美津島明編集「直言の宴」

政治・経済・思想・文化全般をカヴァーした言論を展開します。

忘れられた名曲、知られざる名曲 欧米篇

2014年06月11日 02時36分08秒 | 音楽
しばらく、大東亜戦争についての重い内容の文章が続きました。このまま沖縄戦に突入すると、心身ともにはじけてしまいかねない(笑)ので、このあたりでちょっとコーヒーブレイクを、ということで、音楽ネタを披露いたします。題して、「忘れられた名曲、知られざる名曲 欧米篇」。

一曲目は、ジュディ・コリンズの『Both Sides Now』(一九六八年)。邦題は、『青春の光と影』。原題を直訳するならば、「物事を両面から見ること」でしょうか。今回ご紹介する曲のなかでは最も人口に膾炙しているのかもしれません。邦題は一見陳腐な訳のようですが、実はこの曲にとてもよくフィットしていると思います。私がこれをはじめて聴いたのは、大学二年生のころ、学部の一年先輩の(侘しい)下宿にお邪魔したときでした。私が深く心を動かされたことを察して、その先輩は、何度も何度もカセット・テープを回してくれました。そのときの私は、正直なところ、心が震えるほどに感動してしまったのでした。おそらく、恋の悩みだとか自意識過剰などという青年期特有の苦しい思いを抱えて自分の心をもてあましていたので、この曲の初々しいゆらぎやひりひりするような研ぎ澄まされた感性に即座に反応したのでしょう。作詞・作曲ともにジョニー・ミッチェルで、彼女が歌った同曲の方が名が通っているようです。しかし、私の場合は、ジュディ・コリンズの声で同曲を聴いたので、彼女の歌声でないと心が震えた当時の心持ちに還っていくことがかなわないのです。この儚い味わいは、いまでも胸にひびきます。

Judy Collins - Both sides now (HQ)


二曲目は、サード・イアー・バンド(Third ear band)の『マクベス』所収の「フレアンス」。『マクベス』は、一九七二年にロマン・ポランスキー監督の映画「マクベス」のサウンド・トラックとして制作されたものです。レコード評的な言い方をすれば、″中近東のアコースティックでゆったりとしたリズムに乗せて中世音楽の暗い雰囲気が見事に表現された傑作盤″という評価が妥当なところでしょうか。少々イッテしまっている人は別として、正直、フツウの人がこのアルバムを通して聴くのはつらいのではないかと思います。けっこう陰鬱で単調なんですよね。そんななかでこれだけは、トラッド風の親しみの持てる旋律を有する叙情的な曲で、真っ暗闇の雰囲気のなかでこの曲が浮びあがってくる様は、異様なほどの美しさを感じさせます。その意味では、一回だけなら通して聴く価値があるといえるでしょう。これをはじめて聴いたのは、たしか三二歳のときでした。ロックにとても詳しい元音楽会社のスタジオスタッフが、職にあぶれて中古レコードの店員のアルバイトをしていたとき、彼の友人と私がいっしょに訪れた店内で聴かせてくれたのです。この曲を歌った女性シンガーは、(名前は忘れましたが)たしかいわゆる素人さんで、この曲以外にその名はクレジットされていないというのをどこかで読んだことがあります。一期一会というわけですね。

Third Ear Band - Music From Macbeth - Fleance


三曲目として、フェアポート・コンベンションの『アンハーフブリッキング』(一九六九年)から「ジェネシス・ホール」をご紹介します。フェアポート・コンベンションは、イギリスのトラッド・バンドの草分け的存在です。トラッドというのは、イギリスの伝統音楽のことですから、それを演奏する人々はもちろん昔からいました。フェアポート・コンベンションが画期的だったのは、エレキギターやエレキベースで、トラッドを演奏したことでした。彼らは、トラッド(フォーク)にロックで使う電気楽器を導入することの是非をめぐって公開討論をしたというのですから、隔世の感がありますね。「ジェネシス・ホール」を歌っているのは、当時二二歳のサンディ・デニーです。若い身空で、生きることのよるべなさ・はかなさをテーマにした当曲の核心をしっかりと表現しています。一時期私は、彼女に心酔していたことがありました。その繊細な歌心が、心に沁みたのですね。彼女は、大仰な歌い方は決してしません。地味と言っていいくらいです。しかし、その肩の力の抜けた呟くようなヴォーカルに、いちど心を掴まえられてしまうと、そこからなかなか抜け出ることがかなわなくなるのです。私はいまでもサンディを、不世出の歌い手としてこよなく尊敬しています。残念なことに、彼女は一九七八年四月十七日に友人宅で階段を踏み外し四日後の四月二一日にオーストラリアから急遽帰国した夫のトレヴァー・ルーカス (Trevor Lucas) たちに見守られるなか三一年間の生涯を終えました。

genesis hall fairport convention - unhalfbricking album


四曲目は、イギリスのトラッド・バンド、スプリガンスの『マジック・レディ』(一九七八年)所収の「グッド・バイ・ザ・デイ」。これを歌っているのは、マンディ・モートン。彼女は、上記のサンディ・デニーに憧れてトラッドを歌い始めた人です。アルバム・タイトルの「マジック・レディ」とは、サンディ・デニーのこと。スプリガンスのラスト・アルバムは、亡くなったサンディ・デニーに捧げられたものなのです。超マイナーなサウンドの世界を作り上げていて、これでは売れないな、とは正直なところ思うものの、捨てがたい魅力があります。三曲目の「ジェネシス・ホール」と「グッド・バイ・ザ・デイ」は、三二~三歳のころ、よく通っていた下北沢のロック喫茶のマスターがしばしばかけてくれました。それで、曲名を覚えたのです。彼は、LPの解説書にある「ジェネシス・ホール」の和訳に違和感を抱いていて、それを添削したものを私に見せてくれたりしました。なかなかのこだわり屋さんだったのですね。店名も所在地も何もかも忘れてしまいましたが、いまごろどうしているのでしょうか。

Mandy Morton And Spriguns - ''Goodbye The Day''


五曲目は、同じくイギリスのトラッド・バンド、スティーライ・スパンの『プリーズ・トゥー・シー・ザ・キング』(一九七一年)のラストを飾る曲「ラブリー・オン・ザ・ウォーター」。オープニングを飾る「ザ・ブラックスミス」も捨てがたい名曲なのですが、好みに従って、こちらを選びました。ヴォーカルは、高音の伸びが美しくて素朴な味わいのマディ・プライア。彼女は、トラッドを歌うために生まれてきたような女性ではないかと思っています。海の戦場に出かけた恋人を待つ女性の切ない思いを歌っている正真正銘のブリティッシュ・トラッドなのですが、不思議に地中海の鄙びた白壁の村の情景が浮かんできます。

Steeleye Span - Lovely on the Water


六曲目は、同じくスティーライ・スパンから。『プリーズ・トゥー・シー・ザ・キング』(一九七一年)の次に出された『テン・マン・モップ』(一九七二年)所収の「ゴワー・ワセイル(gower wassail)です。ティム・ハートの格調高くて清潔感のあるヴォーカルが印象的ですね。無駄なものを一切省いて、極度に研ぎ澄まされた各メンバーの感覚がぎりぎりのところでバランスを保っているような印象があります。曲全体から精神的なものが発散されているように感じるのは私だけでしょうか。私の耳には、空前絶後の名曲として響きます。素材は、ただのイギリス民謡なんですがね。こういう曲を作ってしまったらバンドには先がなくなります。実際この後、ベースのアシュレイ・ハッチングスなどの主要メンバーがごそっと抜けて、スティーライ・スパンは一時期空中分解状態に陥ります。結局、マディ・プライアを前面に立てたポップ色の強いロックバンドとして再出発することになります。思えば、五、六曲目も、先ほどご紹介したこだわり屋のマスターが教えてくれたのでした。

gower wassail Steeley Span



彼らのパーフォーマンスがいかに緊張感に満ちたものであるのかをお分かりいただくために、同曲を別のヴォーカルグループがオーソドックスに歌っているのを参考までに掲げておきましょう。

Gower Wassail by Cupola:Ward
コメント (2)
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