貢蕉の瞑想

青梅庵に住む貢蕉の日々のつぶやきです。

侘びの境地、すむ世界!

2021-10-01 10:33:50 | 日記
令和3年10月1日(金)
 台風16号の影響で、朝から真っ暗で、
雨とちょっと強い風の音が時々・・・。
 今日は一日雨と風模様かな。
侘テすめ 
  月侘斎が 
     なら茶哥(うた)  
 詫びた趣で、月よ澄め、奈良茶の歌も
澄んで響くこの月侘斎で、
お前も侘びに徹して住むがよい、
の意。
 延宝九年以前(1681)の作。
「侘び」・・・本来は不如意な状態を嘆い
ていう語。
 利休らはそこに積極多岐な意義を認め、
閑寂な風趣を賞して用いるようになった。
「すめ」・・・「住め」と「澄め」の掛詞。
「月侘祭」・・・月を友に暮らす風狂人の
斎号めかした架空名で、「月」は上下に
掛かる。
「なら茶歌」・・・米を薄め、煎茶や塩と
ともに炊く奈良茶飯(略して奈良茶。)に
因む歌。
 廬仝(ろどう)「茶歌」(古典真宝前集)を
踏まえての造語と見られる。
「なら茶の詩さこそ廬仝(ろどう)も雪の日は」
  (其角)(坂東太郎)との交響も興味深い。
 「侘び」宣言というべき一句で、
仮構の人物を出しての大げさな口吻は
この時期の大きな特色。
 『一葉集』に、
「月をわび、身をわび、拙きをわびて、
わぶとこたへむとすれど問ふ人もなし。
なをわび詫びて」
と前書きがあるも、原典は不明。
◎ 月を見て、奈良茶飯を食べて、
つまり一銭もかからぬ生活をして、
楽しんでいる。
 全て要らぬ物で満足している人物が
我である。
 これが荘子先生の閑素な侘びの世界で、
楽しいものだ。
 桃青よりも芭蕉のほうが、
俳句の内容にぴたりとする。
しかも、桃青では、作者が誰か分かる
けれども俳句の中に入っていけない。
 ところが、芭蕉はそのままで作った
俳句の中に、ずかずかと入っていける。
 そこで、自分の名前を生かした俳句
を作り始めた。