モモちゃんと支部長登場。
旦那は何度もお二人にお会いしているけれど、わたしは今回で2度目になる。
モモちゃんは氏族の末裔みたいだし、亡くなったご主人も子供さんもみなお医者さんである。
お手伝いさんがいるような家で大事に育てられ、結婚し、お医者さんである夫に仕え、
今は未亡人で犬と猫と暮らしている。
ももちゃんは甲状腺がんに罹り、手術の為に身体を開いた時、気管支にも転移していて
がん細胞を取り除くのに13時間も掛かる大手術になってしまったらしい。
恐らく、医者一家なので、腕のいいお医者さんが手術したに違いない。
その後も2度手術をしていて、今は薬でかろうじて元気に暮らしている。
凄いのは、モモちゃんは弾けていること。
阿呆道を目指しているわたしも、レベルの差に唖然とする。
弾ける、と言うより爆発、と言った方がいいかも知れない。
わたしに気遣ってくれたのか、台所でご飯の支度をしているわたしの横で、
話しかけてくる。
1人になって自分の人生を見つめ、67年の日々の暮らしの重さが笑いとなって弾ける。
かなわない。
ご主人が産婦人科医だったので、患者さんのご飯、看護婦さんのご飯、ご主人のご飯を作り続けた、と言っていた。
可愛い人である。
その可愛さは何処から来るのか。
お風呂に入っている時、淋しさを感じる事がある、と言う。
わたしの想像出来る淋しさでないかも知れない。
60歳で、それまで付き合っていた男性と別れた女性の知り合いがいる。
その彼女が別れた直後「骨身に沁みる淋しさ」と言っていたのをよく憶えている。
人は元々孤独な存在なのよ、なんて偉そうに言っても、旦那やおばあちゃんが同じ家の中にいるのである。
おばあちゃんが自室の戸を開けて、おトイレに行く音が全く無くなったら、味気ないかも知れないと思った事がある。
そう思うと、厄介だろうが何だろうが、おばあちゃんも旦那も有り難い存在なのかも知れない。
モモちゃんは1人ぽっちだから、皆にありがとう、と言う気持が持てると言う。
やっぱり1人では生きて行けないから、とも言っていた。
失敗だらけで、その失敗を笑い飛ばし、人をホッとさせてくれる。
弟子にならせて頂きます。
「よし、弟子第1号にしよう」
「ハハー」
道は険しそうだなあ。
モモちゃんと支部長が帰った後、ふと、もう1人のモモちゃんがいる、と思った。
本名の「とも子さん」である。
弟子入りは出来たけど、もう1人のとも子さんと出会えたら面白いな、と勝手な想像を膨らませた。
でも、モモちゃんは何処まで行ってもモモちゃんかも知れない。