学生時代に読んだ物理に関する本の中で、今でも印象深い本の一つが「ファインマン物理学」(1968年 岩波書店発行)である。全5巻のこのシリーズのⅡが「光 熱 波動」に関するもので、大学の授業で学ぶものとはまた一味違った解説がされていて、興味深く読んだ覚えがある。
その中に、「偏光」についての記述があって、この時はじめて偏光についてきちんと理解したように思う。企業に就職し、当時揺籃期にあった液晶ディスプレイの開発に従事することになったが、この液晶ディスプレイは偏光板の働きで、液晶の示す動きを目で見えるようにしたものである。
その後、職場を移り、一旦は液晶ディスプレイから離れることになったが、新たな職場では、すぐに3D・立体テレビ開発への取り組みがスタートし、偏光メガネを利用したシステムの開発を行うことになった。考えてみると、仕事の面では、偏光に始まり偏光に終わる会社生活であったことになる。
さて、先のファインマン物理学の「偏光子」の項に、次のような記述があって、今でも記憶に残っている。この実験は、ヘラパタイト(沃素と硫酸キニンの化合物)の小さな結晶の薄い層からできているポーラロイド偏光板を用いるという設定であるが、現在私たちが入手できる各種(直線)偏光板でももちろん同様である。
「・・・次のような実験を考えると、面白いパラドックスができる。2枚のポーラロイド板で、両者の軸が互いに垂直になっているとすると、光をあてても、通り抜けないことを知っている。ところがこの間に第三のポーラロイド板をおき。それの光を通す軸を、さきの二つの軸に対して45°の傾きをもたせると、ある程度光が通る。ポーラロイドの板は光を吸収するが、何物をも造りださないはずである。それなのに、第三のポーラロイド板をおくと、光が多く通るようになる。この現象の解析は諸君の練習問題としておこう。・・・」
図示すると、次のようなことを言っているのであるが、本の、このページには何の書き込みも見当たらないので、当時私が解答をだせたかどうかは今となっては判らない。
ファインマンが提示した3枚の偏光子によるパラドックス問題
次に、この本の「異常屈折」の項には次のような記述がある。
「・・・アイスランドに行った水夫が方解石(Iceland spar;CaCO3)の結晶をヨーロッパにもち帰った。この結晶はそれを通してものを見ると、二重に見える、つまり二つの像ができるという面白い性質をもっている。このことがホイゲンスの注意をひき、偏光の発見に重要な役を演ずることになった。・・・」
この異常屈折という現象は、複屈折をする結晶が起こす特殊な例で、上記のとおり方解石などで見られるものであるが、光軸すなわち非対称の分子の長い方の軸が結晶の表面(通常は劈開面)に平行でない場合におこる。
手元にあった、あまり品質がよくない方解石の結晶(25mm x 60mm x 30mm)でこれを再現してみると、次のようである(注:写真の「方解石・・・」の文字は液晶モニターに表示させているが、そのままでは画面からは直線偏光が出てきているので、これを1/4波長板で解消して撮影した)。
方解石の結晶が示す二重像(液晶パネルで文字を表示しているが、直線偏光を解消して使用している)
方解石の劈開面の一つから入射した光のうち、光軸と90度で交わる成分は直進するが、これと直交する成分の方は光軸の傾きに応じて屈折して、斜め方向に進む結果、2本に分かれることになる。方解石結晶を面内で回転させると、直進光はそのままであるが、屈折光の文字は同じ方向に回転する。写真では、下の文字が常光線によるもので、上が異常光線による。この様子は次の図のように説明される。
複屈折をする結晶内を通る常光線と異常光線の経路
アイスランドで水夫が見つけたという、この方解石には別な話がある。それはバイキングの伝説として知られているという。
古代スカンジナビアの海洋民、すなわちバイキングたちは、今から1000年以上前、羅針盤などまだ発明されていなかった頃、故郷のスカンジナビア地方からアイスランドやグリーンランドへ向かって進み、さらに何千キロをも航海し、クリストファー・コロンブス(Christopher Columbus)に数世紀先駆けて北米にも到達していた可能性が高いといわれている。
この船乗りたちが、陸の目印や、潮流や波に関する深い知識を駆使し、太陽や星の位置を読み取りながら航海していた証拠はある。しかし、彼らがどのようにして、霧や雲に覆われやすい高緯度の北半球で長距離を旅することができたのかはこれまで謎のままだったようだ。
これに関して、2011年に、仏レンヌ大学(University of Rennes)のギー・ロパール(Guy Ropars)氏率いる国際研究チームが、実験的証拠と理論的証拠を集め、その答えを見つけたと発表している(http://www.afpbb.com/articles/-/2838887;バイキングの伝説の石「サンストーン」、実際の航海に使用 2011年11月4日)。
それによると、バイキングたちは上記の方解石(カルサイト)の結晶を使い、太陽の方角を誤差1度以内という正確さで把握していたという。
その仕組みは次のように説明されている。「カルサイトの上部に点印をつけ、下からカルサイトを通してその印を眺めると、印はふたつあるように見える。次に、ふたつの印の濃さや暗さがまったく同じに見えるところまで、結晶を回転させる。それらが同じになった角度の時、上を向いている面が太陽の方向を指している。薄明の状態でも誤差は2、3度という精度が得られる・・・バイキングたちは隠れた太陽の方向を正確に見極めることができただろう(ロパール氏)」。
バイキングが採用していたとされるこの方法は経験に基づいたもので、彼らが雲を通して地球に届く太陽の光が方角により偏光になっていると理解していたわけではもちろんない。
この点について、再びファインマンの本の説明をみてみよう。「散乱光の偏り」の項である。
「・・・空に輝く太陽からの光線をとりあげてみよう。この光の電場は空中の電荷を振動させ、この電荷の運動は、その振動方向に垂直な平面内で極大の強さをもつような光を輻射する。太陽からくる光は偏らず、偏りの方向は絶えず変化し、空気中の電荷の振動の方向も絶えず変わっていく。もし90°だけ散乱した光を考えると、荷電粒子の振動は、振動が観察者の視線の方向に垂直になるときだけ、観察者の方に光を送る。このとき光は振動の方向に偏っている。このように散乱は偏光をつくる一つの手段になっている。」
太陽から、直接我々の目に届く光は偏光ではない。一方、大気で散乱され我々の目に届く光は一定の方向に偏った光、偏光になっている。バイキングが行っていたとされる方法は、この散乱現象と、方解石が二重像をつくりだすという性質を巧みに利用した方法であるといえる。
バイキングが用いたという、方解石の一つの面に印をつけて、これをもう一方の面から眺めてみるやりかたを、再現すると次のようである。背景の光が偏りのないものであると、方解石を面内で回転させても、印の黒さ(明るさ)には変化がない。しかし、背景の光が直線偏光の場合には、方解石を回転させると二重の像の黒さは順次変化し、ある角度では一方の印は消えてしまう。われわれが実際に目にする空からの光は部分的に偏光状態にあるので、この実験の中間の状態が観察されることになる。そして、方解石の印をつけた面を、正しく(雲に隠れた)太陽の方向に向けたときに、二つの印は方解石をいくら回転させても、同じ黒さに見える。
偏りのない光源に方解石をかざした場合、方解石を回転させても、印の黒さには変化がない
横方向の直線偏光を光源とした場合、方解石の角度により印の黒さが変化し、一方が完全に消える角度がある
方解石のこの不思議な性質は、ホイゲンスだけではなく何人もの物理学者に光の本質についての示唆を与えたようである。そして、ついに、エティエンヌ=ルイ・マリュス(Etienne-Louis Malus ,1775.7.23-1812.2.24)は反射光の偏光についてのマリュスの法則を発見した(ウィキペディア)。
その発見時の様子は、偏光に関するウェブサイト(http://www.polarization.com/history/history.html)に次のように記されている。
「彼の最も重要な発見は、彼がパリの Rue d'Enfer にある彼のアパートでアイスランドスパー(方解石)の結晶で遊んでいたときに訪れた。彼は通りを隔てた Luxemburg Palace の窓からの、沈んでいく太陽の反射光を見ていて、方解石の結晶を回転させるときにどのように強度が変化しているかに気づいた (太陽のイメージは、反射により部分的に偏りをもっていた)。彼はその後、さらにいくつかの実験を行い、光を偏らせる性質は、非常に特別な結晶に限られているのではなく、透明・不透明を問わず、ごくありふれた、普通の物質からの反射光に見いだせることを知った。」
ガラスの表面で光が反射する時に、偏光が生まれていた。
またここで、ファインマンに登場していただく。
「偏光の最も興味ある例の一つは、複雑な結晶やむずかしい物質に関するものではなく、最も簡単な最もなじみの深い現象に関するものである。それは表面からの反射である。光がガラスの表面で反射するとき、諸君が信じようと信じまいと、反射光は偏るのである。その物理的説明は極めて簡単である。光が表面から反射するとき、もし反射光線と物質中の屈折光線との間の角が直角になるなら、反射光は完全に偏るということが、実験的にブルースターにより発見された。・・・」
最後に、ファインマンについて記しておく。
「リチャード・フィリップス・ファインマン(Richard Phillips Feynman, 1918.5.11 - 1988.2.15)は、アメリカ合衆国出身の物理学者。1965年、量子電磁力学の発展に大きく寄与したことにより、ジュリアン・S・シュウィンガーや朝永振一郎とともにノーベル物理学賞を共同受賞している。
カリフォルニア工科大学時代の講義内容をもとにした物理学の教科書『ファインマン物理学』は、1961 - 1963年にファインマンがカリフォルニア工科大学で行なった講義の内容をもとにして、ロバート・B・レイトン、マシュー・サンズと共に構成した物理学の教科書である。大学初年度レベルの物理学の入門書という位置付けながら、随所に物理法則に対する深い見方が示され専門家からの評価も高い。原書は3分冊である。また、『ご冗談でしょう、ファインマンさん』などユーモラスな逸話集も好評を博している。生涯を通し、抜群の人気を誇っていた。(ウィキペディアからの抜粋)」