いみじき絵師と
―偲ぶ帝の憂いは深く―
類稀なる 絵師描く
楊貴妃にして 容貌の
生気無かりし 止む無しか
大液池の 蓮花(顔)
未央宮なる 柳とぞ(眉)
称えられたる 容貌の
唐風衣装 纏いしの
麗し絵姿 ご覧ずも
心ここには あらずして
心惹かれる 優しさと
気高可愛げ 思い出し
花の色やの 鳥の声
譬えるものの あらばこそ
朝夕毎に 「比翼鳥
連理枝に」と 誓いしに
叶う無きかの 命とは
恨めしなるの 限りにて
庭に吹く風 虫の音が
いや更増して 迫る胸
帝御局上り 久しきに
無きのお過ごし 弘徽殿女御が
月愛で管弦遊び 為されしの
深夜と云うに 興じ声
醒め聞く帝 不愉快げを
帝この頃 お気持ちを
察し給える 女房輩
殿上人も 苦と聴く
弘徽殿女御性質の 傲慢の
帝嘆きも 知らぬ気と
無視為されしの 業なるを
聴くも耐えずと 月も入る
宮にても
涙曇らす
秋の月
浅茅の里で
澄むはずも無き
雲の上も
涙に曇る
秋の月
いかで澄むらむ
浅茅生の宿
桐壺更衣の実家を 思いつつ
掲げ灯火の 尽までと
帝臥せ無く お過ごしに
聞こえ来たるは 右近衛府の
宿直申しの 丑の刻
(巡回警護の名告り)(午前二時)
周囲憚り 寝御殿へも
帝微睡み 為さぬまま
【右近衛府】
近衛府(帝親衛軍)の一つ
起床為されの お思いは
「明くるも知らで」の 先の日々
先の怠り 政務
今も怠り 続くにて
食もからきし 進まずて
朝餉膳箸 形のみ
昼餉膳には 見向きすら
侍りし給仕 気の毒な
様子拝見つつに 嘆くのみ
お側仕えの 男女は
「嘆かわしやな 斯くなるも
前世宿縁 なりしかや
周囲の非難も 恨みをも
憚り無げに 斯の女人に
分別無しの 為され様
今また政務 怠りは
沙汰の限りや 嘆かわし」
ひそひそ声の 到りしは
またも唐土 斯くとぞに