軽井沢からの通信ときどき3D

移住して10年目に入りました、ここでの生活と自然を写真と動画で発信しています

山野で見た蝶(12)ヒメギフチョウ

2022-04-22 00:00:00 | 
 3月末に、偶然カタクリの群落を見る機会があったことを、このブログで報告したが、カタクリといえばこの時期ギフチョウのことを思い浮かべる。

 以前、新潟県・長岡市にある国営越後丘陵公園に出かけて、カタクリの花に吸蜜に訪れるギフチョウを観察する機会があったが、かねて軽井沢近辺でギフチョウを見ることができないものかと考えていた。

 かつて過ごした上越市周辺に行けばギフチョウに出会えることは判っていたが、もう少し近い所で見てみたいと思っていたのである。

 もっとも、近辺の東信地区にギフチョウは生息しておらず、見られるのはごく近い種のヒメギフチョウということになる。もちろん、それでいいのであって、かれこれ数年間、ヒメギフチョウの観察・撮影に出かけたいものと考えていたが、なかなか的確な情報が得られずにいた。

 しかし、思いがけずその機会が訪れた。昨年偶然知り合ったAさんから、ヒメギフチョウを見に行きませんかというお誘いの電話がかかってきた。一も二もなくそのお誘いに乗って、東御方面に案内していただいた。

 その日の朝、比較的早めに現地近くの駐車スペースに着くと、すでに2台の車が停まっていた。この場所から2-300メートルほど歩くと沢沿いの場所があり、そこにカタクリの群生地があると、途中まで案内していただいたAさんに教えていただいた。 
 実は、Aさんは急用のため、帰らざるをえなくなったのだということで、そこからは私一人で現地に向かうことになった。 

 しばらく進むと、カタクリの群生地が見えてきた。先の2台の車でやってきたと思しき男性が2名、満開のカタクリの花の中のひとつにレンズを向け、じっとシャッターチャンスを待っていた。挨拶の声をかけようかとしばらく待っていたが、二人は微動だにせず、じっとカメラを構えたまま動かない。

 こちらからは、カタクリの花に止まるヒメギフチョウの姿を確認することはできなかったが、二人は辛抱強くいいアングルでの撮影チャンスを待っているようであった。

 ヒメギフチョウは私が立って居る沢の手前側にも飛んできていた。私は一旦その場所を離れ、車に残してきた妻を呼びに駐車場所に戻った。妻は、このところ山道を歩くことが苦手になっていて、車で待っているからと言って残っていたのであったが、もともとチョウ好きで、私より余程詳しいくらいなので、この機会を逃すことはないと説得し、一緒にカタクリの咲く場所に戻った。

 この時、駐車場には新たに2台の車が来ていて、Aさんの姿はすでになかった。2台の車からは4人の、やはりヒメギフチョウがお目当ての男女4名が下りてきた。

 話を聞いてみると、男性2人は地元の人で、倒木の処理や下草刈りなどを行い、この場所周辺の手入れを行っているのだという。残りの男女は、私と同様軽井沢からきていて、先の二人の案内で初めてここに来たとのことであった。

 再び現地に着くと、先程の2人のカメラマンはそれぞれ別の場所に移動していたので、我々も沢を渡り、カタクリの咲く場所に入って行った。

 ヒメギフチョウは数頭が周辺を飛び回っていて、時々地上に下りて止まったかと思うと、すぐまた飛び立つということを繰り返していたが、やがて私のすぐ前のカタクリに止まって吸蜜を始め、待ち構えていた私はすぐ撮影をすることができた。

カタクリの花で吸蜜するヒメギフチョウ(2022.4.13 撮影)


吸蜜後カタクリの花から飛び立つヒメギフチョウ(2022.4.13 撮影)

 その後、別の個体がカタクリの花で吸蜜したが、この時は反対側を向いて咲いている花に止まったので、ヒメギフチョウの姿は花に隠れて、ほとんど見えない状態であった。


吸蜜中のヒメギフチョウ(2022.4.13 撮影)

 じばらく撮影チャンスを窺っていたが、この日はなかなかカタクリの花に止まることが無かったので、地上に降りて開翅してとまっているところを撮影し、約1時間ほどでこの場を離れることにした。

カタクリの群生地を飛翔するヒメギフチョウ(2022.4.13 撮影 )

 ところで、ヒメギフチョウとギフチョウの違いは図鑑などで見て知っていたので理解していたが、ヒメギフチョウの雌雄の差はよく判らないでいた。現地で飛びまわっている時には、雌雄の区別はまずわからない。

 この日撮影に来ていた地元の方は、飛び方でも分るのだといっていたが、慣れない私には無理で、撮影した写真を見て、後から判断することになる。

 「フィールドガイド・日本のチョウ」(日本チョウ類保全協会編 2013年 誠文堂新光社発行)によると、「ギフチョウも、ヒメギフチョウも、♂♀の斑紋は共通であるが、♀は♂より翅形に丸みがあり、胸部と腹部の長毛が少ない」とある。

 この判定基準に従って、今回撮影した写真を見ると、この日のヒメギフチョウはすべて♂と思われた。カタクリで吸蜜しているところでは、微妙な判断になるが、地上で開翅している写真からそのように識別した。


地上に止まるヒメギフチョウ♂(2022.4.13 撮影)

 ヒメギフチョウに出会うのは、実は今回が2回目であった。以前、青木村にある「信州昆虫資料館」に出かけた時に、偶然建物脇の茂みに2頭のヒメギフチョウを見つけて、撮影したことがあった。

 後で判ったことであるが、このヒメギフチョウは信州昆虫資料館で飼育していたものを放したものということで、自然の中での観察・撮影ということではなかった。

 この時は外気温がまだ低く、2頭は飛び立つことができず、長時間シバザクラの周囲を這いまわっていたので、たくさんの写真を撮ることができ、改めて見なおしてみると、♂と♀であった事がわかった。次のようである。

2頭のヒメギフチョウ(2014.4.28 撮影)

ヒメギフチョウ♀(2014.4.28 撮影)

ヒメギフチョウ♂(2014.4.28 撮影)

 そこで、Aさんに案内していただいた今回の場所で、♀の姿と、できれば産卵シーンを見てみたいと思い、その後2回現地に足を運んだ。ここには、カタクリに混じってヒメギフチョウの食草ウスバサイシンも見られたからである。

 2回目は、現地に朝8時半ころに着いたが、外気温は3℃と放射冷却のためか低く、日が昇りヒメギフチョウが活動を始めるまで、しばらく待たなければならなかった。

 ようやく姿を見せたヒメギフチョウが弱々しく飛び、足元のオオタチツボスミレの花にとまり吸蜜を始めた。先に学習した特徴から、この個体は♀と判定した。


オオタチツボスミレで吸蜜するヒメギフチョウ♀(2022.4.17 撮影)

 すぐ横には、ウスバサイシンの若い株があり、一枚の葉を裏返してみるとすでに卵が産みつけられていた。


ウスバサイシンの葉裏に産みつけられた卵(2022.4.17 撮影)

 しばらくすると、中年男性のカメラマンが2人観察・撮影にやってきた。一人は先日もきていた地元の方であり、もう一人の男性を案内してきたようであった。この地元の方から、より大きく成長したウスバサイシン株の葉裏に卵塊があると教えていただいた。この場所で、産卵シーンを目撃できる期待はさらに膨らんだ。ただ、この日はショップの仕事があり、2人を残して先に引き上げた。 

 次のショップの定休日には、やはり朝9時ごろに現地に到着して、しばらくの間ポツポツと姿を見せるヒメギフチョウを撮影していたところ、中に交尾嚢のついた♀の姿があった。


交尾嚢がみられるヒメギフチョウ♀(2022.4.20 撮影)

 カタクリの花にやってくる、ルリシジミ、ミヤマセセリ、スジボソヤマキチョウなどの撮影をしていたり、ウスバサイシンの葉裏に産みつけられたヒメギフチョウの卵を確認したりしていると、後からもう1人のカメラマンが加わった。

 埼玉県から来たというこの方は、この場所のことには詳しく、当然チョウ全般のことも精通している方であった。

 卵は見つかりますかと聞かれたので、ウスバサイシンの株の1つに案内すると、「産卵してから、もうだいぶ日が過ぎていますね」という。どうしてわかるのですか、色で見わけるのですかと質問すると、「卵の間隔が広くなっているので判りますよ」との返事。

 つまり、産卵後にウスバサイシンの葉が大きく成長するので、それにつれて、ヒメギフチョウの卵の間隔が開いていくので判るのだという。なるほど!と膝を打ったのであった。

 また、この方から聞いたところによると、ヒメギフチョウの♀は、驚かせたりすると産卵行動はとらないので、静かに見守る必要があるのだという。その代わり、一旦産卵行動に入ると、途中でやめてしまう事はないとのことであった。

 そんな話をしていると、1頭のヒメギフチョウが舞い降りてきて、カタクリの咲く中をゆっくりと飛び始め、ウスバサイシンの葉にも止まるようすを見せた。♀のようであった。そうして、いくつかのウスバサイシンの株を吟味してから、中の一つに止まり、産卵行動をとり始めた。


ヒメギフチョウの産卵(2022.4.20 撮影)

 その場にいた男性陣が見守る中、ヒメギフチョウ♀は次々と産卵し、12分ほどして飛び去った後の葉裏には、18個の卵が産みつけられているのが確認できた。確かに産卵直後の卵は互いに接触するようにして産み付けられていることが判る。


ウスバサイシンの葉裏に産みつけられたヒメギフチョウの卵(2022.4.20 撮影)

 日本に生息するギフチョウの仲間は2種で、大きく2つの地域に分かれて生息している。西/南にはギフチョウが、東/北にはヒメギフチョウが生息していて、その境界は「リュードルフィアライン」と呼ばれている。リュードルフィアとはギフチョウの属名である。尚、北海道には亜種エゾヒメギフチョウが生息していて、図示すると次のようである。


ギフチョウの生息域とリュードルフィアライン(図は、複数の情報を参考に筆者作成)

 リュードルフィアラインは、両種とも分布しない空白地帯とされているが、全国には数箇所、リュードルフィアライン上に両種が混生する地域のあることが確認されている。この貴重な混生地では、両種の雑種も確認されている。
 
 多くのチョウが生息している軽井沢は、リュードルフィアラインの位置との関係からはヒメギフチョウの生息区域ということになるが、実際にはヒメギフチョウは生息していない。すぐれた写真集「軽井沢の蝶」(栗岩竜雄著 2015年 ほおずき書籍発行)では、高山蝶を含む129種を紹介しているが、当然ながらヒメギフチョウは収録されていない。

 信州 浅間山麓と東信の蝶(鳩山邦夫・小川原辰雄 著 2014年 信州昆虫資料館発行)には、ヒメギフチョウの採集・目撃記録が記されているが、その中にも軽井沢での記録はなく、近隣では下記地名が見られるのみである。

 ・上田市、上田市真田町、小県郡青木村、東御市、小諸市、佐久市、南佐久郡南牧村、北佐久郡立科町 
 
 少し古い資料になるが、「軽井澤の蝶と蜻蛉」〈再復刻版〉(土屋長久 編著 1998年 ほおずき書籍発行、軽井沢図書館所蔵)には「長野県北佐久郡のヒメギフチョウ」(荻村邦武、土屋長久、清水 明)と題された報告が記載されていて、その中に、軽井沢町内にあるヒメギフチョウの食草ウスバサイシンの生育地に、幼虫を放した例が報告されている。一部を引用すると次のように書かれている。
 「〇 ヒメギフチョウ Luehdorfia puziloi inexpecta SHELJUZHKO 
  は東信地方で『太郎山』が古くから産地として知られてきた。千曲川沿岸以北の上田市太郎山
  山麓を含む角間沢、烏帽子岳など、以南の別所、独鈷山、武石、高原地の霧ヶ峰(車山)など
  の分布状態から佐久地方にも棲息地があってもよいと私達は考えてきました。・・・
  〇 北佐久地方で最初に記載されたのは、丸毛(1928)による、小諸市布引山である。・・・
  その後布引山(880m)、閼伽流山(1000m)が産地として知られて、現在では生息をみない
  とも聞かれているが、1952年頃までは採集されていたようである。
   食草であるウマノスズクサ科のウスバサイシン Aristolochia Sieboldi Mtg. の分布は、立科
  山麓、小諸市布引山、平尾山麓でもある閼伽流山、八風山麓、小諸市軽石、その他の地にかな
  り局所分布を示し、ヒメギフチョウの生息の可能性も多い。・・・
  〇 軽井沢周辺では1954年~1959年まで荻村が当時の軽井沢中学昆虫クラブで・・・多く
  の方々と調査にあたり、1963年以来清水が軽井沢中学校昆虫クラブで報告しているが、上信国
  境の碓氷山系、八風山の平尾山系、及び浅間連峰の諸山系からは採集されなかった。
   又故ポール・ジャクレイ氏(当時軽井沢在住)のコレクションのヒメギフチョウ標本はいず
  れも上田市太郎山産のものであった。
   そこで土屋による1962年6月に八風山麓のウスバサイシン群落へ幼虫が棲みつくかはなして
  みたのである。上田市独鈷山山麓で、学友関口忠雄君が1962年5月13日卵30個を採集飼育し、
  3~4齢に成育した19頭をウスバサイシンの株数の多いものに2頭づつはなした。・・・
   翌年5月12日・20日 当所を踏査したがみあたらず、ヒメギフチョウが発生したか、いない
  かについて、以後追分の蝶採集家の古い歴史を有する小林繁太郎氏も、軽井沢町内はもとより
  八風山付近ではみられないとしている。・・・
  〇 八風山採集ノート(1962年5月20日)
   ・・・次の日、中腹のウスバサイシンの葉上を全部調査したが、ヒメギフチョウの卵はみら
  れなかった。神津牧場にヒメギフチョウが分布していることから、もしやと思ったが、山麓近
  くではヒメギフチョウの成虫もみられなかった。・・・
  〇 ヒメギフチョウの盛飛行をみるのは、ほぼサクラの満開の頃のようであるが、軽井沢周
  辺に自生しているサクラ類にはミヤマザクラ、シオリザクラ、イヌザクラ、ウスミズザクラ
  、ケヤマザクラ、チョウジザクラなどあり、軽井沢では満開になるのは、いずれも5月中旬~
  下旬で、1963年度では八風山麓では5月12日がヤマザクラ類のほぼ八分咲きであった。
   上信国境でもある佐久地方は碓氷山系にも接し、自然相は生育上興味あるものである。
   又南佐久郡は、いわゆるリュードルフィアラインに近く、ヒメギフチョウの分布もかなり多
  いのではあるまいかと思われて、軽井沢を中心に述べてきたが、今後佐久地方において、本種
  及び、その他の昆虫研究が発展されていくことを願い、又、本種の南佐久郡における調査の現
  状は、次の機会にゆずりたい。」

 このように、ウスバサイシンの生育地はあっても、軽井沢にはヒメギフチョウの生息地は見つかっていない。今回観察・撮影したように、すぐそばに生息地もあることから、私もまたなぜ軽井沢にヒメギフチョウが生息できないのか、不思議に思うし、ぜひ軽井沢産のヒメギフチョウを見たいものと思っているのであるが。

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