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イスラミック・ブルー

スペイン、エジプト、イラン、トルコ、チュニジアへ、イスラミックな旅へ。
スペイン/地中海レストランガイド

私を愛したスパイ、私が愛した…

2012-09-26 23:08:06 | エジプト編

ティモシー・ダルトンが好き、
だからロジャームーアのボンドが駆け抜けたエジプトの記憶が薄い

007「私を愛したスパイ」に登場した、
イブン・トゥールーンモスク。

高い塀に囲まれた、イラク様式の珍しいモスクに、
訪れる人は少ない

知り合いが来ると、私は必ずこのモスクへやってくる。
静かな空間。
ミナレットを昇れば、千の塔の街、カイロをゆっくりと眺めることが出来る。

いかにもボンドと美女にぴったりのイギリス人商館が、同じ敷地内にある。
ガイヤー・アンダーソンの屋敷は、アンダーソンの趣味のいい骨董品でいっぱいである。
真夏のエジプト観光はけだるい。
そんな時、この館へやってくると、書斎にある井戸(!)や、
マシュラベーヤという、格子をすり抜けてくる冷たい風に癒される。

静かなカイロを思うとき、
私の心はいつもイブン・トゥールーンへと飛ぶ

 


カイロの日常 今昔

2012-08-29 21:47:12 | エジプト編

            

 カイロで時間がると、手紙を書く。
 もっとも、最近はなかなか時間が取れないので、アラビア語か?と思うような流れる文字を書く。
 薔薇園でもらった、赤いジャスミンと白い花。
 とてもいい匂いを楽しめる時間。
 ベランダの向こうは緑が広がる。
 丸一日この部屋にいてもいいぐらい居心地がいいが、ほとんど寝に帰ってくるだけ。
 残念!
 本も、針箱もあるのに、どちらもママならない。
 絽の着物をほどいた物を持ってきた。
 真っ青な生地に、蜻蛉が飛んでいるスカートを仕上げて、ナイル沿いを歩くつもりだったのに。 
 いつから、私のエジプトでの時間は、早く流れるようになってしまったのか?
 その昔は、時間をつぶすのが大変だったのに。
 ヒルトンモールで日がな一日、縫い物をしていたころ。
 川べりのベンチで、本を読んでいたころ。
 マクハーで、絵葉書を書いていたころ。
 時間はとても長かった。
 『日はまた昇る』をファルーカで読み、「時間は経つものだ」と、自分に言い聞かせていたあのころ。
 懐かしむ間もない今。
 

 ふと、思い出した。
 次は、長く行こう。カイロに住もう。
 

 


真っ赤な花の向こうの空

2012-07-20 21:33:44 | エジプト編

カイロの空、
真っ青な空、
六月の空はまだくすんでいて、
真っ青とは言いがたい。

それでも、真っ赤に燃える火焔樹(かえんじゅ)の向こうに見える空は、
視界を真っ白にしてしまう真夏の太陽を思い出させる。

花のひとつひとつは、鳳凰木という火焔樹の別名の通り、
鳳凰のように見える。

鳳凰の子らがひとつの樹に集まって、
一羽の大きな鳳凰のように、
真っ赤な羽を広げている。

ラマダーンの夏
真っ赤に燃える火焔樹が目にしみる。

あの、深紅の花が、
まぶたの向こうに焼きついている。




魂の眠るところ、眠りを誘う

2012-07-09 23:31:36 | エジプト編

 久々に登場して、いきなり私の後姿

 これは今年、エジプトで一番が受けがよかった洋服。

 ところはカイロの、リーファイモスク。
 私のお気に入りのモスクのひとつで、誰か来るとよく訪れる。
 特に暑い夏の日には、寄らずにはいられない。
 私の前にあるのはお墓である。
 壁に寄りかかってお参りするのが、流儀…では決してありません。
 暑さにへばった私は、一面大理石の間である、この墓所の壁に寄りかかり、涼んでいるのであります。
 一緒に来た、エジプト初めてのみみずく女史は「お墓でこんなことして大丈夫?」と、心配しておられました。
 「私が暑さで倒れてしまったら、化けてでるかもしれないけれど、ここはエジプトで、イスラームの国。私が元気になって、また歩き始めるためには、心ゆくまで休んでいきなさいとおっしゃるでしょう」
 とにかく、冷たくて気持ちよい。もうお墓に寄り添いたい感じ。大理石バンザイ。
 大理石の間からでて、お祈りスペースで素晴らしい天井のアラベスクを大の字になって見ながら、近所のおじさんが、足をぶらぶらさせながら読み上げるクルアーンに耳を傾けるうち、どんどん睡魔に襲われていく。

 正しいモスクの使い方…
 もちろん、それなりに貴賤はしてまいります。
 庶民のモスクだと、おじさんたちのいびきが響き渡っているところも。
 これからの夏、買い物帰りにちょっと休憩できるモスクがない日本は、なんて不便なんだろう!


究極のイスラミックブルー

2012-01-16 13:42:51 | エジプト編

ちょうど1年前、エジプト革命が起きた時

私はギザのピラミッドで、エジプトで最も信頼する自分の運転手を探すために駆けずり回っていた。

1月25日午後1時

いきなり通信手段の全てを切断され、移動手段である車を、なんの断りもなく強制退去させられた。


その日の夜、私はこのもっとも信頼する運転手のおかげで、無事にカイロを脱出した。

それから、ルクソールでの日々のなんと浮世離れしていたことか…

テレビの中の物騒な革命映像が映画のように感じられた。

初めて会った時、5つくらいだったシャヒーラの明日は婚約という日。
私は素晴らしい青を見ていた。
私の青は、私が追い求めていた地中海の青は、
海の碧ではなく、こんなにも私のそばにあったのだ。

その正体はエジプトブログで→
イフタファー・シムシム(開けゴマ)


歴史的瞬間に私は…

2011-05-25 23:31:04 | エジプト編

 毎日、毎日、私はのどかな牧草地帯を散歩していた。
 運河にかかる、ナツメヤシの木を、ポンと渡しただけの橋を渡ってみたり、
 ロバに話しかけたり、
 お家を勝手に拝見したり、
 牛の模様を観察したり、
 畑仕事のおじさんに「お茶あがっていきなされ」と声をかけられたり…
 「たり・たり」な毎日を送っていた。
 

 カイロでは、デモ隊と軍が衝突し、流血さわぎ。
 外出禁止令が引かれ、食べ物は配給だけと言うところもあった。
 そんなことはテレビの中のこと…
 革命以来、新聞もカイロから来なくなった。
 アルジャジーラの放送も「ブツッ」と切られた。

 農村では、いつもと変わらない生活だった。
 スズメの鳴き声がうるさくて起きた。
 ロバの悲鳴のようないななきも、いつもどおり。
 食べるものはたくさんあった。
 携帯電話は壊れていた。
 公衆電話はないところにいた。
 日本語はまったく通じなかった。
 緊張感ある空気は、微塵もなかった。
 

 歴史的瞬間にエジプトにいたというのに、
 その実感はまったく得られなかった。

 ルクソールに到着した夜の話はこちら

 


旅の終わりに…匂いは思い出の封

2011-03-10 23:24:11 | エジプト編

2011年のエジプトが、歴史に残るとは夢にも思わず

その渦中の人になるとも思わず

まずは旅の終わりから


祝福の意味の名前を持つムバラク大統領は、
民衆につぶされ、民衆はそのことを祝福した。

「エジプト全土で大規模デモ」
世界中が書きたてた血なまぐさいエジプト

私は、エジプトに居ながら、そうした光景を実際に目にしていない。
こうして、部屋にかぐわしい薔薇を飾り、
悠久の時の流れは、ナイルと共に変わることなく静かであった。

活けておいた薔薇の花びらを、
ひとひら、ひとひら、手に取り、
ハンカチに包んでバックに収めるのが、帰国前の最後の優雅な時。

空港で、
続く旅先で、
帰国してから、

薔薇の匂いは、旅の思い出の封印をつかの間解く

今年の薔薇は、大輪でいい匂いの薔薇。

大きなデモのあったシェラトン前のいつもの花屋で買った薔薇。

この花びらは、特別な意味をもって、
私の思い出の引き出しに眠るかもしれない

そう、カイロは確かに大変であった。
でも、花は売られ、花を愛でる余裕がすぐに戻ってきた。
エジプト人は温厚で争いを好まない。
そして、自分の国を母と呼び、恋人と呼ぶ人たちである。
自分の母や恋人を傷つけたい人が世界のどこにいるというのだ?
エジプトを怖い国とは思わないで欲しい。
愛しい、愛しい自分の国だからこそ、自分たちで何とかしたい
それがデモになった。

祝福という名の人の退陣は望んだが、
誰も国から出て行けとは言わなかった。
それは、その人もエジプトを愛する人だから。

ナイルの水を呑む者、ナイルに還る

中東を覆う不穏な黒雲が早く去りますように…
砂漠の国には、雲ひとつない、真っ青な空が似合うのだから

 


私の見たエジプト2011、1、25はこちらをご覧ください


砂に埋もれた碧海

2010-12-18 20:03:06 | エジプト編

最後に歩いた人の影が見える


フランス人のロエールさんの影が


数々のピラミッドが見渡せるサッカーラの丘に立つと、見えないものが見えてくる


砂の上を見ながら歩く、ロエールさんも見える

何か、土器の破片か何かを拾っては元に戻しながら歩く、往年の考古学者。

サッカーラ大地の下は、網の目のように道が走り、部屋が並んでいる。

その壁面は、碧いタイルが貼りめぐらされている。

カイロ博物館の誰も行かない、薄暗い隅っこに、壁一枚分貼られている。

たくさんのツアー客の足音と、ガイドの声を遠くに、青いタイルを見つめる。

封印されている、青い地下世界に、いつの日か入る事は出来るのか?


タイルの間に間には、走る王のレリーフがある。

国民に、統治力があることを示すために王は走った。

たくさんの王の足音


たくさんの人々の足音

 

聞こえる、聞こえる、私を連れ去る足音が…

 

ロエールさんについて→こちら


まどろみ

2010-11-23 00:13:57 | エジプト編

ポートサイド
フリーポートの街は豊かである。
ふと通りかかったモスクに立ち寄ろうとすると、
「女性は向こう」と指差された。
裏へ回ると、女性用の入り口があった。
入り口に腰掛けているおばさん。
カイロのモスクの下足番のように、
靴をもぎ取るようにし、物質をとったかのような勝ち誇った表情は微塵もない

美しい洗面所で、手を洗い
モスクのなかに入ると、きらびやかさはないが、
居心地の良い空間が広がっている
裕福である証拠は、メッカの方向を示すくぼみ、ミフラーブが木で出来ている

隅にかたまって、小声でおしゃべりする人たち
メッカに足を向けてまどろむ婦人が一人
これもまた、裕福な土地柄の証拠のひとつといえようか?

得てして、貧しい地区のモスクほど、
小言を言われる。
「異教徒は入らないで」
「肌を出さないで」
「靴を持ち込まないで」
「スカーフをかぶって」
その理由はさまざまであろうが、その場はそれに従うよりない。
なぜなら、彼らの聖域なのだから。
彼らの安らぎの場を乱すことは出来ない。

このモスクにいた人々は、通りすがりの私に、
たった一人の外国人に、
強い好奇の目を向けるでもなく、
話しかけるでなく、
ただ、そこにいることを、当たり前のようにしていた、
誰にでも開かれた、
モスクの真の姿の中では、
自然と、スカーフが肌になじんでくる

誰にも寝顔を見られる心配もなく、
どんな人がいるかを観察するにも、失礼な感じがせず、
聞き耳も立てやすく、
写真も撮りやすい…

郷に入り手は郷に従え

帰り際、顔が映りそうな大理石の床を磨き続ける下足番のおばさんの肩をたたき、
手のひらに喜捨を載せた。
「いいのよ、あなたが休めたのなら。神のおかげよ」と、
受け取ろうとしない。

おばさんの手をそっと包むように、握らせた。
「神のおかげで。神がお望みならば、またいらっしゃい」


こんなにゴージャスなお手洗いのあるところ!
絶対に忘れませんとも。
エジプトではまだまだ、気絶するようなご不浄が存在する。




無邪気な観光客

2010-05-06 21:04:51 | エジプト編
 カイロの高級住宅地ザマレク。
 静かな街並み。
 通りでメモを取ると、警官がそっと近づいてくる。
 何をメモしているか、しきりと気にする。
 私はただ、また戻って来たい店の通りの名前を書きとめているだけ。
 「私はただの観光客よ!何がいけないの?」
 「何を書いているんだ!見せてみろ!」
 押し問答していると、私服警官が近づいてくる。
 私は書いているメモを見せる。
 「君はアラビア語が書けるのか!」
 「私は、またあそこの店に戻ってきたいの。ここで写真を撮ったわけでもないのに、なんで怒られなきゃならないの?」
 「アッハッハ、そりゃあ、ここが要人の家だからさ 私は、店と通りの看板を一心に見ていて、その大きな邸宅の前にたむろするように座っている私服の警備員や警官に気づかなかった。
 
 エジプトでは、軍関係の施設の前などで写真を撮ることは許されない。しかし、メモを取ることも許されないとは思わなかった。
 時に、ふと、油断してしまう。
 日本と違うことは良くわかっているはずなのに。
 好奇心旺盛な観光客であることを一生懸命アピールし、笑顔でいる。
 それでも、語彙力のなさが裏目に出る。英語で押し通さねばならないのに、ついつい口をついて出てしまうアラビア語。
 
 アラビア語が判る?書ける?そんなお前が、何をしている…
 
 「何も…」と言って、通じないこともある世界。
 今のところ、私は、ちゃんと観光客と信じてもらえている。
 でも、郷に入りては、郷に従え。
 李下で冠を正さず。
 ちゃんと、気をつけなくちゃ。

 私服の警官や警備員の目を逃れ、また新たなお店を発見。
 ステキな古い扉の数々。
 ファティマの手、ランプ、飽かずに眺めていると、また忘れてしまいそう。
 好奇心が命取りにならないように、楽しく散歩するために、忘れちゃいけない。    
 だって、私は、本当に、好奇心旺盛な、カイロを愛する観光客。
 

見えないところに凝る美しさ

2010-04-26 18:00:00 | エジプト編

 襦袢や、襟足、洋服なら袖口のカフスボタン…
 見えるようで見えないところのおしゃれが大好き。
 イスラーム世界は平安時代と同じ。

 御簾の向こうの姫君。
 詠まれた歌の手に思いをはせ…

 真っ黒な衣装の裾から見える、色とりどりの着物。
 目深にかぶったベールの奥の輝く瞳。
 無防備な指先に感じる知性。
 
 イスラーム全盛期、世界の陶磁器が集まったカイロ。
 美しい、色とりどりの皿や壺。
 中でもたくさんあったのは素朴で、需要が多い水壺。
 ナイルの水をろ過する為に、壺のくびれの下につけられたフィルターは、
 作り手と、誤って壊したものしか目にすることがなかったにもかかわらず、
 美しい文様が彫られた。

             

                  
 ナイルの葦、

          


パピルス、

                                    


小石、

                


 小さな、舌触りの悪いものを取り除くために、

           

美しいアラベスクと、神への言葉が、その存在を自己主張することなく、

           


日々、人々に安らぎを与え続けた。


 割ってしまった壺の、美しいフィルターを、
 蜀台代りにしたのか…

 イスマレーヤの小さな博物館の、誰もが素通りしてしまう、
 小さなコレクション。
 その美しさを知り、追いかけるものが世界に少なからずいる。
 博物館の片隅で、
 かつてはごみをよりわけたフィルターは、
 多くの見学者の中の、一握りの人達をより分け、小さな模様の穴越しに、
 遠く栄えた、大帝国の夢を見せる。


伝統的なイスマレーヤの家

2010-04-09 17:00:00 | エジプト編
 イスマレーヤはカイロから2時間半。
 泊まった事はないけれど、散歩していると気分がいい。
 カイロのようにクラクションを鳴り響かせながら走る車もいない。
 クラクション禁止の看板も、カイロならば無視されるであろうに、ここではきちんと守られている。
 お巡りさんに道を聞いても、タクシーの運転手さんも、みんな「ちゃんと知っている」
 知ったふりで答える人にまだ出会った事がない。
 短い滞在時間の中では、知らない事の方が多いだろう。
 でも、印象はとてもいい街。
 カイロに住むイスマレーヤ出身の人達の、優雅な物腰。
 落ち着いた感じもいい。
 イスマレーヤの一軒家の中はどんな風になっているのだろう?
 外観からは、カイロの農村やルクソールの一軒家とは違い、ヨーロッパテイストの内装しか想像できない。
 スエズ運河で発展した町。外国からもたらされたものも多い事だろう。
 つい、きっとリビングは
フロイトの診察室のような感じかと想像を巡らせてしまう。

イスマレーヤの家

2010-04-02 22:53:04 | エジプト編
 エジプトに住むならどこ…?
 ルクソールも、カイロもいいけれど。
 年寄って、ゆりイスにすわり、居眠りする毎日になったら。
 イスマレーヤの静かな町で過ごしたい。
 大きすぎず、小さすぎず、二階建ての一軒家。
 ブーゲンビリアの生垣に、薔薇をたくさん植えて、ナツメヤシが一本あったらなお良い。

 
手紙もちゃんと届く。
 人々ものんびりとしている。
 夏には、ワニ湖へ出かけて水遊び。
 スエズ運河の入り口。
 カイロから2、3時間という距離も手ごろ。
 小さな見ごたえある博物館もある。

 イスマレーヤ、ここは本当にエジプトだろうか?
 行く度に、つい自問してしまう。
 何か書き物がしたくなる。
 縫い物もいいかもしれない。
 
 静かな、静かな、イスマレーヤ。
 エジプトだけど、エジプトを忘れてしまう町。
 
 

かわらぬ時の調べ

2010-03-05 22:26:20 | エジプト編
 ルクソール西岸の小さな村。
 遺跡の前に、何千年と住み続けている一族。
 そこから出ることはなく、毎日同じことの繰り返し。
 エジプトの家は、その地下を掘ると、どこまでも壁が続いているという。
 エジプト人は根本的なエジプト的嗜好を変えることを望まない。
 住むところも、食べることも、働くことも…
 本当に少しづつ、少しづつ変わってゆくエジプトの奥の村々。
 大都市やナイル川沿いが、見る見るうちに変貌を遂げていく影で、
 同じ時間が流れているとは、到底考えられない。
 夕日が沈み始めると、
 その速度がいやに速く感じられるほど、
 時の流れはのんびりとしている。
 のんびりしている男たちの貧乏ゆすりが、時を早めようとしているかに見える。
 この国で、貧乏ゆすりはスポーツ(!?)だと言う。
 動かない人たちの、わずかな揺れも、砂に飲まれる。
 
 日が沈んでからが長い。
 明るい空が、昼と夜の間の境目をいつまでもぼかしている。
 この景色には、物音は似合わない。
 もう少し暗くなったところでの、かえるとすずめの鳴き声以外は許されない。
 いつまでも、いつまでも、この静寂が続いていくと感じさせてくれる、
 村の夕方。

時の過ぎるままに

2010-02-23 23:40:44 | エジプト編
 静かな午後 
 日差しを求め、 
 椅子を少しずつ動かす。  

 玄関ホールは思いのほか静かで、 
 その向こうの客間と居間のさらに向こうの土間と、 
 TVルームから聞こえる子どもたちの声とテレビの音が遠くから響いてくる。 
 私がいないことに気がつくのはいつか? 
 子どものパタパタ走るサンダルの音か? 
 お祈りを終えたおばあちゃんが、日向ぼっこに来るのが先か? 

 ひと時。 
 時がゆっくりと流れている。 
 私の大好きなルクソールのおうち。 
 いつでも訪れることが許され、 
 いつまでもいて欲しいと懇願され、 
 遠い親戚よりも近しい日本の女に、 
 ここに溶け込むことは許されているのか?  
 すべては、神のみぞ知る。 

 この地で、私をハッジャと呼ぶ人が増えてゆく。 
 ハッジャはメッカに巡礼した人への尊称。 
 私のどこがハッジャなのか? 
 抵抗感のある呼び方に、抗議すれど、 
 「そう呼びたいのさ。 
 君が天国へいけるようにね。 
 イスラームに入信しなければ、君は火で焼かれてしまう。 
 そんなことを、誰も望んでいない。 
 土に還って、大地に還元され、また生まれ変わって欲しいんだ」  
  
 いつの日か、この地で、私が… 
 数珠を指先で繰りつつ、ぶつぶつとつぶやきやきながら、本物のハッジャがやってきたので、小さな陽だまりを明け渡す。 
 子どもの私を呼ぶ声がする。