いい言葉ですね。
幸せをお分けする。幸せが減るのではなく、幸せが何倍にかなるんですよ。
何方が言った、お言葉でしょうか。
当山の一粒満腹長者供養(霊界施餓鬼会)は、霊界では、なぜ、大評判の供養法なのでしょうか?
それは、供養を受けられた故人が、霊界に、お持ち帰えりになったお供え物を、霊界でお裾分けなさるからです。
これは、霊界においての究極の、お福分けではないでしょうか。
一粒満腹長者供養(霊界施餓鬼会)のお供え物には
山主が見えない世界の大師からお授け頂いた修法により、
お供え物一粒ひとつぶに、ご尊霊の功徳を具足なさしめ給うことにより、霊界融通の霊物となる。(ロイ)
この、秘法により、ひと粒食べれば満腹になるという、霊界の食べ物に生まれ変わるからなんです。
人は 死後どの境涯に行くのか?
故人の生前の業の軽重によって決まります。
自分が蒔いた種とは言え、己が死んでしまっては自分の供養をすることも出来ません。
だから、現世に残った私たちの追善供養が必要になって来るのです。
そこで、当山の一粒満腹長者供養(霊界施餓鬼会)の功徳により故人は、
霊界での布施(行)という善行により陰徳を積むことができれば、生前の業をはかすことができるのです。
そして、故人の善行は、施主様には陰徳(霊界の財貨)積みと、なって功徳施主様へと還元されるのです。
また、一粒満腹長者供養(霊界施餓鬼会)は、回数を重ねれば重ねるほど、、
故人は霊界に於いての霊格が向上するのです。
つまり、霊界での地位が向上するということは霊界に於いて往来自在と成ると言うことです。
故人の霊格及び地位向上より、施主様には運勢が好転するという有難い、お蔭が現れます。
現に、このお蔭を頂かれた方は大勢いらしゃいます。
昨日の二十四日には東京から和歌山の橋本まで、お礼に来られました。
今日は山口県から来られました。
一度、陰徳積みの功徳に付いて、くわしくお知らせしたいと存じます。
南無大師遍照金剛
合掌