今朝の朝日新聞に、村上春樹が東アジアの領土をめぐる問題について、文化交流に影響を及ぼすことを憂慮するエッセーを寄稿した。同紙は1面トップで要旨を紹介、3面で全文を掲載した。
今回の問題により、東アジアの国家間で長年の努力の上に築かれてきた「魂が行き来する道筋」、すなわち文化交流が破壊されることへの危惧を示している。
実務レベルで解決すべき領土問題に、熱狂する国民感情を「安酒の酔いに似ている」と表現。「ほんの数杯で人を酔っ払わせ、頭に血を上らせる」ような安酒を気前よく振る舞い、騒ぎを煽る政治家や論客の存在を指摘し、人々に「『我々は他国の文化に対し、たとえどのような事情があろうとしかるべき敬意を失うことはない』という静かな姿勢を示すこと」を呼びかける。
普段日常生活の何気ない一コマを切り取ったようなゆるいエッセーが多い村上春樹。政治的なことに関してはあまり発言しない同氏が、大手新聞に原稿を寄せ、それが1面トップを飾るというのは社会的にインパクトが大きい。日本のみならず、アジアでの知名度や影響力をも計算に入れてのことだろう。また政治・外交そのものではなく、文化的側面への影響を切り口にして意見を述べるところがこの人らしい。文化交流を「魂が行き来する道筋」、熱狂する国民感情を「安酒の酔い」などといった情趣ある比喩も心に響く。
ここのところずっと、過熱する報道に扇動されながら隣国に対し憤激していた自分も、少しカームダウンさせられた感じだ。
この記事を読んで、村上春樹の昔の小説を思い出した。『中国行きのスロウ・ボート』という同氏初めての短編で、もう30年以上前に書かれたものだ。今も文庫本で持っている。
この小説の中で、主人公である30歳過ぎの「僕」は、かつて出会った3人の中国人との思い出を語る。一人は小学校時代、模擬試験の会場で出会った中国人教師。一人は高校時代の同級生。もう一人は、大学2年のときにアルバイト先で知り合った女子大生。各々の中国人とも特別ドラマチックな出来事があったわけではない。少し接点があったという程度。でも3人とのやりとりから、噛み合ってなかったなあというコミュニケーション不全だけは記憶に残っている。
以来、「僕」はもっと中国のことを理解しようと、数多くの中国に関する本を読む。そして中国の街や緑の草原に思いを馳せながら、いつか来るであろう中国行きのスロウ・ボート(貨物船)を待つ。「友よ。友よ、中国はあまりにも遠い」と心の中で呟きながら…。そんな小説だ。
エッセーの中で、村上春樹はこの小説のことにはまったく触れていない。特に関連付けて書いているかどうかも分からない。でも私には、今の状況が、同氏の思いを、30年の時を遡って、『中国行きのスロウ・ボート』を書いていた頃のそれに引き戻したのではないかと思えてしまう。
一番最初に登場する中国人教師の「彼」に対する言葉。
「わたくしたち二つの国のあいだには似ているところもありますし、似ていないところもあります。わかりあえるところもあるでしょうし、わかりあえないとこもあるでしょう。(中略) でも努力さえすれば、わたくしたちはきっと仲良くなれる、わたくしはそう信じています。でもそのためには、まずわたしくしたちはお互いを尊敬しあわねばなりません」。
結果的に今日の寄稿へと“地続き”になっているような気がしてならない。
今回の問題により、東アジアの国家間で長年の努力の上に築かれてきた「魂が行き来する道筋」、すなわち文化交流が破壊されることへの危惧を示している。
実務レベルで解決すべき領土問題に、熱狂する国民感情を「安酒の酔いに似ている」と表現。「ほんの数杯で人を酔っ払わせ、頭に血を上らせる」ような安酒を気前よく振る舞い、騒ぎを煽る政治家や論客の存在を指摘し、人々に「『我々は他国の文化に対し、たとえどのような事情があろうとしかるべき敬意を失うことはない』という静かな姿勢を示すこと」を呼びかける。
普段日常生活の何気ない一コマを切り取ったようなゆるいエッセーが多い村上春樹。政治的なことに関してはあまり発言しない同氏が、大手新聞に原稿を寄せ、それが1面トップを飾るというのは社会的にインパクトが大きい。日本のみならず、アジアでの知名度や影響力をも計算に入れてのことだろう。また政治・外交そのものではなく、文化的側面への影響を切り口にして意見を述べるところがこの人らしい。文化交流を「魂が行き来する道筋」、熱狂する国民感情を「安酒の酔い」などといった情趣ある比喩も心に響く。
ここのところずっと、過熱する報道に扇動されながら隣国に対し憤激していた自分も、少しカームダウンさせられた感じだ。
この記事を読んで、村上春樹の昔の小説を思い出した。『中国行きのスロウ・ボート』という同氏初めての短編で、もう30年以上前に書かれたものだ。今も文庫本で持っている。
この小説の中で、主人公である30歳過ぎの「僕」は、かつて出会った3人の中国人との思い出を語る。一人は小学校時代、模擬試験の会場で出会った中国人教師。一人は高校時代の同級生。もう一人は、大学2年のときにアルバイト先で知り合った女子大生。各々の中国人とも特別ドラマチックな出来事があったわけではない。少し接点があったという程度。でも3人とのやりとりから、噛み合ってなかったなあというコミュニケーション不全だけは記憶に残っている。
以来、「僕」はもっと中国のことを理解しようと、数多くの中国に関する本を読む。そして中国の街や緑の草原に思いを馳せながら、いつか来るであろう中国行きのスロウ・ボート(貨物船)を待つ。「友よ。友よ、中国はあまりにも遠い」と心の中で呟きながら…。そんな小説だ。
エッセーの中で、村上春樹はこの小説のことにはまったく触れていない。特に関連付けて書いているかどうかも分からない。でも私には、今の状況が、同氏の思いを、30年の時を遡って、『中国行きのスロウ・ボート』を書いていた頃のそれに引き戻したのではないかと思えてしまう。
一番最初に登場する中国人教師の「彼」に対する言葉。
「わたくしたち二つの国のあいだには似ているところもありますし、似ていないところもあります。わかりあえるところもあるでしょうし、わかりあえないとこもあるでしょう。(中略) でも努力さえすれば、わたくしたちはきっと仲良くなれる、わたくしはそう信じています。でもそのためには、まずわたしくしたちはお互いを尊敬しあわねばなりません」。
結果的に今日の寄稿へと“地続き”になっているような気がしてならない。