トランプ政権との関税交渉の合意を巡ってー果たしてどちらの勝利だったのか:
本23日の朝、「トランプ関税とは」と見直して掲載したその直ぐ後で、ジムでエアロバイクを漕ぎながら見た合意に到達というニュースには、正直な所を言えばやや落胆を禁じ得なかった。トランプ大統領が日本との貿易合意を発表し、関税を15%で妥結、日本がアメリカに80兆円(円換算)もの巨額投資を約束したという。確かに表面的には「大きな成果」だと言えるのかもしれない。だが、果たしてこの合意の本質はどこにあるのかを考える必要はないのか。
率直に感じたままを言えば、今回の交渉を主導した石破首相と赤沢大臣のタッグティームには「国際交渉ゲーム」の修羅場を踏んだような老練さが感じられないのが残念だった。「国家の将来に直結するような合意を、果たしてこのようなタイミングで、しかも明らかに求心力を失いつつある石破内閣が、あたかも既成事実のように結んでしまって良かったのか」という事。
アメリカ側から見れば、これは実に巧妙なタイミングだった。レームダック化したと言える石破政権は、国内的には「成果」を求めるあまり、交渉において譲歩を強いられやすい。しかも、その“後始末”は次の政権が背負えばよい、という暗黙の了解すら読み取れはしないか。まさに「政治的に弱い相手」と見て取った上で、最大限の譲歩を引き出す、典型的なトランプ流のディールだと言えないか。
さらに問題は、その“裏”にある。今回の合意が、安保・防衛協力、対中戦略における日本側のさらなる負担を暗黙のうちに含んでいる可能性は高いのでは。巨額投資の内訳も不透明であり、トランプ大統領の「アメリカが90%の利益を得る」との発言には、もはや皮肉すら感じさせる。
このような交渉の場において、政治家が「外交成果」を演出するために、将来の国益を担保していなければならない。外交とは見せかけではなく、長期的な戦略と経験に基づく冷静な交渉が要諦である。
私の目には、今回の合意は、どう贔屓目に見ても「アメリカの勝ち」のように見えるのは僻目か。願わくは次なる政権が、この合意の内容を充分に再検討し、必要であれば堂々と見直しを図る精神力をもって、可能な限り再交渉にでも持ち込んで貰えれば良いのだがと願っている。