2月9日 編集手帳
音楽の才能に恵まれた人は、
そうなのかも知れない。
『赤い靴』や『七つの子』の作曲家、
本居長(もとおりなが)世(よ)は語ったという。
「道を歩いていると、
電線が五線紙に見える」と。
恵まれぬ身は子供の昔に遊んだあやとりの、
不器用ゆえに収拾がつかなくなった毛糸を思い出すぐらいである。
先日、
電線の地下埋設を進めるための無電柱化推進法が施行された。
以来、
交差点で信号待ちなどの折々、
そばの電線を見上げている。
やがては消えていく景色だろう。
〈自分の願ひは、
電柱と電線の撤去と大洋ホエールズ(現・横浜DeNA)の優勝である〉。
随筆にそう書いたのは作家の故・丸谷才一さんである。
“花より団子”で「美」を顧みなかった近代日本の〈貧しい現実主義〉を嫌ったらしい。
景観のみならず、
災害時に電柱の倒壊が救出作業を阻むことなども考えれば、
別れの頃合いなのだろう。
電柱にはいま、
通勤の道で毎度お世話になっている。
身のこなしを五線紙に書く演奏記号でいえば【アレグロ】(=快速に、軽快に)か。
すばやく陰に隠れ、
トラックや大きな車をやり過ごす。
ありがたい一瞬の隠れ家である。