教育社会学者・内田良氏が公立教員「定額働かせ放題」問題に警鐘…「給特法」廃止と現場の意識改革が不可欠
日刊ゲンダイ2024/06/09
いま、公教育が危機にさらされている。教員の長時間労働が常態化しているのだ。日本教職員組合が昨年発表した調査では、小中学校や高校教員の時間外労働の平均が、「過労死ライン」の月80時間を超えているという。特に問題視されているのが、公立学校教員に対し、残業代を支給しない代わりに月給4%を上乗せして支給する「給特法」だ。同法が長時間労働を容認し“定額働かせ放題”の温床になっていると指摘されている。半世紀ぶりの見直しで上乗せの4%が10%に引き上げられそうだが、根本的な解決にはならない。この問題に詳しい名古屋大学の内田良教授に話を聞いた。
■コストや労務管理の概念が欠落している
──教員の労働環境が悪化した背景にはまず、1971年に制定された教職員給与特別措置法(給特法)の問題が大きい。
「実際の労働時間に関係なく、一定量のみなし残業代を支給するシステムをつくったことで、定時や残業という概念が教育現場になくなってしまった。一般企業であれば残業代というコストが発生するので、おのずと時間外労働にブレーキがかかります。一方で、学校ではいくら教員が勤務時間外に働こうと、『給特法』によって月給の4%以上のコストは発生しない。そのため、コストの視点が欠落し、1970年代から一般企業ではタイムカードが普及する中、学校では労務管理という概念がなくなってしまいました」
──先月、文科省の中央教育審議会(中教審)の特別部会が、改善策として「給特法」の上乗せ分を10%に引き上げる提言をまとめた。しかし、教育現場では「給特法」自体にメスが入らなかったことに失望の声が広がっている。
「教員は別にお金が欲しいのではなく、早く家に帰りたいだけ。『給特法』が制定された1971年当時と比べて、教員の仕事は増大している。長時間労働に抑止力がかかるような、時代に即した法律の制定が不可欠です」
“聖職者メンタリティー”も共犯関係
──問題は「給特法」だけではないという。
「“聖職者メンタリティー”ともいうべき教員特有の考え方も、長時間労働に影響しています。日本の教育現場では、教員はお金や時間に関係なく、子供のために献身的に働くべきだという考え方が根強い。そのため、教員は私生活を犠牲にしてでも、部活動や学校行事、課外活動などに多くの時間を割いてしまう」
──聖職者メンタリティーも「給特法」と共犯関係になり、教職員の労働環境は悪化していった。そのことを象徴するような話がある。
「ある小学校が、コロナ禍で週に2回にしていた掃除の時間を、元の週5回に戻そうというのです。掃除が週2回になってもそこまで困ることではありませんし、働き方改革に逆行しています。掃除は1年生から6年生までみんなが協力するという貴重な機会で、教育的意義があるというのですが、教員40人で1日15分の掃除を週3回分増やすとして本来かかるはずの人件費を計算すると、年間300万円分のコストが発生します。労働時間と賃金がリンクしていないからこそ、いまだにコストの視点が欠落し、教育的意義のみで議論してしまう。現場の教員を責めるつもりはないのですが、これでは働き方改革の議論は進みません」
教員のタダ働きに甘える“学校依存社会”に警鐘
公立学校の教員に対し、残業代を支給しない代わりに月給の4%を上乗せして支給する「給特法(教職員給与特別措置法)」は、長時間労働を容認し、“定額働かせ放題”の温床になっていると問題視されている。そして、社会が学校に過度に依存していることも、教員の労働環境を悪化させる要因だという。
■部活動という休日出勤に誰も疑問を抱かない
「先生は土日を含め、終日子供の面倒を見てくれるものだと、教員に対する社会全体の期待が物凄く大きい。私はこれを、“学校依存社会”と呼んでいます」
──“依存”の内容は多岐に及ぶ。
「例えば、子供が夜に出歩いていたとか、道端でうるさくしていたといった地域住民のクレームが学校に届くわけです。しかし、そういったことへの対応は本来、教員の職務の管轄外であり、家庭の問題であるはずです。他にも、土日にも部活動の顧問をしていることや、学校で起きたトラブルなどについて保護者の帰宅を待って電話するなど、教員の勤務時間外や管轄外の労働に、社会が疑問を抱かなくなってしまっている。教員も一人の私人であり、労働者です。にもかかわらず、勤務時間外にも子供の面倒を見ることを求め、教員に大きな負担をかけてしまっている。社会全体で改めて考えていかねばなりません」
──国もまた献身的に働く現場の教員に依存している。
「教員の待遇改善のため、労働時間に見合った給料を支給する制度に予算を配分するなど、財務省はもっと教育分野にお金を割くべきです。しかし、教員は自らを犠牲にし献身的に働いているので、現状の予算でも対応は可能だと考えているのでしょう。財務省は、文科省に予算をまわすことに消極的で、結局は教員の善意によるタダ働きに完全に甘えてしまっている。まさに“学校依存社会”を如実に表しているのです」
財務省は教育分野にしかるべき予算を
──そもそも予算が厳しい状況で、文科省は教員の働き方改革に抜本的な手を打つことができないでいる。NHKが教員の現状について「“定額働かせ放題”とも言われる」と報道したところ、文科省が「一面的な報道」だと抗議し、物議を醸した。
「文科省は、教員のなり手不足に最も頭を悩ませている。打つ手がない中で、少しでもネガティブなイメージが広がらないように、苦肉の策として今回のような行動に出たのだと考えられます」
──教育現場はすでに崩壊していると、内田教授は警鐘を鳴らす。
「現場では人手が全く足りておらず、教員は本分である授業の準備に時間を割けないでいます。校長先生などは、教員の補充のため『どこかに来てくれる教員はいないか』と、片っ端から電話をかけている状況。採用試験の倍率はあらゆる地域で急低下しており、教員免許を取得する要件が緩和されるなど、今やなりふり構わず教員を採用せざるを得なくなっている。そのため、すでに教育の質は担保できなくなってきています。いま一度、国に問いかけたいのは、学校がこんな状態でいいのかということです。未来を担う人材を育てるという重要な役割を持つ教育分野に、しかるべき予算を回すべきです」=おわり
(聞き手=橋本悠太/日刊ゲンダイ)
▽内田良(うちだ・りょう)1976年、福井県生まれ。名古屋大学大学院教授。専門は教育社会学。学校リスク(事故や長時間労働など)の調査・研究、啓発活動を行っている。
天気予報では☂マークが続いていたのでさぞ降ったもんだと思っていたのですが、畑は昼前に乾いてしまいました。
園のようす。