こんにちは江崎遊子です。

ちょっと言ってもいいですか。

お礼が素直に言えない。

2024年06月20日 | 日記
神戸からやってきて20日間に渡り、家の修理や、様々な大工仕事、我儘なお願いをこなしてくれたOさんが明日帰る事になった。
多くのことをしてくれた事に関して、感謝の言葉が出ないのである。出せないのである。
一番感じたのは大工さんていい仕事だなあ、と思った事だろうか。
寺の次男のD君もまた大工であり、彼らが働く姿に日々感動していた。
Oさんは私の息子と言ってもいいような年代だけれど、黙々と仕事をする姿に惚れそうだった。かっこいいなあと思って見ていた。
二人はよく笑っていた。見ていて気分が良かった。
そして、傾いた基礎を直してくれ、アルミサッシを入れ替え、素晴らしい縁台まで作ってくれた。ありがたい気持ちをありがとうだけでは言い切れない。

この歳になって、人の役に立ちたいと思うことがある。
何もして来なかったし、何者でもなく、それでも楽しく暮らして来たのである。
誰かにお礼をしなくちゃと言う思いがあった気がする。
去年の冬には溜め込んだ布を消化したいと、半纏を縫った。人にあげたらことのほか喜ばれた。いいもんだと思ったし、今年もと思っていた。
年の初めに、さて今年の冬は何をしようとぼんやり考えていたら、
大地震に見舞われた。
しばらく、縫い物ができるような状況ではない。
家の中はガチャガチャだった。

2ヶ月後に避難先から帰って、村の中では比較的被害が少なかったので、余震に多少怯えながらも、畑仕事を始めた。
果菜の苗の入荷の不安もあり、やたら沢山種を蒔いた。
そしたら、矢鱈芽が出た。
苗が沢山でき、みんなが帰って来たら苗をあげられる、と思った。
不思議なもので、自己愛ばかりで、いい加減な私だけど、みんなに、と思うと体が動いた。
しかし、仲間の2軒は被害がひどく、畑仕事ができるような状況ではなく、
苗が山のように余った。
捨てるわけにいかず、できた苗を全部畑に植えた。

ふと気がついた。誰かの為に、って体が動くんだと思った。
果たして、いい野菜ができるかどーか分からないけど、
私史上、最高の畑仕事ができた気がした。
お陰で、私元気です。
誰に言えばいいのか、みなさんありがとう。

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