【掲載日:平成22年3月23日】
愛しと 我が思ふ心 速川の
塞きに塞くとも なほや崩えなむ
「お父さま 皇子様 とてもお優しいの」
「きっと あの『恋の奴の』お歌 但馬の皇女さまのこと 憚る隠れ蓑だと 思うの」
坂上郎女の言葉に 安麻呂は 安堵していた
暗転が襲う
和銅八年〈715〉
前年の安麻呂を追うかの如く 皇子は世を去る
しかし
皮肉にも 郎女の 恋の蕾は 一挙花開く
穂積皇子との 二年余りの生活
佐保大納言家での 深窓と打って変わり
宮廷中心の 社交世界
名家の才媛に 引く手数多の 妻問い
恋の遣り取りに 生まれ出る歌
言ふ言の 畏き国ぞ 紅の 色にな出でそ 思ひ死ぬとも
《噂する 人の言葉は 恐ろしで 本心隠しや なんぼ辛ろても》
―大伴坂上郎女―〈巻四・六八三〉
今は吾は 死なむよ我が背 生けりとも 我れに依るべしと 言ふといはなくに
《もううちは 死んで仕舞たる 生きてても あんたその気に ならへんさかい》
―大伴坂上郎女―〈巻四・六八四〉
人言を 繁みか君が 二鞘の 家を隔てて 恋ひつつをらむ
《人の口 うるさいよって 別々の 家に分かれて 恋い焦がれてる》
―大伴坂上郎女―〈巻四・六八五〉
このころは 千年や往きも 過ぎぬると 我れやしか思ふ 見まく欲りかも
《近頃は うち思うんや 千年も 逢うてへんなと ああ 逢いたいな》
―大伴坂上郎女―〈巻四・六八六〉
愛しと 我が思ふ心 速川の 塞きに塞くとも なほや崩えなむ
《あんたはん 恋しと思う うちの気持は 抑え付けても 溢れ出てくる》
―大伴坂上郎女―〈巻四・六八七〉
青山を 横ぎる雲の 著ろく 我れと咲まして 人に知らゆな
《うちの顔 じっと微笑み 見たあかん 他人に知れたら 困るよってに》
―大伴坂上郎女―〈巻四・六八八〉
海山も 隔たらなくに 何しかも 目言をだにも ここだ乏しき
《海や山 隔ててへんに 逢うことも 声掛かるんも 少ない違うか》
―大伴坂上郎女―〈巻四・六八九〉
丁々発止の 歌の行き交い
恋の駆け引きの 長ずるにつれ
郎女の 歌技も巧を増す
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