍人のにおいのしない軍人である。肉体は軍人、頭脳は高級官僚それが世間のブイエにたいする評価である。
後の話になるが実質的大総統となったロイとあのホモンクルス事件がなければ次期大総統といわれたブイエの軍内での対立にラッセルは駒として利用される。それはルイ・アームストロングの別方向からの支援が無ければラッセルがつぶされかねない陰湿な対立であった。
ロイがラッセルという世間慣れした青年を最大の手駒として育て、軍の中で活動させるようにしたのは、ロイ自身がこの時期に手足である部下たちと引き離されていたという事情が大きい。後になってマスタング政権の一端を担うようになったトリンガム兄弟がかならずしも他の幕僚達と懇意でなかったのはこの育てられ方にあった。
「ラッセルに銃のコツを教えてくれないか。こればかりは私が教えるわけにはいかなくてね」
ロイの銃の腕前はノーコンと言ってよいレベルだった。
「大佐、また練習をなまけてますね」
「ハハ、いまさら練習しても上達しないだろ」
「雨の日のこともお考えください。私が側にいられなくなっているのですから」
「それは考えているよ」 
うそではなかった。そのことは国家錬金術師4人がかりで逮捕したスカー(正しくは逮捕後軍によりスカーであると認定された者)との戦いでやがて証明される。
 その夜、軍の射撃場でリザとラッセルは軍の公式銃を手にしていた。比較的反動が小さく初年兵でも扱いやすいそのモデルは5年前から正式採用されていた。納入決定にわいろの噂がついて回るのはお約束のようなものである。
二人は同じ青い軍服姿である。唯一の違いはラッセルには階級証のある位置に大総統紋章に六茫星、すなわち銀時計と同じ標が銀糸で入っている。手にはめた白い手袋にはすでに練成陣が縫い込まれている。彼が銀時計を受け取ってまだ一日である。軍服といい手袋といい大総統はあまりにも手はずが良かった。   まるで、彼が来るのを待っていたかのように。
「銃は初めて?」
「はい、分解と組み立てだけは准将に伺いました」
「それなら私は射撃だけ教えるわ」
リザの模範演技はすべての的のどまんなかを10秒以内に打ち抜いた。
その後、ラッセルの初射撃が始まった。
リザの見るところ姿勢も持ち方も完全である。しかしまったく的に当たらない。ロイの話では練成時のコントロールは文字通り針の穴を通すレベルであるのでノーコンではないはずである。
(この子も大佐と同じで銃だけノーコンなの?でも普通姿勢も視線もこれだけ良ければ少しぐらい当たりそうなものだけど)
「一度練成であのまとに当ててみて」
「はい」
返事とともにまとは真二つに割れた。
「?何があったかよくわからないのだけど」
「練成した蔓を的に当てただけです。あのまとそんなに強くないようですね」
「そうでもないけど、(大型口径で撃っても壊れないようになっているはず)当てるのは簡単なのね」
「銃は反動のせいかな、簡単には当たらないものですね」
リザに向ける彼の目には素直な賞賛がある。
(あら、この子もこんなにかわいい顔するときもあるのね。こうしてると16に見えるわ)
ラッセルはまた撃ち始めた。『反動が』と口にした割には姿勢に乱れがない。(この程度の反動ならこの子の体力なら十分抑えられる。なぜ当たらないのかしら?)リザはラッセルの視線を追った。(もしかして?) 何かわかりかけた気がして、さらに見ようとしたときラッセルがつぶやくように言った。
「銃を撃つとき、心臓に響くようなぞくっとくるものがありますね。  そう、人に対する罪とでもいうような」
(なんだか変ね。まるでもう人を撃ったことがあるような言い方だわ。初めて撃つことに間違いはないはずなのに)
弾切れを起こしたところでまとが自動的に入れ替わる。1クール終了である。
「1度銃を変えて見ましょう。ラッセル君?」
気配の変化に振り向くとラッセルは左手を押さえ青い顔で壁によりかかっている。
「医務室にいきましょう」
「大丈夫です。これぐらい自分で治せます」
「あなたは何でもできるかもしれないけどできることとすることはイコールではないわ。時々はプロの手を利用しなさい。きっと新しい発見があるわよ」
普段のラッセルはまったに他人の意見をそのまま受け入れたりはしない。しかし、エドが姉か母のように懐いているリザには抵抗する気にならなかった。
 医務室ですぐ鎮痛剤を打たれた。
「お手間を取らせてすいません。ホークアイ大尉」
「ラッセル君 子供があまり気を使いすぎてはだめよ。胃が悪くなるわよ(笑)」
「子供・・・?」
「書類見たわ。あなたまだ16ですって。ごめんなさいね。21なんて言って」
「年を間違えられるのはいつものことですから。それに」
「自分でも意識して年を上に見せているからでしょう」
「ご明察恐れ入ります・・ッ痛」
「まだ痛む?薬の効き目遅いのかしら?」
「この手の薬は即効性が売りのはずですが」
「さすがに詳しいわね」
「2年ももぐり(診療)していましたから・・・」
軽く笑おうとしたラッセルの表情があいまいになる。
(妙だな。薬の加減か? だるい。それに、さむ・い)
リザが名を呼ぶ声がかすかに聞こえた。部屋の中が暗くなる。(いや、どうやら俺が気を失いかけて・・・)

リザの見ている前で急に表情を失った彼は床に崩れ落ちた。
「先生!」リザは医師を呼んだ。
「とにかくベッドに。しかしこんなに効くはずが無いが?」
医師は彼をあちこち調べていった。(これでは眠っているというより・・・意識レベルが低すぎる。昏睡に近い)
ラッセルの軍服には階級章の変わりに国家錬金術師の紋章が縫い取られている。
「錬金術師ですか。リバウンドの可能性はありませんか。大尉」
しかし、リザの知る限りリバウンドを起こすようなことは何も無かった。
「先生、よく初年兵が銃で最初に殺したときの心理テストに、銃とは人に対する罪である。という表現がありましたね」
「そうですよ、それを乗り越えてこそ一人前の兵です」
「彼が過去に人を撃った可能性はありえますか?」
「年齢から推測してあまり考えたくはないですが、まぁ軍の銃が横流しされているといううわさはありますからね。そういう物が手に入る環境ならありえるでしょう。その可能性を考慮するならばそれは心理面の問題です」
医師は言外に自分の責任ではないといいたいようだ。
(大佐はこの子を自由になる手ごまとして育てるつもりだわ。だとしたらこの子を調べなければ。大佐はまったく調査もしないでこの子を受け入れた。それは大佐がこの子を信じられると直勘したことが最大でしょうけど、私が連れて行ったという点も大きかったはず。それに銃は初めてと言った、あの言葉にうそは感じられない。おそらくこの子自身も知らない何かがあるはず。この子の安全のためにも調べなければ。何も知らないまま、こうやって眠ってしまうことになればそれが敵の前ならば。この子のためにも急いで調べなければ)
実年齢を知ったこともあるが、時として見せる幼すぎるほどの表情を見ているうちにリザの中でラッセルはハヤテと同じ守り教え育てる子犬になっていた。


 後日のことになるが、リザ・ホークアイはある町で起きた4年前の暴動を調べていた。死者20人、負傷者50人、行方不明者一人(女性エリノア・トリンガム)。それは日付から見てラッセルが12才の冬のこと。詳しく報告書を読み解いたリザは某未成年者の銃の暴発による負傷者が行方不明になっているという事実にいくつか事実をつなぎ合わせていた。(彼が母親を撃った。母親は失踪し彼は母が逃亡生活中に病死したと思い込んでいる。(12といえばエドワード君が国家錬金術師を取った年。エドワード君が絶望の中大佐の焔でよみがえったその同じ12才で彼は理由はわからないけど絶望を抱いたのだわ。) 報告書にはエリノア・トリンガムの写真が1枚つけられていた。少しぼんやりしたそれで見てさえも黄金の髪に青銀の夢見るような印象の瞳、二人の子供の母親というより夢見がちな少女の印象が強い。美しいそして男の保護欲をそそる、どこかはかない女性だった。失踪時28歳とあるから16歳でラッセルを生んだことになる。

リザはその報告書をロイの手を借りて、准将権限で消滅させた。何の相談もしなかったのに二人はそろってラッセルには同じ説明をした。「君の(あなたの)銃のノーコンはどうも先天的なもので練習してもしかたない。それより、得意分野の練成や体術を鍛えるほうがいい」
それは軍服に不可欠の銃さえも準銀製の空砲のみしか撃てないいわば偽物を持たせるほどであった。この擬似両親の用心のお陰で彼は実母と再会するまで自分の中の闇と出会うことはなかった


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