美津島明編集「直言の宴」

政治・経済・思想・文化全般をカヴァーした言論を展開します。

美津島明   名曲紹介・シェーンベルク「浄夜」  (イザ!ブログ 2013・5・14 掲載)

2013年12月15日 00時45分57秒 | 音楽
このブログではめずらしいことに、クラシック音楽の紹介をしようと思います。私よりはるかにクラシック音楽についての造詣の深い方が、この曲を知らなかったのを意外に思ったのがそのきっかけです。その方が知らないのだから、思いのほか人口に膾炙していないのではなかろうかと考えたのですね。こんな素晴らしい曲がそういう状態なのはちょっと残念なことなので、少しでもより多くの人に知っていただければと思い、ご紹介する次第です。もしかしたら、杞憂にすぎないのかもしれませんけれどね。

シェーンベルク(1874~1951・オーストリア生まれ)といえば、調性を脱した無調音楽の作り手であり、12音技法を創始したことで有名な作曲家・指揮者です。平たくいえば、あの小難しい現代音楽の元祖というわけです。

シェーンベルクについてのそういう一般的なイメージからすれば、この作品のあくまでもリリカルな響きは意外な印象を与えるのではないかと思われます。当作品は、彼の作曲家としてのキャリアのごく初期である1899年に作曲されています。ワーグナーやブルックナーに代表される後期ロマン主義の流れが歴史の表舞台から途絶える直前の、その最後の最も美しい果実の少なくともひとつが当作品なのではないかと思われます。作った人の出自や制作された時期を反映して、ウィーン世紀末の雰囲気が濃厚です。

私がこの作品をはじめて耳にしたのは、大学に入ってすぐのころのことでした。当時ひたすらなるロック青年で、シェーンベルクのシェの字さえ知らなかった私の耳に、この作品の味わい深い音は、魅惑に満ちたものに響きました。なんといいましょうか、その爛熟の極みのような音によって、人生の赤裸々な苦悩や哀歓が彫り深く表現されているような印象を抱いたことを覚えています。大人のドロドロした実人生にどこか憧れるようなところがあったのでしょうね。背伸びしたい盛りのころでしたからね。

この作品について抱いた、私のそういう印象がそれほど的はずれなものでなかったことは後ほど知りました。

当作品は、リヒャルト・デーメル(1863―1920)の詩「Verklärte Nacht」を下地にしています。この詩を法政大学の新田誠悟という方が訳されています。私がインターネットで調べた範囲では当訳がいちばんいい感じなので、それをご紹介します。ただし、その翻訳口調が私にはどうにも障るところがなきにしもあらずなので、そこは私の感覚で直しています。ご容赦のほどを。
http://blog.livedoor.jp/audimax1/archives/50705587.html


浄夜 


冬枯れの森を歩く二人がいる
月がその歩みについてきて、
二人は顔を見合わせる
月は、高い樫の木の上にあり
月夜をさえぎる雲一つない
夜空に木々の黒い影が突き出ている
女の声がする

「お腹の子は、あなたの子ではありません
私はあなたにも迷惑をかけようとしています
私は取り返しのつかない過ちを犯してしてしまいました
自分には幸せというものがあるとは思えませんでした
それでも自分なりの生きがいを見つけ、
母親の喜びや務めを味わってみたかったのです
身の程知らずにも、見知らぬ男に我が身をゆだねました
今思うとぞっとします
私は身ごもり、人生の報いを受けました
そうしてあなたに、あなたに出会ったのです」

女の足取りは重い
見上げると、月がついてくる
女の暗いまなざしが、月明かりに呑まれる
男の声がする

「孕んだ子どもを
心の重荷にするな
ほら、夜空がこんなに輝いているじゃないか
何もかもを包み込む輝きだ
冷たい海を僕とさまよっているが
君の温もりを僕は感じ
君も僕の温もりを感じているだろう
その気持ちがお腹の子を浄めてくれる
どうか僕の子として産んでほしい
君は僕の心を照らしてくれた
もう君のことしか考えられなくなった」

男は身重の腰に手を回す
二人の息が空中で口づけを交わす
二人は澄みきった月明かりの夜を歩く

この詩をお読みいただけば、私のにわか仕立ての解説など不要なほどに、この作品の心がよくお分かりいただけるのではないでしょうか。先ほど、「ウィーン世紀末の雰囲気が濃厚」と申し上げましたけれど、それはあくまでも時代背景です。この作品の核心は、男女のエロスに関わっての倫理的なものをめぐる真摯な懊悩です。そうして、それを踏まえたうえでの人間臭い寛容のもたらす救済感です。退廃的な美に官能を震わせることを自分に許す悦楽的な傾向は、この作品には見いだせません。それをヨシとするか、物足りなく思うかは、それぞれの好みなのでなんとも言えませんけれど、私はそれをヨシとします。そのことが、この作品に文化と時代の違いを超えた、心に訴えかける普遍性を与えているように感じるからです。

なお、1950年に発売された弦楽六重奏版のレコードにシェーンベルク自身が譜例付きの解説を書いています。それを要約すれば、以下のとおりになります。

″第1部(導入部)はニ短調ではじまり、月夜に林の中を歩く男と女を描写している。

第2部の女の告白はヴィオラによって始められるが、明確な形の主題はヴァイオリンによって提示される。この主題が「女がドラマティックな爆発で男に自分の悲劇を告白していく」様子を表わす。チェロとコントラバスが強奏すると、ヴァイオリンが女の「大きな罪への自責の念」を表現する旋律を提示する。

第3部は月夜のなかでの女の不安な心境を描き出す。第3 部の終わりで第2 チェロの変ロ音だけが残る。

第4部の男の告白がニ長調の主題の提示で始まる。このニ長調の感動的な響きは「男の寛大さは彼の愛と同じように崇高である」ことを表わし、女の苦悩を癒す優しさに満ちている。副主題によるヴァイオリンとチェロの二重奏の部分は「男の愛の雰囲気であり、その愛は自然の壮麗さや薄光と調和して悲劇的な状況を無視できる」ことを表現している。

第5部(コーダ)ではそれまでの部分で用いられたモティーフが回想・展開され、ニ長調で曲が静かに閉じられる。″

30分弱の単一楽章です。よろしかったらお聴きください。指揮はピエール・ブーレーズです。


Schoenberg: Verkl�・rte Nacht, Op.4 - Boulez.

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