室橋裕和氏と辰巳出版に告げる:
件名に掲げたような題名の本を、室橋裕和氏が辰巳出版から上梓したそうだ。内容を週刊誌の紹介記事で見る限りでは「新宿区百人町/大久保界隈」の探訪記事のようである。この辺りの劣化振りを採り上げて頂けたのならば大変結構だが、不満に思うことが幾つかある。
先ずは「新大久保」と銘打ったことだ。私はこの問題をこれまでに何度採り上げたか分からない。ここには「新大久保」という地名は存在しない。紹介の記事を読んだ限りでは明らかに百人町と主に山手線の内側になる大久保のKoreatownを探訪されたようだ。イスラム横町と呼ばれている僅かの距離の所は、百人町の一角である。どうやら山手線の新大久保駅と中央線(総武線)の大久保駅と二つある事は採り上げられたようだが、何が故に「新大久保」としたかは不可解だ。テレビ局の呼称に阿ったのか。不見識だ。
紹介された内容を見ると、この街に32年も住んでその変化、即ち劣化と言うか勝手にやってきた異邦人どもに悪化させられた状況を具に見てきた私が、毎月採り上げてこのブログで論じてきたことばかりで、今更気が付いたように出版されても、何とも言いようがないのだ。私はこの街の変化を「不用意に外国人を無制限に入れて聞こえが良い国際化などを進めると、このような悲惨な状態になる。その国際化が行き着く先だろう状態を現時点で示しているのかこの界隈である」と指摘してきた。「外部から来た者に何が分かるのか」と不愉快だ。
現在のアメリカを見てみよ。嘗ては少数民族(minority)と呼ばれた合法と非合法の移民の大量の流入で、遠からぬ将来に白人が少数民族になってしまうと言われているではないか。どれほど下層階級が増えたかは専門家の解説を待つまでもなく明らかだ。トランプ大統領の支持層にはそういう連中が多いのも周知の事実だ。現に、アメリかでは少数民族をminoritiesと複数で表している。そのような多民族国家の縮図のように劣化したのがこの街だ。著者は政府の無定見を批判してあるのだろうか。
私なら出来ることで、雇われのバングラデッシュ人が店番をしている外見は八百屋で実体はハラルフードを商う店で、彼に英語で尋ねた見た。「このような物価が高い国にやって来て、自分の国とどちらが暮らしやすいか」と、世界の最貧国の一つであると承知して尋ねてみた。彼らは国策で外国に押し出されてきて、我が国を食い物にしている輩だ。答えは「ここの方が物価は高いが、治安も良く清潔で暮らしやすい」とほざいた。辰巳氏はこの街に外国送金の店舗が雨後の筍の如くに増えた理由を当たったのかと言いたい。
憤懣やるかたない思いだが、この辺りで良いだろう。外部から来て一寸見れば興味深い街かも知れない。だが、劣化と悪化と望まざる国際化に曝されている同胞の思いに少しでも触れているのだろうか。知ったかぶりをするなと言いたいのだ。何度も紹介したが、老化して動きもままならぬ私との懇談の為に、この街に何度も来て下さった某大学の教授は「もうこの街の異常さに馴れました。だが、その異常さを感じなくなった自分が怖いです」と言われた。本を出すのならば、そこまでの底の深い探訪をしてから書けと言って終わる。
件名に掲げたような題名の本を、室橋裕和氏が辰巳出版から上梓したそうだ。内容を週刊誌の紹介記事で見る限りでは「新宿区百人町/大久保界隈」の探訪記事のようである。この辺りの劣化振りを採り上げて頂けたのならば大変結構だが、不満に思うことが幾つかある。
先ずは「新大久保」と銘打ったことだ。私はこの問題をこれまでに何度採り上げたか分からない。ここには「新大久保」という地名は存在しない。紹介の記事を読んだ限りでは明らかに百人町と主に山手線の内側になる大久保のKoreatownを探訪されたようだ。イスラム横町と呼ばれている僅かの距離の所は、百人町の一角である。どうやら山手線の新大久保駅と中央線(総武線)の大久保駅と二つある事は採り上げられたようだが、何が故に「新大久保」としたかは不可解だ。テレビ局の呼称に阿ったのか。不見識だ。
紹介された内容を見ると、この街に32年も住んでその変化、即ち劣化と言うか勝手にやってきた異邦人どもに悪化させられた状況を具に見てきた私が、毎月採り上げてこのブログで論じてきたことばかりで、今更気が付いたように出版されても、何とも言いようがないのだ。私はこの街の変化を「不用意に外国人を無制限に入れて聞こえが良い国際化などを進めると、このような悲惨な状態になる。その国際化が行き着く先だろう状態を現時点で示しているのかこの界隈である」と指摘してきた。「外部から来た者に何が分かるのか」と不愉快だ。
現在のアメリカを見てみよ。嘗ては少数民族(minority)と呼ばれた合法と非合法の移民の大量の流入で、遠からぬ将来に白人が少数民族になってしまうと言われているではないか。どれほど下層階級が増えたかは専門家の解説を待つまでもなく明らかだ。トランプ大統領の支持層にはそういう連中が多いのも周知の事実だ。現に、アメリかでは少数民族をminoritiesと複数で表している。そのような多民族国家の縮図のように劣化したのがこの街だ。著者は政府の無定見を批判してあるのだろうか。
私なら出来ることで、雇われのバングラデッシュ人が店番をしている外見は八百屋で実体はハラルフードを商う店で、彼に英語で尋ねた見た。「このような物価が高い国にやって来て、自分の国とどちらが暮らしやすいか」と、世界の最貧国の一つであると承知して尋ねてみた。彼らは国策で外国に押し出されてきて、我が国を食い物にしている輩だ。答えは「ここの方が物価は高いが、治安も良く清潔で暮らしやすい」とほざいた。辰巳氏はこの街に外国送金の店舗が雨後の筍の如くに増えた理由を当たったのかと言いたい。
憤懣やるかたない思いだが、この辺りで良いだろう。外部から来て一寸見れば興味深い街かも知れない。だが、劣化と悪化と望まざる国際化に曝されている同胞の思いに少しでも触れているのだろうか。知ったかぶりをするなと言いたいのだ。何度も紹介したが、老化して動きもままならぬ私との懇談の為に、この街に何度も来て下さった某大学の教授は「もうこの街の異常さに馴れました。だが、その異常さを感じなくなった自分が怖いです」と言われた。本を出すのならば、そこまでの底の深い探訪をしてから書けと言って終わる。