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板倉聖宣と仮説実験授業(その2)

2006年12月05日 | ア行

 最後に、板倉さんの限界について触れます。断っておきますが、これは板倉さんの業績を否定するものでもなければ小さくするものでもありません。人間は誰でも有限ですから、限界があるということです。その限界を正しく自覚しておきたいものです。そして、限界は意義と結びついているのです。

 氏の成功の前提は自分の活動を「社会変革の基礎」に限定したことだと思います。『科学と仮説』(野火書房、1971、のち仮説社)には、「自然弁証法研究会以来のテーマである『科学的な考え方』とか科学的精神というものを子どもたちに知らせて、日本人の思想改革、社会変革の基礎にしたいと願って、これらの本を書いたのである」( 240頁)という言葉があります。

ここで注意するべきは、社会変革の「基礎」という言葉だと思います。つまり、氏は,社会変革そのものは(敢えて言うならば)避けて、社会変革の「基礎」に自分の活動を限定したのです。これが氏の活動の成功の根本前提だったと思います。反面教師として日教組が「教育活動そのものを通して政治そのものを変革しようとして失敗したこと」を考えればこれの意義は分かると思います。

原理的に、教育で政治を変えることは出来ないのです。政治を変えうるのは政治だけです(同類のものは同類のものとのみ関係する)。政治を変えるには政治家になるしかないのです。板倉さんは、本能的にこのような不可能な事を避けたようです。「〔国立教育〕研究所には文部省と日教組の対立にまきこまれることを極度におそれる風潮が支配的であるように思われた」(同書、 232頁)と書いています。そして、テーマの選択でも無駄な軋轢は生まないように振る舞ったようです。

しかし、このことは同時に氏の活動の限界ともなりました。結局、氏の活動は主として小中学校の教師たちの間ではかなりの運動となり成果を挙げたようですが、社会変革にはなりませんでした。

私はこの事を「悪い」と言うのではありません。人間には性格や才能があるのです。向かない事柄には関わらない方が賢明だと思います。もちろん玉砕する人生もその人の性格ならそれでいいと思います。人の生き方はその人が決めることです。但し、自分の活動を過大評価しないことです(大村はま氏の国語教育も、氏の心の中にはより良い社会になってほしいという気持ちはもちろんあったでしょうが、直接的には、国語教育の外の事柄には関係しないで美しい箱庭作りに専念した点に、成功の根本前提があり、又限界もあったのだと思います)。

 板倉さんは政治には向かなかったと思います。学生運動に関わったそうですが、どういう運動(テーマ)にどう関わったかは具体的に書いていません。早々と「運動そのもの」からは身を引いて、「ながいあいだの学生運動や政治運動を見守る中で」(『科学と仮説』野火書房、 224頁)、つまり政治運動そのものは「見守る」だけで、自分の活動は社会変革の「基礎」に限定したようです。そして、終生(今までの所)そこから出ていくことはなかったようです。

 私は、共産党という言葉を出して政治を論じるか否かを、その人の政治性を判断する1つの基準にしているのですが、板倉さんもその単語を口にしない人です。政治には不向きな人だったのだと思います。

 この事はいくつかの間違いないし不明確さと結びついたと思います。

 第1に、「体制」とか「反体制」とかの用語の使い方が不明確だと思います。

 ──いまの若い人々〔全共闘系の学生や青年のことでしょう〕は、「科学技術の全面的な体制化」ということと、自分たちが科学者や技術者として体制化せざるを得ないということとを混同しているように思われてなりません。反体制を標榜するにしても,そのとき最大の武器になるのは科学や技術であることを忘れてはならない筈です。それは体制下にある一面的な科学技術ではなく、もっと多くの人々の要求する現実の課題に適合した科学技術でなければなりません。すでに体制化されている科学や技術を疑い、批判し、呪うことはかまいませんが、そのかわりに自分たちの科学技術をもたなければならない筈です。そのとき、いかにして考えたらよいか、いかにして自由で創造的な研究を生みだしていくかという問題に対してヒントを見出すために、私はこれまで科学史の研究をしてきたのです。

 最近はさらに、科学というものは根元的にいって体制的・資本主義的なものだという主張も行なわれているようです。それが、分科し分断された科学に対する総合的な哲学的な視野の重要性を説くものであれば私も賛成です。けれども、複雑多岐な現実のなかから、解明しうる問題だけをとりだして解決してきた科学的探究の手法そのものを否定することには断じて賛成することはできません。直観的独断におちいらないためには、私たちは、科学的な研究を大切にしなければならないのです。科学そのものが呪われるとき、それこそおそるべき権威主義・ファシズムがさかえることになるでしょう。(『科学と社会』季節社、1971、 310頁)

ここにも出てきますが、新旧の左翼の人達の言う「体制」とは「資本主義体制」のことです。そういう人達は、事実上、社会主義体制(現実のそれ、あるいは自分たちの理想とするそれ)に対しては「体制的」とは言わず、批判もしません。もう少し身近な事を考えますと、現存する社会の在り方には批判的でも自分たちの運動や組織や幹部に対しては無批判的です。こういう考え方をきちんと批判するには、資本主義体制を体制と言ったり、自分たちの実践だけを実践と言ったりする用語法から反省しなければならないでしょうが、板倉さんにはそういう自覚がどれだけあったのでしょうか(小泉首相が自分の民営化を民営化一般と意図的に言いくるめ、自分の改革とやらだけを改革一般と混同して「郵政民営化に賛成か反対か」とか「改革を推進するか否か」などとごまかしているのも同じです)。

第2の不十分さは民主主義の理解や集団におけるリーダーの役割の理解の不十分性に出ていると思います。

 板倉さんの文章を読んでいると、個々の教師が仮説実験授業をすれば全て解決するかのように聞こえます。本当にそうでしょうか。板倉さんには、私の言うような、「学校教育は個々の教師が行うものではなくて、校長を中心とする教師集団が行うものである」という認識は無かったようです。

 これのとても好い証拠が中田好則氏です。氏は長年、板倉支持者であったそうですが、最後には校長になったようです。そして、『教育が生まれ変わるために』(仮説社、1999)の「あとがき」を板倉さんに代わって書いています。それが「板倉さんの考え『仮説実験授業』に助けられて」です。しかし、ここには、板倉理論を自分なりに発展的に受け継いでどういう校長理論を創り出したか、それを実践してどういう成果があったか、こういう事が全然書かれてないのです。しかも、こういう人に板倉さんは「あとがき」(に代えて)を書かせているのです。これは大きな間違いだと思います。

 板倉さんは「創造的模倣」を提唱していますが、そしてそれは正しいと思いますが(私の言う「創造的継承」と同じですから)、実際の板倉支持者は「単なる模倣者」で「創造的模倣者」ではなかったようです。ニセの後継者と言われても仕方ないでしょう。問題は板倉さんがこれに気づいていないらしいことです。それに、板倉さん自身、研究所の内部で後年は「室長」というポストに着いたようですが、室長としてそれまでの室長とどういう違った事をしてどういう成果が上がったのか、書いていないと思います。板倉さんのことですから、何かしたと思うのですが。

 哲学については観念論から出発して唯物弁証法にたどりついたようですが、日本共産党系の唯物論(タダモノ論)には飽き足らず三浦つとむ氏の「主体的唯物論」を先生に選んだようです。後には、その三浦さん自身にも不満を持つようになったそうですが、具体的な批判はほとんど発表していないと思います。板倉さんが編集した『三浦つとむ選集』の「補巻」(勁草書房)を見ても、主体的な検討はなく、ただまとめただけです。板倉さんの独創的な業績は三浦理論に触発されたことも一因ですから、板倉さんをニセの弟子と評するのは不適切だと思いますが、不十分な弟子ではあったと思います。

 板倉さんの支持者たちが創造的継承の出来なかった原因の1つに問題意識概念の不明確さがあると思います。板倉さんは「問題意識を明確に」というスローガンを掲げたようです(『板倉聖宣、その人と仕事』 185頁)が、これを私の「問題意識とは疑問文に定式化したものだけを言う」という定式と比較してみれば、板倉さんの定式の不明確さは明らかでしょう。

 そのため、例えば、その文集に「板倉哲学についての断章」を寄せた重弘忠晴氏は「認識や実践における主体性の問題が、最初は『自我の確立』の問題と結びついて提起された、というのである」などと書いています(17頁)が、これではどういう問題なのか、疑問文が浮かびません。ついでに、この人は「かつて新左翼だったが、板倉理論に触れてそこから脱却した」と思っているようですが、私から見ると、相変わらず新左翼です。

 そのほか、ほかでは名指しの批判をしない板倉さんが、広重徹氏からの批判に対して名を挙げて反論しているのなどは、あまり感心しません(原則としてすべて名を挙げて批判するべきだというのが私の考えです)が、大げさに言うほどの事でもないでしょう。

 又、「私たち『たのしい授業』学派だけは、『教育の主人公は子どもだ』という認識をもとに、教育にかかわる一切の束縛を排除して、未来の社会と子どもたちの求める教育の在り方を自由に研究してきたのですが、残念ながら、ほかにはそういう研究を進めてきた人びとはほとんどいないのです」(『教育が生まれ変わるために』60頁)と言っていますが、こういう自己過大評価は笑って生ませればいいことだと思います。

 しかし、認識論的に面白い事としては、或る分野で独創的な事をして成果を上げた人はとかく「自分のやり方だけが唯一絶対」と思い込む(少なくともそのように言う)傾向があるということです。なぜなのでしょうか。

 私はいろいろな健康法を学び試してみましたが、いずれも「自分の健康法が唯一絶対」ないし「万能」のような言い方をしています。しかし、私の見るところでは、どれでなければいけないとか、どれが最高とは言えないと思っています。私自身いい加減な性格ですから、種々の健康法から自分に出来るし自分に合っていると思うものをつまみ食いしています。

 しかし、このような誰にでもある欠点はともかくとして、板倉さんは本当に優れた研究者であり実践家だと思います。最後に、私が特に記憶しておきたい板倉語録を思いついたままに箇条書きにしておきます。

1、自分の年より低い人向けの科学書を読むと好い。ただし、著者が一流であること。

 感想・同じ曲でも編曲者や演奏者が一流でないと味気ないものになるのと同じではないでしょうか。同じ素材でも料理人が一流だと美味しいものになるのとも同じかな。

2、子供たちを自然のままほっぽりなげておかないというのが教育の本質。

 感想・学校も上に行けば行くほど「中学(高校、大学)は自分で勉強する所」などという、本来は自己を否定するような発言があります。学長の入学式の式辞などでも、大学の提供するサービスを話さない学長がほとんどです。学校はサービス業をしているのだという指摘を板倉さんがしてくれると良かったと思います。

 3、一割許容の原理・人間の活動において一割程度のミスは許されてしかるべきである。

 感想・私のような実証主義の精神の乏しい人間には「2割許容の原理」くらいにしてほしいです。

 4、わざと違う意見を出して議論すると新しい考え方の発見がある。

 感想・考えるということの本質がこれですから、そうなのですが、私が少しは実行してきた経験から言いますと、実際にはこれはなかなか理解されません。笑われるのを覚悟していないとできないでしょう。

 5、よく、「科学研究には先入観を排しなければいけない」などという人がいますが、これは不用意な言葉です。

 感想・これも私の「先入観をもって読む」という方法と同じです。「方法は一種の先入観なのだ」とまで言うと良かったでしょう。

 6、自分自身の頭で判断することを根底に置きながら、しかも信頼しうる専門家というものをたえず選択し、それに依拠しうるという態勢をもつこと。

 感想・素人の質問や意見をまともに受け取めない専門家は「信頼しうる専門家」ではない、と付け加えると更によかったでしょう。

 7、ある言葉(術語)がある意味をもつようになるのは一つの約束にすぎないにしても、欧米の術語を適当な日本語に移すには、その科学の深い理解を前提とするのである。

 感想・外来語を漢字で表現し直すためにその真意を考えた明治時代の人達は偉かったと思います。カタカナにして済ます昨今の風潮は困ったものです。

   (2005年08月24日)

2006年12月03日 | ア行
 1、悪の問題にはいろいろな側面があります。まず第1に、悪とは何か、つまり悪の定義の問題があります。これはもちろん同時に善の定義と結びついており、善悪の区別の問題にもなります。

 そしてこれを考える時に出てくるのが、善悪と高低と好悪の関係(異同)の問題です。これが第2の問題です。

 これらがハッキリしたとして、第3の問題は性善説と性悪説のどちらが正しいか、あるいはどちらが人間観として高いかあるいは深いかの問題です。

 最後の問題は、善悪の判断つまり価値判断の客観性の問題です。今では「価値判断は個人によって異なる主観的なものだから客観性はない」という考えが無反省に「公理」のように罷り通っていますが、それほど簡単な問題ではありません。

 2、第1の問題については、ヘーゲルは「或る事物ないし事柄が自分の概念と一致するか否か」の問題と捉えなおしました。つまり(客観的な定義における)真理の問題と同一としたのです。

 参考に掲げた2の言葉にそれが出ています。この場合は das Gute (善)とは das Wahre (真)と同じであり、 das Boese(悪)は das Schlechte(悪)と同じです(『ヘーゲル事典』弘文堂では座小田豊氏は両者は違うとしています)。

  das Falsche(偽)とは「真理の主観的理解」のレベルでの問題です。

 3、善悪と高低と好悪の異同の問題を意識的に提出して一応の答えを出している人は牧野しかいないと思います。日本人(だけではないかもしれない)は、「悪い」と思う事柄について「嫌いだ」と言うことが多いと思います。

 それはこの異同のはっきりしていない事を利用して、そして「価値判断は主観的だ」という偏見を利用して、「嫌いなものは嫌いだよ」と言って「なぜ悪いのか」という質問を封じて自分の考えを押し通そうとする非科学的な態度です。

 これらが混同されるのは、「悪」という語が「好悪」にも使われていることにも一因があります。

 「好悪」の「悪」は「にくむ」(すごく嫌いだ)という意味であって、「悪い」という意味ではありません。

 4、これらの異同の根本は次の通りです。悪は正さなければならない、あるいは賠償しなければなりません。

 低いことは例えばスポーツや学業の成績のような場合を考えれば分かるように、本人が高めたいと思うか否かです。もちろんこれにも程度があって、現に学業成績では及第点以上なら進級できるが、及第点に達しないと「悪」と同じで、進級できない(罰せられる)。

 しかしその場合でもその「罰」は「悪」の場合の「刑罰」のようなものとは違います。

 好悪は趣味の問題です。
 牧野「善悪と高低」(『ヘーゲルの修業』に所収)を参照。

 5、性善説と性悪説については、ヘーゲルはキリスト教の性悪説の方が仏教などの性善説より「高い」と言っています。

 キリスト教の性悪説は旧約聖書のアダムとイヴの神話に譬え話として語られているのですが、それの現実的な意味についてはキリスト教世界でも必ずしも深められていないようです。

 ヘーゲルの理解については牧野「子供は正直」(『生活のなかの哲学』に所収)に説明があります。

 この問題はあまり注目されていませんが、マルクス系の社会主義思想と運動の理論上の根本的な欠陥はこの問題の無自覚にあり、性善説に立つフランス社会主義と性悪説に立つドイツ古典哲学とをただちに無媒介に統一できると思い込み、そうしたつもりになっていたことにあると思います。

 6、価値判断は客観的か主観的かの議論は又、存在と価値、あるいは存在と当為、 Sei n と Sollen の問題として捉えられることが多いです。

 これは哲学の歴史と共に古いようだが、その歴史については『哲学のすすめ』(筑摩書房)のなかの「存在と価値」(橋本峰雄氏執筆)などがよくまとめているのではなかろうか。

 特に言いたいことは、マルクスの唯物史観は価値判断の客観性の立場を社会観の場面へと拡げて完成させたものだということでする。
 牧野「価値判断は主観的か」(『生活のなかの哲学』に所収)を参照。

   参考

 (1) 一般的に言うと悪の起源は神秘の中にある。即ち、自由の思弁的性格の中に、意志がその自然状態から抜け出てその自然状態に対して内的になる必然性の思弁的性格の中にある。
 (ヘ-ゲル『法の哲学』第139 節への注釈)

 (2) 「悪い」及び「真実でない」とは、事物の本性あるいは事物の概念と事物の存在とが矛盾していることである。
 (ヘ-ゲル『哲学の百科事典』第24節への付録)

 (3) 他者、否定的なもの、矛盾、分裂は、精神の本性に属する。この分裂の中には苦痛の可能性が含まれている。(略)悪(現実的・自覚的に存在する無限な精神〔人間〕における否定的なもの)もまた、苦痛と同様に、外から精神に加えられるものではない。そうではなく、悪とは自己の個別性の先端に立っている精神以外の何物でもない。
 (ヘ-ゲル『哲学の百科事典』第 382節への付録)

 (4) ヘ-ゲルにあっては、悪とは、歴史的発展をつき動かす力が現れる形式である。しかも、そこには次のような二つの意味がある。即ち、第1に、新しい進歩はどれも必然的に、神聖なものに対する犯罪として、死滅しつつある古い状態ではあるが習慣によって神聖なものとされている状態に対する反逆として登場する。

 第2に、階級対立が現れてからは、歴史的発展の梃子になったものはまさに利欲や支配欲といった人間の悪しき情熱であって、封建主義やフルジョアジ-の歴史がその絶え間無い優れた例である。
 (エンゲルス『フォイエルバッハ論』第3章)

2006年12月02日 | ア行
   参考

 1、自由の具体的な概念--自己を制限することの中で尚自己の元にとどまること、その感覚的な実例は友情と愛情
 (ヘ-ゲル『法の哲学』第7節への付録)

 2、神〔の本性〕を感覚的に捉えたものが「永遠の愛」である。愛とは、他者を自己自身として持つということである。
 (ヘ-ゲル『歴史における理性』)

 3、愛の中では、個人は他者を意識することによって自己を意識する。個人は自己を外化するが、この〔愛しあっている二人の〕相互的な外化の中では、個人は自己と他者を持ち、しかも他者と一体となった自分を獲得するのである。
 (ヘ-ゲル『歴史における理性』)

 4、愛は客観的にも主観的にも存在の基準であり、真理と現実の基準である。愛の無い所には真理も無い。そして、何物かを愛する人だけが何者かである。何者でもないこととと何も愛さないこととは同じである。人が多くのものであればあるだけ、その人はそれだけ多くの物事を愛しているのであり、逆もまたそうである。
 (フォイエルバッハ『将来の哲学』第35節)

5、愛、それは人間に初めて自分の外にある対象的世界を本当に信じることを教えるものであり、人間を対象にするだけでなく、対象を人間にしさえするものである。(マルクス『全集』第2卷)

 6、この西洋と東洋とにおける他者と自己の関連の考え方の違いについて、その本質を学問的に決定することは私などの任ではない。

 しかし私は日本人として西洋の文学や思想に慣れ親しんだので、その違いを考える機会を多く持った。

 私は漠然と、西洋の考え方では、他者との組み合わせの関係が安定した時に心の平安を見出す傾向が強いこと、東洋の考え方では、他者との全き平等の結びつきについて何かの躇(ためら)いが残されていることを、その差異として感じている。

 我々日本人は特に、他者に害を及ぼさない状態をもって、心の平安を得る形と考えているようである。

 「仁」とか「慈悲」という考え方には、他者を自己のように愛するというよりは、他者を自己と全く同じには愛し得ないが故に、憐れみの気持ちをもって他者をいたわり、他者に対して本来自己が抱く冷酷さを緩和する、という傾向が漂っている。

 だから私は、孔子の「己の欲せざる所を人に施すことなかれ」という言葉を、他者に対する東洋人の最も賢い触れ方であるように感ずる。

 他者を自己のように愛することはできない。我らの為し得る最善のことは、他者に対する冷酷さを抑制することである、と。

 だから男女の間の接触を理想的なものたらしめようとするとき、ヨーロッパ系の愛という言葉を使うのは、我々には、躇(ためら)われるのである。

 それは「惚れること」であり、「恋すること」、「慕うこと」である。しかし愛ではない。

 性というもっとも主我的なものをも、他者への愛というものに純化させようとする心的努力の習慣がないのだ。
 (伊藤整『近代日本人の発想の諸形式』岩波文庫)


王道

2006年11月20日 | ア行
 本来、この単語には次の二つの意味があったと思います。

 1、権力や武力によらず仁徳を基本として国を治める方法。覇道の反対。

 2、 royal road の訳語。楽な道、楽な方法。

  「学問に王道なし」。

 しかし、今ではこの第2の意味が「本当の道や方法」「正攻法」「正道」という意味に使われることが多くなっています。

  「学問の王道を教える」「合格への王道」など。

  用例

 (1) それが結局、不況脱出の王道でもある。
   (2001,09,09,朝日)

 (2) 組織力を研ぎ澄ませた現代サッカーの王道を行くものだ。
   (2001,10,11,朝日)

イデオロギー

2006年11月15日 | ア行
 1、イデオロギーという言葉は「フランス革命につづいて現れた観念学(ideologie 、その代表者はデステュット・ド・トラシ)に由来する」(哲学辞典、青木書店)。

 2、意味と使い方は人によって大きく異なります。第1は最も広い意味です。

 「人間の考え方は、日常生活をはじめ、政治、法律、芸術など領域はそれぞれ違っても、その違いの奥に考え方の筋、つまり思想体系が通っている」と考えることが出来ます。この「基本的な考え方の筋」(哲学・論理学用語辞典、三一書房)のこと。要するに、スケールに大小の差はあれ、又本人の意識性に差はあれ、社会思想のことと思っておけばよいでしょう。

 3、この考え方は自分の考え方でも他人の考え方でも時代の経済生活などに依存しない独立的なものだと考えている人がいます。そう考えている人達の「考え方」のことを唯物論的な歴史観に立つ人が「イデオロギー」と呼びます。つまり観念論的な歴史観に立った思想観のことです。これが第2の定義です。マルクスとエンゲルスのイデオロギー概念はこれです。

 4、社会思想は時代の経済生活、物質的生活に依存していると考え、階級社会では階級的な制約を受けると考える人達は、この階級的な制約を含めてイデオロギーと呼びます。これが第3の定義です。この用語法を認めた上で、「イデオロギーの終焉」といったことを言う人もいます。

 5、これと同じ考え方ではあるが、社会思想の階級的制約までいかなくても、価値判断を含んだ考えをすべて「イデオロギー」と呼ぶ人も少なくありません。議論をする場合でも、少しでも政治とか価値判断的な話になると「イデオロギーが入ってきた」といって拒絶反応を起こします。この場合は「価値判断は主観的であって客観性がない」という考えと結びついていることが多いです。これが第4の定義です。

   参考

 (1) 或る時代を支配している思想とは、つねに、支配している階級の思想にすぎなかった。(マルクス『共産党宣言』)

 (2) 実際、世界体系のどのような思想像も、客観的には歴史的状態によって、主観的にはその思想像の創造者の肉体的、精神的機構によって制限された。(エンゲルス『反デューリング論』)

 (3) イデオローグ〔観念論的な思想家〕が何と言い抜けようと、彼が戸口から締め出した歴史的実在は再び窓から入り込んでくる。彼が或る道徳的法的教説をすべての世界すべての時代のために設計したと思い込んでいる時でも、実際には彼はその時代の保守的潮流か革命的潮流かの模写像を作り出しているのであり、現実的地盤から切り離されたがために、凹面鏡に映ったように逆立ちして歪んだ模写像を作り出しているのである。
 (エンゲルス『反デューリング論』)

 (4) 世界の研究の一般的な結論というものは、この研究の終わりに出てくるものである。従ってそれは「原理」や出発点ではなくて結果であり帰結である。〔それなのにこのようには考え振る舞わないで〕このような結果〔としてしか得られないもの〕を頭の中から構成し、それを基礎としてそこから出発し、更に進んでその基礎から世界を頭の中で再構成すること、これがイデオロギーである。

 そしてこれまでは唯物論でもみなそれに取りつかれていた。なぜなら、唯物論はたしかに自然界での思考と存在の関係についてはいくらか明確に知ってはいたが、歴史における思考と存在の関係については知らず、一切の思考が歴史的物質的諸条件に依存していることは見抜いていなかったからである。
 (エンゲルス『反デューリング論』)

 (5) 現代の社会主義思想は、たしかにその内容面から見ると、一方では今日の社会の核心は有産階級と無産階級の階級対立にあり、資本家と賃金労働者の階級対立にあることを見抜き、他方では生産が無政府状態になっていることに気づいた結果として生まれたものではある。

 しかしその理論としての形式面から言うと、それはまず最初は、18世紀フランスの偉大な啓蒙思想家たちの打ち立てた原則を一層押し進め、一層徹底させた(つもりの)ものとして現れたのである。

 新しい理論は皆そうであるように、現代の社会主義思想もその根がどんなに深く物質生活上の事実、つまり経済的事実にあるとはいえ、〔理論としての形を得るためには〕まずは目の前にある思想的な材料に結びつかなければならなかったのである。
 (エンゲルス『空想から科学へ』)

 (6) しかしイデオロギーというものはどれも、一度存在するや否や、与えられた観念的な素材と結びついて、その素材を一層加工するものである。そうでなかったらそれはイデオロギーではないであろう。

 というのは、イデオロギーとは観念をば自立し独立的に発展するものとみなすものであり、観念をば自分自身の法則にしか依存しないものとして取り扱うものだからである。

 思考の過程は人間の頭のなかで進行するのだが、その人間の物質的諸条件が結局はこの思考過程をも条件づけているということは、これらの人達〔イデオローグたち〕には意識されないのである。なぜなら、それを意識してしまったらイデオロギーは完全にお終いだからである。(エンゲルス『フォイエルバッハ論』第4章)

 (7) イデオロギー的身分--政府、僧侶、法学者、軍人。
 (マルクス『資本論』)

 (8) 人間の行動を決定する根本的な物の考え方の体系。(狭義では、階級的に規定を受けるとされる政治思想・社会思想を指す)。
 (新明解国語辞典)

一方

2006年10月26日 | ア行
 (1) 「一方」で辞書を引くと、もちろんその元の意味は「1つの方面」ということですが、そのほかに「2つある内の1つ」「片方」という意味があります。

 そして、これは辞書には必ずしも載っていないようですが、そこから出た用法の1つに「一方では、他方では」という対比的な言い方があります。

 しかし、今では、多くの場合、それに代わって「一方では~、一方では~」という言い方が使われるようになっています。英語でも on the one hand .., on the other hand .. ですし、「一方では~、他方では~」が本当だと思うのですが。

 しかし、用例を見れば分かりますように、「一方では、一方では」もかなり以前から使われているようです。

 又、同じような表現に「片や~、片や~」というのがあることにその後気づきました。

(2) 「一方では、他方では」の用例

  1, しかし、気をつけなければならないことがある。一方の重要性を強調するあまり、他方をまったく否定するような二者択一の議論は非建設的だということである。
  (2002,1,25,朝日)

  2, しかし一方で死後の世界に、天国と地獄、極楽と地獄があるとし、他方でそこに住む死者の心には身体がないとするのには、無理があるだろう。
  (2004,10,19, 朝日。加藤周一)

 (3) 「片方が、他方が」の用例

  1, 工場から電車路に出るところは、片方が省線の堤(どて)で他方が商店の屋並に狭められて、細い道だった。(小林多喜二「党生活者」)

 (4) 「一方では、一方では」の用例

  1, たとえば、朝すれ違って「おはよう」という言葉を交わす。一方にとってはただの挨拶でも、一方にとってはそれだけで、一日が輝いてしまうことだってある。(俵万智と読む恋の歌百首23)

  2, 「青鞜」に集った「新しい女」は、一方でもてはやされ一方で日本の公序良俗を破壊するものとして世のひんしゅくを買う。
  (2002,07,30, 朝日、早野透)

 (5) 「他方では」だけの用例

  1, ライシュの主張は、だから産業革命期のラッダイト運動のように、新しい機械打ち壊し運動でこの流れ〔ニューエコノミーの流れ〕を逆転させよ、というのではない。他方で、マイナス面には目をつむり、流れを加速させようということでももちろんない。
  (2002,8,11,日経)

  2, 言語学は他の学問とおなじく、専門用語を用い、かつ言語学上の専門用語なしには成立し得ない。文法にとってはとりわけギリシャ以来の学術用語がある。ところがこれらには、弱点として首尾一貫性に欠けるところがあり、他方長所としては世間に広く通用していることがある。(『テクストから見たドイツ語文法』三修社、19頁)

 感想・この「他方」も正しいと思う。多くの人はここを「一方」とするが、ここは、多分、原文が andererseits とかになっていたのであろう。現代語の流れに無意識な訳者が直訳したおかげで正しくなったのだと思う。

 (6) 「一方では」だけの用例

1, いま日本経済はあやうく、政治はひどいことになっている。一方、日本語に対する関心がすこぶる高い。この二つの現象は別々のことのように受取られているけれど、実は意外に密接な関連があるはずだ。
  (2002,7,31,朝日、丸谷才一)

  2, 日産は「投資判断に対する干渉は一切ない」と言う。一方、複数のアナリストからは「〔投資評価の〕引き下げにこれほど敏感な会社は珍しい」といった声が漏れてくる。  (2002,8,10,日経)

 感想・こういう場合も、本当は「他方」と言うべきなのではなかろうか。「一方」は言われていないだけで意識の中では前提されているのだからである。

 大野・田中『必携国語辞典』(角川書店)は「一方」のこの用法に気づいていて、「もう一つ別の面では。さて」として「一方、親の側からみれば」という使い方を挙げています。

 この辞典は「他方」の語釈の中に「また、一方では」というのを挙げて、「他方は赤である」「明るい性格だが、他方さびしがり屋でもなある」という使い方を挙げています。どちらも認めているようです。

 (7) 「~〔の〕一方〔で〕」の用例

  1, 今日では、株価万能経営の破綻から米国型への不信が一挙に高まる一方、日本型モデルを見直す機運がみられる。
  (2002,8,28,日経)

 感想・2つの事を対照的に言う場合、先に言う方が「一方」で後に言う方が「他方」だとするならば、ここは先に言う方の事だから、ここなら「一方」で好いと思う。

 表面的に見ても、この「一方」は前の文の最後に付いていて、その後に読点が打たれている。

  2, 阪神は星野仙一監督が編成の全権を握りチーム強化に成功した一方で、全責任を負った。(2003,10,13, 朝日)

 (8) 「その一方で」の用例

  1, 〔第2東名建設は〕「県政の最重要課題の1つ」(神奈川県)、「道路はつながってこそ意味がある」(愛知県)と総決起大会に臨んだ両県副知事も述べて、第2東名が通る三県はスクラムを組んでいる。/ その一方で、日程に制約があったとは言え、県知事
自らが出席したのは静岡だけというのは気になる。
  (2002,08,23, 日経)

 感想・ここに「その一方で」と言うのは、私もあると思う。ここに「他方」はあるのだろうか。ないとも言えない気もするが、あるとも断言しにくい。

 (9) 「片や~、片や~」の用例

  1, (「フォークナーと中上健次」のテーマで開かれた熊野大学夏期特別セミナーの記事で)片や米国の深南部の、過去の歴史に縛られた息苦しい土地を舞台に、片や紀州熊野の路地という、これまた濃密な地縁血縁に彩られた場所・・フォークナーも中上も、故郷をモデルに独特の「物語群(サーガ)」と呼ばれ連関する大きな作品世界を持つ。
  (2003,8,11,朝日。大上朝美)

驚かされる

2006年10月24日 | ア行
  (1) 辞書を引くと「驚く」が自動詞で、「驚かす」が他動詞となっている。

  (2) 問題は「驚く」と「驚かされる」との使い分けである。

 私の感覚では「驚いた」で十分な場合に「驚かされた」と受け身表現を使う人が多い。この使い分けには何か原則があるのだろうか。

 英語が入ってきて be surprised という表現に慣れた人がそれの直訳を使うようになって「驚かされた」という言い方を奇異に感じなくなったのではあるまいか。

 しかし、以下の用例を見ると、漱石の頃もすでに使われていたことになる。すると、かなり古いのだろうか。

 いずれにせよ、辞書はこういう事にも指針を与えてほしいと思うのである。

   用例

1, 私は急に驚かされた。(漱石『こころ』上12)

2, 有ると思った財産は案外に少なくって、却って無い積もりの借金が大分あったに驚かされた(漱石『門』4)

3, 授業で大学1年生と一緒に文学作品を読んでいていつも改めて驚かされるのは(『知の技法』東大出版会)

4, 記者会見で辞任を表明した国防相は、涙を流してわびたという。/驚いた。軍がらみの事故でこれほどの透明性は初めての経験だ。

  (朝日、2001年11月13日)

逸話

2006年10月12日 | ア行
 (1) 逸話とは、読んで字のごとく、「逸せられている話」です。つまり、「知られていない(ちょっとした)話」です。 秘話、秘史と同じです。

 英語の anecdote がこれに対応します。anは否定を意味する接頭語です。 ecは ex と同じで「外へ」という意味です。 doteは「与える」という意味の単語から来ています。ですから、「外に与えられていない事」という意味です。

 (2) しかし、実際には、「挿話」という意味に誤解している人も多く、「有名な逸話」といった表現が当たり前のように使われています。「有名な挿話」という言い方がしっくりこないからでしょうか。

 (3) 「挿話」とは主たる話の間に挿入した傍流の「ちょっとした話」のことです。「挿絵」が主たる話に添えられた絵であるのと同じです。広く知られているか否かは問題ではありません。

 挿話は英語の episode に対応します。 episode は元は、ギリシャ悲劇で「(2つの舞唱部の間の)対話による展開部」(岩波英和大辞典)のことだったようです。

 (4) もちろん、逸話と挿話を正しく使い分けている人もたくさんいます。