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新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

本日は「ささやき」である。

2025-07-22 08:20:26 | コラム
夏に思うこと:

海水浴:
危険な楽しみだと認識して遊びに行く方が良いと信じている。昭和16年(1941年)から藤沢市鵠沼に病弱な小学校3年の子供にとって良き環境を求めて、転地療養で短期間だったはずの移転をした。そこで、ごく自然に海水浴に出かけるようになった。地元の人たちは「海」に慣れているはずだが、その鵠沼海岸でも度々水死体を見るようになった。結論を言えば「海水浴は危険な遊び」と知るようになった。そう言う理由を幾つか挙げておこう。

先ずは「潮の流れ」は怖いのだと認識すべきなのだ。鵠沼の海は潮の引きが強いので、一寸泳げばスイスイと沖の方に進むし、海面下の「引き」を知らずに波を避けて潜ると、何時の間にか足が立たない沖の方に引っ張られてしまうようになって、何度も慌てた。しかもその潮の流れは西の辻堂の方に向かっているので、気が付けば自分たちが立てたパラソルが見えなくなるほど流されていたのだ。ここで、潮の流れに逆らって泳ぐのも、浜に上がろうとするのも非常に困難だった。要するに危険な点が多いという事。

次は「海底がどうなっているか」などは見える訳が無いと言うこと。海岸という所では、いきなり「ドン」と深くなって、足が海底に届かなくなるものだと心得ておく必要がある。沖まで気持ち良く進んで、潮の流れ(引き)に逆らって何とか戻ってきて、さて立って歩こうかと思えば、その深みにはまって藻掻き苦しんだこともあった。ここで力尽きれば、命の危険が生じる事すらある。

最後は「君子危うきに近寄らず」である。1974年4月にフロリダの大西洋岸のクラブで当時所属していたMead社のパルプの部会に参加したときのこと。生涯に2度と来ることはあるまいかと、大西洋岸での海水浴と洒落込んでみた。快適だったが、鵠沼海岸と同様に水面下の潮の引きが強くて流されるのだった。そこで、波打ち際の水遊びに切り替えて、大袈裟に言えば「難を免れた」のだった。

個人的には「海水浴は楽しめても、あの海水に含まれている塩分の為だと思うが、体がベタベタになるのが気持ち悪かった」のだ。そこで、鵠沼海岸では手前に設けられていた藤沢市営の真水のプールで遊ぶことが多くなっていった。ここならば監視員もいて危険がないし、ベタベタにもならないし、シャワーの設備もあったのだ。

かき氷:
当方は「危険なもの」という時代に育った。多くのテレビ局は現在の異常としか言えない酷暑到来の前から、涼を求める人たちが「かき氷」に群がる状態を、これでもかと言わんばかりに特集するのだった。当方は「これは欺瞞ではないか」と疑っている。即ち、その場では少し冷えても、外に出て外気に触れれば「元の木阿弥」だから。それに、酷暑で弱った体と胃を急速に刺激して良いのかと案じている。塩分の補給が先ではないのか。

顧みれば、私が育った戦前には、「かき氷」とは非衛生的な食べ物?と言うか飲み物であると認識されていたと記憶している。当時の氷は現在のような製法ではなく、その用途も現在のように電気で動くのではなかった冷蔵庫の上の方に入れて冷やす為のものだった。だから、私は「おなかを壊すから食べることはまかり成らぬ」と言って禁じられて育った。

しかも、当時は現在のように多種多様のトッピングなのか何だか知らないが、色々と工夫を凝らして味付けなどされず、精々イチゴかクリーム味くらいしかなかった。何れにせよ、私には馴染みが殆どない清涼飲料的な食べ物だったし、今ではもう70か80年ほどは手を出したことがない。現在の氷は清潔だろうが、テレビ局の連中には「おなかを壊した世代」がいないのだろうと思ってみている。いや、単純に衛生観念が変わった時代になっただけかも。

ところで、石破さんも森山さんも選挙に三回も続けてまけても、猛暑に遭っても、胃にも頭にも影響がないようになるべく育てられたのだろうか。

7月21日 その2 少し気懸かりな話題

2025-07-21 14:19:46 | コラム

独居の高齢者が起こした問題:


つい先頃、一寸厄介な問題になるのかなと思わせられる事件の話を聞いた。それは、都内の所謂タワマンの中層階での深夜の出来事。管理事務所に火災発生の警報があったので、警備員が直ちに急行したとか。彼は1号室から順繰りにインターフォンを鳴らし、ドアを叩きまくって住人を起こしたのだそうだ。棟内には警報音が鳴り響いていたにも拘わらず、一戸だけ何としても起きない住人がいたそうだ。


そこで、その階の住人全員が協力して大声で起こしにかかり、ドアを叩きまくって開けさせた。警備員が消火器を持って飛び込んで、消防車が到着する前にスプリンクラーが散水する前のボヤの段階で消火したそうだ。問題はここからで、そこの高齢の住人は何が起きたのか解っておらず、火事を起こした原因も認識できていなかったとのこと。間もなく警察も到着して、その高齢の住人は認知症だったと判明したそうだ。


この話を伝えてくれた人からは「このような事案以外にも、高齢者が独居する世帯では、対応が難しい事案が発生する危険性が高いのだ。故に、高齢者の一人暮らしが敬遠されるのだ。しかも、今や我が国では独居の高齢者は何千何万人にも達している時代だ」と、補足説明された。独居だけなら兎も角、認知症に罹っておられる高齢者は他にもおられるのではないかと言いたかったようだ、92歳の誰かの顔を見ながら。


ここまで来て、漸くお分かり頂ければ幸甚だが、本稿の肝心なところは、高齢者の一人暮らしにはこのような問題が生じる危険性がある点なのだ。非常に大雑把な言い方になるが、この辺りに高齢化した(「高齢化しつつある」か)社会に潜む新たな問題点があるのではないかという話だった。タワーマンションに問題が潜んでいると言っているのではない、念の為。


21日の朝は「つぶやく」のではなく「ぼやこうか」と

2025-07-21 06:05:19 | コラム
関税交渉中の政権を変える訳には行かない:

森山幹事長は見出しのように陳腐な事を言って「石破政権擁護論」を展開した。こう言うしかなかったのだろうが、ご自身の幹事長としての責任は何処に行ったのだろうか。上役なのだろう石破総理総裁も、昨夜の時点で「責任があるのだから辞めない」という意味のことを言う状態。

実は、投票日前に言及することは避けていたが、世論という名のマスコミ論調では「如何にも石破政権の惨敗が目の前にあるかのよう」だった。だが、私はこの論調が存続の危機に瀕するだろう石破首相に同情する有権者が増えて、微妙なところにまで持ち込むだろうし、石破総理総裁は二度あることは三度あるで、選挙の結果の責任を取って辞めるとは言うまいと読んでいた。

本音を言えば、得意の「閃き」では「石破茂氏の暗い表情を見ないでも住む日が来るのかも知れないが、その確率は高くないだろう」と来ていたのだった。少なくとも、本21日の午前5時57分の時点では当たっているようなのだと、ぼやいているところ。関税交渉の最中と言うが、未だ首相自らがトランプ大統領にねじ込みに行かれた訳ではないのではないか。森山幹事長も屁理屈を言っているのではないか。

7月20日 その3 赤沢大臣のアポイント無し訪問の報道に思う

2025-07-20 13:36:46 | コラム
「こういう事もあるのではないのか」と推理した:

そんな事があるのかと、とても考えがたい驚愕的な報道だった。我が親愛なるマスコミは「ベセント財務長官が如何にも良心的な人物であるかのように報じるし、ベセント氏そのものも穏健で親しみやすいかのような風貌のようにも見える。だが、本当にそうだったのならば、現地にまで来ておられる赤沢大臣と喩え約束がなくても、会談を避けるような態度を取る事があるのだろうか等々、色々と推察してみた。

最も甘く考えるシナリオは「ベセント長官は赤沢大臣の熱意に突き動かされ、要求通りに譲歩することで同盟国間の好関係を維持すべきかと考えるに至った。だが、彼には譲歩する権限(authorityで良いだろう)など与えられておらず、忠誠を誓ったボスのトランプ大統領に譲歩論を持ち上げられる立場にはないと、哀しいほど解っている」のだろう。故に、これ以上の赤沢氏との接触を回避しようとしたのでは。

悪いシナリオは「トランプ大統領に赤沢大臣と時間の無駄だとしか見えない会談を重ねて、日本側に希望を持たせるな。これ以上に会談を続ければ、君のjob securityの問題にするぞ」と告知されたのではないかという辺りだ。即ち、トランプ大統領は日本の硬い態度とベセント財務長官の弱さに、不満足感を抱いているのかもと見えるのだ。脆いと見込んだ日本を崩せず、面子を失うことを怖れているだけ。

私は根本的にトランプ大統領のtariffs作戦は国際貿易慣行についての無知と、法の曲解に基づいて、諸外国を不当に圧迫する誤った政策であると認識している。故に、赤沢大臣の努力を評価して差し上げて成功を祈るべきだと考えているのだ。

7月20日 その2 「赤沢大臣はアポイントメントなしで赴かれていた」とか

2025-07-20 11:11:22 | コラム
何と言って評すべきかが解らなかった:

先ほどテレビのニュースで「赤沢大臣はアメリカ政府の代表者と関税の交渉に7回も行っておられたが、その際に必ずしも会うべき相手との面談の確認があったのではない」とか。そう聞いてみれば、前回の出張ではベセント財務長官とは会えずに電話となり、商務長官のみと会談されたと報じられたいことが理解できた。信じられないことだが。

私はアポイントメントを取ってあった方としか会わなかったし、約束がない儘に来訪された方を、非礼かも知れないと承知でも、お断りしたことはあった。ましてや、本部に出張する際には、事前に副社長の秘書に依頼してスケジュールを立てて、確認して貰うのが当たり前のことだった。それくらいの性質なのに、一国の政府代表者が確約なしにアメリカまで赴かれたとは、誤報だろうかと受け止めた。

間もなく、また赴かれるそうだが、羽田空港に到着される段階ではノー・コンファームド・アポイントメントになりそうな模様だとか。本当に、俄に信じがたい話だ。赤沢大臣がこれまでに7回もワシントンDCでの真剣な交渉に臨まれたのは、もしかして、度重なる訪問で何としても国難を回避しようとの意欲を示しただけだったのかとすら感じている。

アメリカ人、それもベセント財務長官は兎も角として、確固たる大統領としての信念で「MAGA」と「アメリカファースト」を強硬に推進さし、わが国との間に残る貿易赤字を「日本に蝕まれた」とまで極言されているトランプ大統領が究極の意志決定の権限をお持ちでは、赤沢大臣とその上司である石破首相の熱意を訪問回数で表現する作戦を多として、譲歩するだろうか。赤沢亮正大臣、一所懸命にお願いします。応援してます。