【掲載日:平成22年11月23日】
春の雨は いや頻降るに
梅の花 いまだ咲かなく いと若みかも
〈まだ 年端も行かぬに いかにも策略めく〉
亡き妻妾の忘れ形見の女児 当年九才
家持は ある尼を思い出していた
養育娘に 懸想男 尼への斟酌心での申出
手もすまに 植ゑし萩にや 却りては 見れども飽かず 情尽さむ
《手ぇ掛けて 育てた萩花は 愛でるより 散りはせんかと 気ィ揉むだけか》
―作者未詳―〈巻八・一六三三〉
衣手に 水渋つくまで 植ゑし田を 引板わが延へ 守れる苦し
《衣の袖 水垢付けて 植えた田を 鳴子縄張り 見張り辛いか》
―作者未詳―〈巻八・一六三四〉
困惑尼を察し 助け船の家持
〈尼〉佐保川の 水を塞き上げて 植ゑし田を
〈家持〉刈る早飯は 独りなるべし
《佐保川の 水堰き止めて 植えた田の
一番飯を 食うのん独り〈わしや〉》
―尼・家持―〈巻八・一六三五〉
〈今は 手塩娘どころでない 大伴家の存亡
時勢の移りを思えば 「藤」と結ぶも一策
いやいや 安積皇子のこともある
さりとて 「橘」諸兄様も 押され気味・・・〉
躊躇困惑家持 右へ左へ揺れ動く
春の雨は いや頻降るに 梅の花 いまだ咲かなく いと若みかも
《春雨が 盛んに降るが 梅花は まだ咲かへんで 木ィ若いんや》
―大伴家持―〈巻四・七八六〉
夢のごと 思ほゆるかも 愛しきやし 君が使の 数多く通へば
《夢みたい 思うてまっせ 勿体ない あんたの使い しょっちゅ来るのん》
―大伴家持―〈巻四・七八七〉
末若み 花咲きがたき 梅を植ゑて 人の言繁み 思ひそわがする
《若木やで まだ花咲かん 梅やのに まだかまだかは 気が気やないで》
―大伴家持―〈巻四・七八八〉
情ぐく 思ほゆるかも 春霞 たなびく時に 言の通へば
《春霞 棚引く季節に 誘い受け はっきりせんと すまんことです》
―大伴家持―〈巻四・七八九〉
春風の 声にし出なば ありさりて 今ならずとも 君がまにまに
《春風が ちゃんと吹いたら 時期を見て 気持ち副う様に その内します》
―大伴家持―〈巻四・七九〇〉
久須麻呂から
確固の思いの丈と 拙速詫びの歌が届く
奥山の 磐かげに生ふる 菅の根の ねもころわれも 相思はずあれや
《奥山の 岩陰菅の 根ぇみたい わしの思いは しっかりしてる》
―藤原久須麻呂―〈巻四・七九一〉
春雨を 待つとにしあらし わが屋戸の 若木の梅も いまだ含めり
《若木梅 春雨待って 咲くみたい 家の梅かて まだ蕾やわ》
―藤原久須麻呂―〈巻四・七九二〉
返し歌を手に 家持 その場にへたり込む
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます