金属中毒

心体お金の健康を中心に。
あなたはあなたの専門家、私は私の専門家。

宝探し  独立してます

2007-01-13 19:51:13 | 鋼の錬金術師
宝探し


アル!!!アル!
兄はいくども名を呼んだ
弟はそのたびに答えた
もはや反響しない声で。
弟はもとの肉体を取り戻していた。

(なんだか、兄さんが大きく見えるね。)
当然だろう視点が違う。2メートルのよろいと10歳の自分では。
そう、アルの肉体は完全に元に戻っていた。

チャンスを手に入れたのは偶然だった。第5研究所のことがあったから、とにかく軍の研究所をもう一度洗いなおそうと勤めていた職員の記録を含め調べ上げてみた。その中にアルは懐かしい名を見つけた。正確には懐かしい名の縁者を。
ナッシュ・トリンガム。
(ラッセルとフレッチャーのお父さんだ)
自分たち兄弟には父は遠い存在だがトリンガム兄弟にとって父親は大切だったらしい。
そういえばトリンガム兄弟は父親の遺品と言える物をまったく持っていなかった。
軍の研究所の隅にでもコーヒーカップの1個ぐらい残っていないだろうか。
いつか会えるともわからないけど、もし会えたら『弟』に渡してあげよう。
手のかかりすぎる兄に苦労している同士に。
兄を焚きつけて第3研究所に行かせた。夜中にアルフォンスももぐりこんだ。
そこでおもしろいものを見つけた。歴代の職員の仲良し交換ノートだ。おふざけなのだろうが、いい年をしたおっさん研究員たちが女子高生みたいに交換ノート・・・。寒さなど感じないはずのアルフォンス、  震えた。 ・・・頭のいい人って怖いなぁ。
中をのぞいて見てなーんだと思った。それは単なる研究の申し送りだった。誰が表紙を書いたのやら、ずいぶんいい性格の人がいたらしい。
だが、結構面白い研究をしている。アルはつい夢中になって読みふけった。
おい,アル。石について書いてあるのか?
夢中になって読みふけるアルのよろいの頭を兄の金属の腕がつつく。
カン
金属の響き。
「もう、音立てないでよ。警備に見つかるじゃない」
「お前が遊んでいるからだろ」
さすが兄だ。
弟がつい読みふけっている内容が、目的外だとすぐ気がついた。
たぶん自分もしょっちゅうやっているからだろう。
なんだ、それ?
覗き込もうとする兄にアルはにやりと笑って(鎧だからイメージです)表紙だけを見せた。
「うっげー。きもい。変態の集まりかよ、ここは」
「単なるジョークだよ。中身は申し送り」
「悪趣味」
自分のことはうんと高い棚に上げて兄が言う。
そういえば兄の上司が言っていたっけ。
『大人になるということは自分の都合の悪いことを隠せる高い棚をたくさん持つということだよ。(笑ってから)鋼のではまだ棚まで届かないだろう』
その後兄は毎度の反応を示して上司を楽しませた。まったく、この人、大人のはずなのにどうしてこういうところは兄と同レベルなのだろう。アルのため息は(イメージです)兄とその上司の両方に起因していた。

兄がノートを引っ張った。
「だめだよ。古いんだから、破れる」
言う間にピッと音がして、ノートから何かが落ちた。
「ぁーあ、兄さんたら乱暴なんだから」
「アルが離さないからだろ」
あれ、落ちたのは破れたページだけではない。小さいノートも落ちていた。
わが子へ
ナッシュ・トリンガム
これは、ラッセル達のお父さんから子供たちにあてたノート。
すばやく拾った兄が中を開いた。
「だめだよ、人宛てのノートを盗み見たりしたら、よくないよ」
「今さらだろ。へぇ、宝探しか」
「まぁ、確かに盗賊兄弟の名ももらってるけどね」
「おい、行ってみよう。宝探しだ」
(はー?)
兄はノートをアルに投げると走り出した。
何か好奇心が刺激されたらしい。こうなると兄は止まらない。
「ノートに何か書いてあったの」
「ここの地下に宝物がある。どうしても必要なときは探せ」
兄がノートの内容を要約した。
「でもそれってフレッチャー達の物じゃない」
このノートは2人あてなのだから。
「何言ってやがる。宝探しは見つけたもんの勝ちだぜ。第一、どうせ軍の秘密のお宝だ。あいつらも盗みにくるしかないだろ。せっかく、まともに生きる気になったのに盗みなんかさせるのはよくない。 だろう。
だから、俺たちが探し出してやる。年上のやさしさってもんだ」
ぁあ、それ事実とぜんぜん違うと思う。
でも、どうせ兄は止まらない。
あるいは兄にはこの時点ですでに宝物の内容の予測があったのだろうか。
それはわからない。

どんどん地下に降りていく。アルは息苦しさを覚えた。おかしな話だ。鎧の自分は息などしていないのに。兄は大丈夫だろうか?
「兄さん」先を走る兄に声をかける。
兄の指が唇に触れる。
静かにということだ。表情が硬い。兄も何かを感じているのだ。
戻りたいがこうなると何があるのか調べないわけにはいかない。
行き止まりの壁に行き当たった。
壁の向こうを調べなくてはならない。
だが、「ここいやだ」
鎧の弟が幼児のようなおびえた声を出した。
兄はもっと強く何かを感じているらしい。
「ここだ」
手をたたく。壁が光に包まれて消えた。
空気が黒い。嗅覚の無いアルはそう思っただけだがエドはもっと強烈なものを感じた。ロイならばイシュヴァールの風と表現しただろう。それは強烈な腐臭。
エドの息が無意識のうちに止まった。だが2分以上止めるのは難しい。
激しい咳き込みとともに息を吸った。
「兄さん、これは」何なのという言葉が出てこない。
「これじゃない、彼らだ」
兄の声が震える。
「何が宝物だよ。トリンガムの親父さん何考えていたんだ」
そこにあったのは巨大な赤い石。アルの両手でかろうじて抱えられほどの大きさの。完全品ではなかった。アルの位置からは見えなかったが固まった血液のような色の石からは赤ん坊と思しき手が飛び出していた。
「吐けない」
ショックで自分は吐くとエドは思った。しかし、吐けなかった。これは化け物ではない。軍の研究所で魂を石にされてしまった人々なのだ。
「ごめん、ごめんな。何もできない」
たすけて。たすけて。たすけて。助けて。助けて。タスケテ。タスケテ。
重なりあって聞こえる声。
「兄さんをいじめるな」
アルが兄を後ろにかばった。
石からは邪悪な意思を感じない。ただ、悲しい。タダ、哀しい。ただ、かなしい。
それだけが伝わってくる。
でも兄は泣いている。
無力さに啼いている。
兄が泣いている。

「帰ろう兄さん」
ほかの事はどうでもいい。兄を助けなければ。
助けて、たすけて。ここから逃がして。かえりたい帰りたい返りたい還りたい。
還して。お願い還して。
空気を直接震わせて感じる声。
「わかる。どうしたいのかわかる。どうすべきかもわかる。いちどやったことだから」
「兄さん答えないで」
あれが何かなんてどうでもいい。
でも兄さんが泣くなら、僕にとってこれは良くないモノなんだ。
たすけて、オネガイ、かえして
かすかなかすかな赤ん坊の声。
泣いているとさえわからないほどの。
兄が耳をふさぐ。だが、音でなく聞こえる声は耳をふさいでも同じだ。

「わかった。還してやるよ。お前のママのところへ」
「アル、見張り頼む」
「兄さん、何する気」
思わず声が甲高くなる。
もし本来の年齢で育ったなら決してでない高い声。
「彼らを世の流れに帰してやる」
「それは、   
どうして兄さんがしなくてはならないの

声にしなかった言葉に兄は答えた。
「錬金術師よ。大衆のためにあれ」
兄よ。あなたは私を弟と呼ぶ。あなたはこれを人と呼ぶ。あなたにとって人とは何ですか。

兄の両手が弟の思いを断ち切るように打ち鳴らされた。
飲み込まれた。あまりのも巨大な力にこの地下空間そのものが飲み込まれた。
振り向いても階段も壁も無い。白い部屋。白い空間。そこになぜか門がある。
いまさらのように思う。
変だなぁ。
なんで、壁も無いのに門がいるんだろう。
人の気配。門を見ている兄の回りに人の気配。それも数え切れないほどの。
何も見えないのに。
それが石を造っていた人の魂の気配とはっきりわかる。
「待っていろ、開けてやるから」
兄がつぶやく。
「だめだ」兄の手を押さえた。
開けないで。扉を開ける。それには代価がいる。兄は魂たちを扉の向こうに返すつもりだ。
その代価は。扉を開ける代価は兄が奪われる。
「アル、なぜここに」
白い空間。弟は外にいるはずだ。
「知らない。気がついたらここだった」
「あちゃー失敗したかな」
こんなときでも兄は兄だ。
オートメールの手で自分の額をこついで、痛いと叫んで飛んで回った。子供のころの癖だ。
等価交換しよう。
空間を震わす声。魂の声だ。
私は錬金術師だ。君が扉を開けてその体を代価にしてくれたら、扉の中の異物を外に出そう。
扉の中の異物。
異物。この場合本来ここに属さないもの。
それは、僕の。
「兄さん、僕にさせて」
「お前は、危ないことをするな」
まったくこの兄はわかっているのだろうか。もう、弟は故郷にいたときのチビではないのだが。いまだにこの自分に知らない人についていくななどとよく言うのだ。トラブルに足を突っ込むのは兄のほうなのに。
私達をこの姿にした者が地図を残したのだろう。君達はあの者の子か
どうもこの魂は魂だけになっても理屈っぽいしおしゃべりだ。ほかの魂がただ嘆くのとはずいぶん違う。
「知らないよ」
だいたいあの者の子かで返答できるわけが無い。
「でも取引はできる」
「おい、アル」
「僕が帰ってきたとき僕が魂を持っていなかったら兄さんが助けて」
兄は扉を見上げた。
「わかった。必ずお前を元に戻してやる」
扉に手をつける。力を入れて押した。
内側からも引かれた。黒いもの。あの時も見た触手。僕を持っていったもの。
小さく開きかけた扉から中に飛び込んでいく風の音。それが魂の返っていく音と気づいたのはすべてが終わってからだった。
それから何がおきたのか実のところ全てがわかっているわけではないが、扉が内側から大きく開かれた。手をついていた僕はそのまま前に倒れこんだ。中に入ったとたん体が動かなくなった。足を引っ張られた。強く。
いたい。と叫んだ。
後になって思えばこのときすでに自分は元の体だったのだ。
赤い石の光で淡く照らされていた地下の部屋。それが真っ暗になっている。
臭い。
最初の呼吸は無意識だった。赤ん坊が最初に息を吸うときはどんな感覚なのだろう。でも、あまりの臭いに息を止めてそれから耐えられなくなった。もう一度息を吸った。

「アル!」
「アル!!」
「兄さん。大声はだめ。見つかるよ」
言った言葉が体内に反響しない。
「えっ?」
強烈な違和感。どうやらすっかり鎧姿に慣れていたらしい。
両手を打ち鳴らす音。兄の手にランプがある。
アル。
震える手からランプが落ちる。あわてて受け止めた。
「見張りに気づかれたらどうするの」
いつものペースで兄に苦情を言う。どうして自分は平常心でおれるのだろう。きっと手のかかる兄がいるからだ。
「アル、家に帰ろう」
ランプの火が震える。兄の手の振るえだ。
弟の小さな本当に小さな手をとった。
この手だけは離さない。
もう一人でどこにも行かせない。
強く握り合う手、約束の手。



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