【掲載日:平成21年9月16日】
銀も 金も玉も 何せむに 勝れる宝 子に及かめやも
【山梨県増穂町増穂小学校 犬養孝揮毫歌碑】
憶良は 説教をしていた
「そなたは 自分を偉いと お思いか
世に名を成すことが そんなに 大事か
なに? 老いた父母が 邪魔じゃと
そなたの生は 父母が 居たからではないのか
なに? 纏いつく妻や子が 疎ましいじゃと
癒され 慰めを得たことは なかったのか
なになに 自分が出世したらば
親孝行も思いのまま
妻子にも贅沢させられると 申すか
なんと 愚かな 身の程を 知りなされ」
憶良の前には 膝まづき 頭を垂れる もう一人の憶良がいる
父母を 見れば尊し 妻子見れば めぐし愛し
世の中は かくぞ道理 黐鳥の かからはしもよ 行方知らねば
《父母尊べ 妻や子を 可愛がるのは 当たり前 鬱陶しけども 世の定め》
穿沓を 脱き棄る如く 踏み脱きて 行くちふ人は
石木より 生り出し人か 汝が名告らさね
《ボロ沓棄るよに 世を捨てる 人のすること 違うやろ 何処の何奴や こらお前》
天へ行かば 汝がまにまに 地ならば 大君います
この照らす 日月の下は 天雲の 向伏す極み 谷蟆の さ渡る極み
聞し食す 国のまほらぞ かにかくに 欲しきまにまに 然にはあらじか
《一人よがりの 聖道 行きたいんなら 勝手にせ この世の中で 住み続け
お天道さんに 気に入られ 人の踏む道 望むなら 気まま勝手に するやない》
―山上憶良―〔巻五・八〇〇〕
ひきかたの 天路は遠し なほなほに 家に帰りて 業を為まさに
《聖道 遥かに遠い あきらめて さっさと帰って 仕事に励め》
―山上憶良―〔巻五・八〇一〕
憶良は 改めて 子を思う
瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ 何処より 来りしものそ
眼交に もとな懸りて 安眠し寝さぬ
《瓜を食うたら 思い出す 栗を食うても なおそうや どこから来たんか この子供
目ぇつぶっても 顔浮かぶ ゆっくり寝られん 気になって》
―山上憶良―〔巻五・八〇二〕
銀も 金も玉も 何せむに 勝れる宝 子に及かめやも
《金銀も 宝の玉も そんなもん なんぼのもんじゃ 子に勝てるかい》
―山上憶良―〔巻五・八〇三〕
うな垂れる憶良の肩を いま一人の憶良が叩く
〔嘉摩三部作の一、二〕