・蜉蝣峠で向き合う闇太郎と天晴。「いつ気がついた」「ぴんときたのはおまえがおれの刀を下駄ではじいたとき」。
つまりは初めて戦ったときということ。それ以降ずっと何食わぬ顔で闇太郎の結婚の段取りまでしたのだから人が悪い。
しかし外見では彼が松枝久太郎だとわからなかったんでしょうか。25年でそんなに面変わりしたのか。
・「おれが何かするまでもなくこの宿場は死に体よ。役人は腐ってる。百姓は文句ばかりで働かねえ。ヤクザも博徒も腹の座ったやつはいねえ」「だから大通り魔が帰ってきたのかもな」とほがらかな笑顔で笑い立ち去る天晴。
かつては一揆を無理矢理に鎮圧され、今も重くなった年貢に苦しむ沢谷村の百姓たちは気の毒、被害者というイメージでしたが、彼らの貧しさは彼ら自身にも原因があることを天晴の言葉は示唆しています。
・天晴が去ったそばから銃声がする。自分を狙ってると気づいた闇太郎は「やめろ。おれみたいなうすら馬鹿殺しても意味がないんだ」といいながら下駄を両手に装着して身構える。
そして謎の敵を追い詰めたと思ったらそれは銀之助だった。驚いた隙に後ろから銃声がして闇太郎は左肩を撃たれる。
「きゃっほーい、はじめて当たった」と喜んでいるのはサルキジ。「はじめて」というのが彼の弱さを示しているようでなんか情けないです。
一方銀之助は闇太郎に駆け寄り助け起こそうとする。シチュエーション的にサルキジに言い含められた銀之助が闇太郎の気を逸らすための囮を演じたのかと思ったんですが、闇太郎をかばう銀之助の言動からすると、サルキジが闇太郎を害する気でいるとは知らずに(もともとはお寸の言いつけで天晴と闇太郎の様子を見に来ただけだったし)、言われるまま行動した結果闇太郎が撃たれたことに驚き闇太郎をかばった、というところでしょうか。
・傷を負い痛がる闇太郎に「あたりめえだよ鉛の玉だからな」「よそもんがでけえつらしようとするからこうなるんだ」と凄みをきかすサルキジ。いまだ縄張り争い的な狭い視野でしか物を見られない。
すでにろまん街は死に体だと天晴が口にしているだけに、そのろまん街での覇権にこだわるサルキジが余計小さく感じられます。
・「いってえよー」と手放しで苦しがる闇太郎に「なんだおまえ、泣いてんのか?」と嘲弄しながらサルキジは近寄る。そのまま散々蹴りつけるのを銀之助が抱きついて「おねがいやめて」と止めるが「うるっせえ、女は黙ってろ」ともぎ放し突き飛ばす。
ひどいようですが「伝説の大通り魔を手にかけりゃみんなおれに一目置く。親父みてえになりたくないんだ」という台詞からは、一応はろまん街を二分するヤクザの親分でありながら腕も度胸もさっぱりで回りから内心バカにされている、結果闇太郎が領主を斬ったことで力関係の均衡が崩れたらたちまち地位を追われるに至った父親のみじめさがよくよく頭に焼きついてるんでしょうね。
「男をあげて名を残すんだ」と続くあたり、本来男ではないサルキジがどれだけ無理をしてるのかがわかるようです。
・サルキジが銃を構えるのに「やめて」と飛びついた銀之助は、もみあいになりまた突き飛ばされる。ヤクザの跡目として極道教育受けてきたとはいえ、体は女のサルキジに力で全然叶わない銀之助って・・・。「色男金と力はなかりけり」ということかしら。
・闇太郎に近づいたサルキジは下駄で張り倒される。銃が落ちたのを見て銀之助はよろけながら銃を拾って走り去ろうとする。「返せこのアマ」と刀を抜いたサルキジを、銀之助は銃を構えて撃つ。少し前まではバカップル然としていた二人が闇太郎をめぐって殺しあうような展開になるとは。
しかしサルキジは本当に銀之助を斬るつもりがあったんだろうか。後のシーンの(銀之助に刃物を向けたことなどなかったような)会話からするととても殺意があったようには思えないけれど。銀之助の方も「付き合えません!」とお断りを入れるくらいだから殺す気は無かったものと思われます。
・よろけるサルキジに「おれ、男なんだ」とお菓子ちゃんとは打って変わったきりっとした声で銀之助は告げる。そして闇太郎に「お泪さんとこ、行ってやれよ」と少し泣き出しそうにも聞こえる優しい声で言う。久しぶりに、というより今までになく銀之助が男らしいところを見せてくれる。
そして「こっち長くなりそうだし」と泣き笑いのような顔でうながす銀之助に、闇太郎も「すまん」と一言を残してその場から駆け去る。友人が荒っぽいヤクザ者とそれぞれ得物を持って向かい合っているというのに、あえて助言に従い銀之助を置いていったのは、二人の仲をおよそ察し、銀之助が自分で決着をつけるべき事柄、彼もサルキジと二人きりになることを望んでいると判断したからでしょう。
・刀を構えて闇太郎を追おうとするサルキジに銀之助が銃で狙いをつける。そのままぎこちない笑顔で「もとは銀之助っていう売れない役者なんだ」「あんたのかあちゃんに脅されて女のふりしてた、サルキジごめん、だから、キミとは付き合えません!」
緊迫した空気を一気に台無しにするようなオチの台詞に笑う。「ねるとん」かなんかみたいだ。頭下げる仕草もそんな感じ。
「男なんだ」は「女は黙ってろ」という台詞への解答でもありますが、それ以上にサルキジに惹かれていくにしたがって、言わなきゃ言わなきゃと思い続けてきた言葉だったんでしょう。でも言えばサルキジとの関係は終わってしまうから言えずに悩んで・・・。銀之助がサルキジを撃ったのは、闇太郎を助けるためよりそんなサルキジとの関係に疲れたゆえだったのかもしれません。
・「・・・知ってるよ」とあっさり答えるサルキジに驚く銀之助。「全然女に見えねえもん、そんな化粧じゃ女の目はごまかせない。」「え?」「おれ、女なんだ」「ええっ」。思いがけないサルキジの告白に驚く銀之助。観客席も一緒に驚いた。
組の跡目をつぐために男として育てられたのだと説明して胸をはだけてみせるサルキジの姿に2006年の正月ドラマ『里見八犬伝』を思い出した勝地くんファンは多いのでは。やはり〈実は男(女)だった〉というのを示すのに胸をはだけるのは一番わかりやすいアピールですね。
驚きのあまり口をあんぐりと開ける銀之助。すごい顔だな(笑)。顔芸の域に達してます。
・「だから必要以上に男男言ってたのか」「言ってないと不安になるから、まあ言うと余計に不安になっちゃうんだけど。だって、女だもん」。最後のなよっとした言い方がなんとも。こりゃ銀之助的にはたしかに幻滅かもなあ。「うわー複雑」って呆れたような言い方にはそんなに幻滅してる風はないんですが。
しかし撃たれたはずのサルキジはえらく元気だな。撃たれたあとよろけてるから当たってるはずなんだけど。
・「よかったぜそっちが先に打ち明けてくれてよ。おれはおまえに惚れてる!男同士や女同士じゃ拉致あかねえが、役を入れ替えればすむわけだ。男に戻っておれと一緒になってくれ」とサルキジは頭を下げる。
さっきまであれだけ男であることにこだわってた人のこの変わり身の早さはどうしたことか。銀之助は戸惑ったように背を向けてしばし無言ですが、彼の反応の方が自然だと思います。
「そりゃそうだよな、いきなり戻れて言われてもな。よしそれじゃ、せーの、って戻ろうぜ」という軽さにもびっくり。お寸に脅されたといっただけで銀之助が女装するに至った経緯も必然性も知らないだろうに。
・せーの、と合図の途中のところで銀之助はサルキジを撃つ。「ごめん、もどれないの」「どうして?」「だって、お菓子は走ってるサルキジを追いかけるのが好きだから」。銀之助の言葉を聞きながらサルの体が崩れ落ちる。
体は完全な女であるサルキジと違い、銀之助は男性器を欠損している。しかし(男に)戻れない理由としてそのことには触れず「走ってるサルキジを~」と語る。これは自分が完全な男じゃないことを知られたくなくて、それを隠す代わりに別の理由をこじつけたということではなく、「走ってるサルキジを追いかけるのが好き」→「男らしいサルキジが好きなのであって女のサルキジなんて見たくない」という意味でしょう。あと一歩で女に戻ろうとしていたまさにその瞬間にサルキジを撃ったのはそれゆえだったのだと思います。
・神社の境内でお泪は追ってきた闇太郎に「来ないで」と刃をむける。「バカのふりして近づくなんて」「ちがう。覚えてないんだ」「やめて聞きたくない」「ほんとうなんだ、あんなこと聞かされても身に覚えがない」。
闇太郎は弁明するが、「幼馴染の顔間違えるなんてばかはあたしだ。親の仇に惚れるなんて、体許すなんて」「汚い、汚い」「それでも人間?何人も人殺して忘れて、また殺してまた忘れるの?同じこと繰り返すの平気なの心は痛まないの」とお泪はやつぎばやに闇太郎を責め続ける。
確かに不可抗力とはいえ、お泪のいうように自分に都合の悪いことはきれいに忘れて罪のない顔をされたのでは被害者はたまったものではない。しかし「惚れるなんて」の一語が和解の糸筋を感じさせます。親の仇を糾弾しているにもかかわらず、痴話喧嘩めいた艶がお泪の態度には漂っていますし。
・そんなお泪の責めに「汚いなんて言わないででくれ死にたくなる」と闇太郎は泣き言を言うが、「じゃあ死ねば、死んで死んでよ」となおお泪を激昂させてしまう。
しかし抱きしめようとする闇太郎と抵抗するお泪のくんづほぐれつはやはり痴話喧嘩然としている。「死にたくなる」「死んで」なんて内容にかかわらず二人の間に流れる空気はどこか甘い。本来アツアツの新婚夫婦だったわけですから。
・「死にたくない、おれが死んだらあんたも死んでしまう、おれにはあんたしかいない。あんたのほかに思い出がない」「殺したくない、あんたは殺したくない」。
「死にたくない」「殺したくない」と闇太郎の主張は明快なようでいて、死にたくない理由は自分が死ねばお泪も死ぬから、お泪を死なせたくないから、とお泪のために命を惜しむように言ったそばから「あんたのほかに思い出がない」から「あんたを殺したくない」と自分のためにお泪の命を惜しむような言葉も口にする。このへん闇太郎の論理はねじれている。
自分のために死なないでくれというと身勝手な言い草のようですが、それだけお泪の命も自分の命と等しく大事だということでしょう。
「あんたのほかに思い出がない」という台詞や少し後の「死にたくない、死にたくない」と彼女の腰にすがりついて顔を埋めるシーンに顕著ですが、この子供のような寄る辺なさ、甘えるような態度がかえって闇太郎をたまらなく魅力的な男にしている。
お泪の抵抗は次第に弱まり、すがりつく闇太郎の腕をぽかぽかなぐっていたのがついに「いやあー」と泣きながら闇太郎を抱きしめるに至る。そんなお泪の口を吸いながら押し倒す闇太郎。そして暗転。見事な女の落としっぷり。手管でやってるわけじゃないんだろうところがかえってすごいです。
・身づくろいして立ち上がった闇太郎はお泪に「蜉蝣峠で待っててくれ」と言い残して立ち去る。「約束した。あんたを村へ連れていく」という闇太郎に「だめだよお、村の連中にとってもあんた、仇なんだから」とお泪は答える。
甘えた声に結局お泪が闇太郎を許してしまったこと、過去の憎しみより現在の彼への愛情を取ったことが集約されています。
・「でもここにいたらあんたも殺される。隙を見て逃げろ、必ず行く」と告げる闇太郎にお泪は「やみちゃん」と呼びかける。
やはり闇太郎と呼ぶのか。確かに他に呼びようがないのだけれど、過去はともかく今現在目の前にいる男をそのまま受け入れようとするお泪の思いがにじんでいる気がします。
つまりは初めて戦ったときということ。それ以降ずっと何食わぬ顔で闇太郎の結婚の段取りまでしたのだから人が悪い。
しかし外見では彼が松枝久太郎だとわからなかったんでしょうか。25年でそんなに面変わりしたのか。
・「おれが何かするまでもなくこの宿場は死に体よ。役人は腐ってる。百姓は文句ばかりで働かねえ。ヤクザも博徒も腹の座ったやつはいねえ」「だから大通り魔が帰ってきたのかもな」とほがらかな笑顔で笑い立ち去る天晴。
かつては一揆を無理矢理に鎮圧され、今も重くなった年貢に苦しむ沢谷村の百姓たちは気の毒、被害者というイメージでしたが、彼らの貧しさは彼ら自身にも原因があることを天晴の言葉は示唆しています。
・天晴が去ったそばから銃声がする。自分を狙ってると気づいた闇太郎は「やめろ。おれみたいなうすら馬鹿殺しても意味がないんだ」といいながら下駄を両手に装着して身構える。
そして謎の敵を追い詰めたと思ったらそれは銀之助だった。驚いた隙に後ろから銃声がして闇太郎は左肩を撃たれる。
「きゃっほーい、はじめて当たった」と喜んでいるのはサルキジ。「はじめて」というのが彼の弱さを示しているようでなんか情けないです。
一方銀之助は闇太郎に駆け寄り助け起こそうとする。シチュエーション的にサルキジに言い含められた銀之助が闇太郎の気を逸らすための囮を演じたのかと思ったんですが、闇太郎をかばう銀之助の言動からすると、サルキジが闇太郎を害する気でいるとは知らずに(もともとはお寸の言いつけで天晴と闇太郎の様子を見に来ただけだったし)、言われるまま行動した結果闇太郎が撃たれたことに驚き闇太郎をかばった、というところでしょうか。
・傷を負い痛がる闇太郎に「あたりめえだよ鉛の玉だからな」「よそもんがでけえつらしようとするからこうなるんだ」と凄みをきかすサルキジ。いまだ縄張り争い的な狭い視野でしか物を見られない。
すでにろまん街は死に体だと天晴が口にしているだけに、そのろまん街での覇権にこだわるサルキジが余計小さく感じられます。
・「いってえよー」と手放しで苦しがる闇太郎に「なんだおまえ、泣いてんのか?」と嘲弄しながらサルキジは近寄る。そのまま散々蹴りつけるのを銀之助が抱きついて「おねがいやめて」と止めるが「うるっせえ、女は黙ってろ」ともぎ放し突き飛ばす。
ひどいようですが「伝説の大通り魔を手にかけりゃみんなおれに一目置く。親父みてえになりたくないんだ」という台詞からは、一応はろまん街を二分するヤクザの親分でありながら腕も度胸もさっぱりで回りから内心バカにされている、結果闇太郎が領主を斬ったことで力関係の均衡が崩れたらたちまち地位を追われるに至った父親のみじめさがよくよく頭に焼きついてるんでしょうね。
「男をあげて名を残すんだ」と続くあたり、本来男ではないサルキジがどれだけ無理をしてるのかがわかるようです。
・サルキジが銃を構えるのに「やめて」と飛びついた銀之助は、もみあいになりまた突き飛ばされる。ヤクザの跡目として極道教育受けてきたとはいえ、体は女のサルキジに力で全然叶わない銀之助って・・・。「色男金と力はなかりけり」ということかしら。
・闇太郎に近づいたサルキジは下駄で張り倒される。銃が落ちたのを見て銀之助はよろけながら銃を拾って走り去ろうとする。「返せこのアマ」と刀を抜いたサルキジを、銀之助は銃を構えて撃つ。少し前まではバカップル然としていた二人が闇太郎をめぐって殺しあうような展開になるとは。
しかしサルキジは本当に銀之助を斬るつもりがあったんだろうか。後のシーンの(銀之助に刃物を向けたことなどなかったような)会話からするととても殺意があったようには思えないけれど。銀之助の方も「付き合えません!」とお断りを入れるくらいだから殺す気は無かったものと思われます。
・よろけるサルキジに「おれ、男なんだ」とお菓子ちゃんとは打って変わったきりっとした声で銀之助は告げる。そして闇太郎に「お泪さんとこ、行ってやれよ」と少し泣き出しそうにも聞こえる優しい声で言う。久しぶりに、というより今までになく銀之助が男らしいところを見せてくれる。
そして「こっち長くなりそうだし」と泣き笑いのような顔でうながす銀之助に、闇太郎も「すまん」と一言を残してその場から駆け去る。友人が荒っぽいヤクザ者とそれぞれ得物を持って向かい合っているというのに、あえて助言に従い銀之助を置いていったのは、二人の仲をおよそ察し、銀之助が自分で決着をつけるべき事柄、彼もサルキジと二人きりになることを望んでいると判断したからでしょう。
・刀を構えて闇太郎を追おうとするサルキジに銀之助が銃で狙いをつける。そのままぎこちない笑顔で「もとは銀之助っていう売れない役者なんだ」「あんたのかあちゃんに脅されて女のふりしてた、サルキジごめん、だから、キミとは付き合えません!」
緊迫した空気を一気に台無しにするようなオチの台詞に笑う。「ねるとん」かなんかみたいだ。頭下げる仕草もそんな感じ。
「男なんだ」は「女は黙ってろ」という台詞への解答でもありますが、それ以上にサルキジに惹かれていくにしたがって、言わなきゃ言わなきゃと思い続けてきた言葉だったんでしょう。でも言えばサルキジとの関係は終わってしまうから言えずに悩んで・・・。銀之助がサルキジを撃ったのは、闇太郎を助けるためよりそんなサルキジとの関係に疲れたゆえだったのかもしれません。
・「・・・知ってるよ」とあっさり答えるサルキジに驚く銀之助。「全然女に見えねえもん、そんな化粧じゃ女の目はごまかせない。」「え?」「おれ、女なんだ」「ええっ」。思いがけないサルキジの告白に驚く銀之助。観客席も一緒に驚いた。
組の跡目をつぐために男として育てられたのだと説明して胸をはだけてみせるサルキジの姿に2006年の正月ドラマ『里見八犬伝』を思い出した勝地くんファンは多いのでは。やはり〈実は男(女)だった〉というのを示すのに胸をはだけるのは一番わかりやすいアピールですね。
驚きのあまり口をあんぐりと開ける銀之助。すごい顔だな(笑)。顔芸の域に達してます。
・「だから必要以上に男男言ってたのか」「言ってないと不安になるから、まあ言うと余計に不安になっちゃうんだけど。だって、女だもん」。最後のなよっとした言い方がなんとも。こりゃ銀之助的にはたしかに幻滅かもなあ。「うわー複雑」って呆れたような言い方にはそんなに幻滅してる風はないんですが。
しかし撃たれたはずのサルキジはえらく元気だな。撃たれたあとよろけてるから当たってるはずなんだけど。
・「よかったぜそっちが先に打ち明けてくれてよ。おれはおまえに惚れてる!男同士や女同士じゃ拉致あかねえが、役を入れ替えればすむわけだ。男に戻っておれと一緒になってくれ」とサルキジは頭を下げる。
さっきまであれだけ男であることにこだわってた人のこの変わり身の早さはどうしたことか。銀之助は戸惑ったように背を向けてしばし無言ですが、彼の反応の方が自然だと思います。
「そりゃそうだよな、いきなり戻れて言われてもな。よしそれじゃ、せーの、って戻ろうぜ」という軽さにもびっくり。お寸に脅されたといっただけで銀之助が女装するに至った経緯も必然性も知らないだろうに。
・せーの、と合図の途中のところで銀之助はサルキジを撃つ。「ごめん、もどれないの」「どうして?」「だって、お菓子は走ってるサルキジを追いかけるのが好きだから」。銀之助の言葉を聞きながらサルの体が崩れ落ちる。
体は完全な女であるサルキジと違い、銀之助は男性器を欠損している。しかし(男に)戻れない理由としてそのことには触れず「走ってるサルキジを~」と語る。これは自分が完全な男じゃないことを知られたくなくて、それを隠す代わりに別の理由をこじつけたということではなく、「走ってるサルキジを追いかけるのが好き」→「男らしいサルキジが好きなのであって女のサルキジなんて見たくない」という意味でしょう。あと一歩で女に戻ろうとしていたまさにその瞬間にサルキジを撃ったのはそれゆえだったのだと思います。
・神社の境内でお泪は追ってきた闇太郎に「来ないで」と刃をむける。「バカのふりして近づくなんて」「ちがう。覚えてないんだ」「やめて聞きたくない」「ほんとうなんだ、あんなこと聞かされても身に覚えがない」。
闇太郎は弁明するが、「幼馴染の顔間違えるなんてばかはあたしだ。親の仇に惚れるなんて、体許すなんて」「汚い、汚い」「それでも人間?何人も人殺して忘れて、また殺してまた忘れるの?同じこと繰り返すの平気なの心は痛まないの」とお泪はやつぎばやに闇太郎を責め続ける。
確かに不可抗力とはいえ、お泪のいうように自分に都合の悪いことはきれいに忘れて罪のない顔をされたのでは被害者はたまったものではない。しかし「惚れるなんて」の一語が和解の糸筋を感じさせます。親の仇を糾弾しているにもかかわらず、痴話喧嘩めいた艶がお泪の態度には漂っていますし。
・そんなお泪の責めに「汚いなんて言わないででくれ死にたくなる」と闇太郎は泣き言を言うが、「じゃあ死ねば、死んで死んでよ」となおお泪を激昂させてしまう。
しかし抱きしめようとする闇太郎と抵抗するお泪のくんづほぐれつはやはり痴話喧嘩然としている。「死にたくなる」「死んで」なんて内容にかかわらず二人の間に流れる空気はどこか甘い。本来アツアツの新婚夫婦だったわけですから。
・「死にたくない、おれが死んだらあんたも死んでしまう、おれにはあんたしかいない。あんたのほかに思い出がない」「殺したくない、あんたは殺したくない」。
「死にたくない」「殺したくない」と闇太郎の主張は明快なようでいて、死にたくない理由は自分が死ねばお泪も死ぬから、お泪を死なせたくないから、とお泪のために命を惜しむように言ったそばから「あんたのほかに思い出がない」から「あんたを殺したくない」と自分のためにお泪の命を惜しむような言葉も口にする。このへん闇太郎の論理はねじれている。
自分のために死なないでくれというと身勝手な言い草のようですが、それだけお泪の命も自分の命と等しく大事だということでしょう。
「あんたのほかに思い出がない」という台詞や少し後の「死にたくない、死にたくない」と彼女の腰にすがりついて顔を埋めるシーンに顕著ですが、この子供のような寄る辺なさ、甘えるような態度がかえって闇太郎をたまらなく魅力的な男にしている。
お泪の抵抗は次第に弱まり、すがりつく闇太郎の腕をぽかぽかなぐっていたのがついに「いやあー」と泣きながら闇太郎を抱きしめるに至る。そんなお泪の口を吸いながら押し倒す闇太郎。そして暗転。見事な女の落としっぷり。手管でやってるわけじゃないんだろうところがかえってすごいです。
・身づくろいして立ち上がった闇太郎はお泪に「蜉蝣峠で待っててくれ」と言い残して立ち去る。「約束した。あんたを村へ連れていく」という闇太郎に「だめだよお、村の連中にとってもあんた、仇なんだから」とお泪は答える。
甘えた声に結局お泪が闇太郎を許してしまったこと、過去の憎しみより現在の彼への愛情を取ったことが集約されています。
・「でもここにいたらあんたも殺される。隙を見て逃げろ、必ず行く」と告げる闇太郎にお泪は「やみちゃん」と呼びかける。
やはり闇太郎と呼ぶのか。確かに他に呼びようがないのだけれど、過去はともかく今現在目の前にいる男をそのまま受け入れようとするお泪の思いがにじんでいる気がします。