貢蕉の瞑想

青梅庵に住む貢蕉の日々のつぶやきです。

自然の奥を見抜く力

2021-08-29 12:23:34 | 日記

自然の奥を見抜く力

令和3年8月29日(日)

春の夜は 

   桜に明て 

     しまひけり

  朝日が桜を照らしだし、春の夜は

すっかり明けてしまった、

の意。

 年次不明

「桜に」・・・桜を観賞しているうちに

これから桜を観賞すべくの二解あり。

 曙光を受けた桜への賞美吟と見られる

ものの、構成上は夜を主体にしており、

夜桜の名残を惜しんでいるとの解もある。

◎ 春の夜の帳が引き明けられると、

まるで美しい芝居の幕開きのように、

江を巡る桜が、曙の光に照らし出さ

れてきた。

 前夜から続いていた花見の宴が

赤々とした光に一層美しく見える。

 春は、花も朝もいい。

 寝るのは遠くに忘れてしまったが、

朝になったと分かっていても、

まだ眠る気にならない。

 夜も朝も昼も、春はいい。

 こう読めてくると、今の人々の花見が

乱れた、しかも数時間ほどの花見などは、

まるで花見ではないと、

芭蕉に叱られそうだ。

 春という季節に対する態度、

花見に対する態度は、

芭蕉のほうがずっと真剣で美しく、

自然の奥の奥まで見抜く程の力を

持っていたと言わざるを得ない。