本作は、内田康夫による浅見光彦シリーズの旅情ミステリーの一つだ。このタイトルから、てっきり今回の舞台は襟裳岬のあたりかと思ったら全然違っていた。舞台となっているのは、光彦の地元である東京都北区から埼玉県にかけてなのである。関東の方の感覚では、あの辺りは北の街ということになるのだろうか。
物語は、光彦が赤羽の蕎麦屋で、高校時代の文芸部の後輩で風呂屋の娘、末次瑞恵と15年ぶりに出会ったところから始まる。見違えるほど綺麗になった瑞枝に対して光彦は、
「毛虫が羽化してチョウになるというけれど、その比喩は正しい」(p9)などとかなり失礼なことを思っている。二人ともアラサー年代で、ちょっと歳はいっているが、このラブコメ的な出会いに、てっきり今回のヒロインはこの娘かと思っていたらこちらも違っていたようだ。
光彦は、瑞恵の実家の風呂屋で知り合った元会社社長の倉持友末を通じて、彫刻家・御子柴悠達から、彼の作品「妖精」が盗まれた事件の調査を依頼される。さすがに地元だけあって、光彦の名探偵ぶりはすっかり知れ渡っている。
そして今回のヒロインは、御子柴の彫刻教室に通っている、浦和の名主の家系の娘である大下真美。なぜか御子柴は、光彦に対して真美には気をつけた方がいいという。真美の父は井戸で自殺していた。かってその井戸には真美の伯父にあたる大下家の先代当主も身を投げており、光彦はそれらの死に疑問を抱く。そして真美の叔父・大下良二が不審な動き。てっきりこれは横溝正史のように旧家を舞台にしたおどろおどろしい事件なのかと思ったのだが、これまた違っていた。まあそんなどろどろとした設定はさわやか光彦にふさわしくないのではあるが。
もちろんこのシリーズのこと。いつものように殺人事件も発生する。瑞恵の知り合いの凧屋・矢村静夫が、荒川で死体を発見するのだ。死体のポケットから出てきた紙片に、妖精像盗難事件の日に良二の借りたレンタカーのナンバーが書かれた紙片が。果たして良二は殺人事件に関係しているのか。
今回光彦はかなり苦戦している。推理が進んだと思えばまた後退という感じなのだ。2つの事件は関係はしているのだが、この結末にはなんだか肩透かしをくらった感じだ。ストーリーは結局、妖精像盗難事件の方が主であり、殺人事件の方は添え物という観があった。殺人犯の名前なんて、逮捕情報が光彦に入ってきた際に初めて分かったくらいなのである。これは、2つの事件を絡めることによって複雑化させ、読者を混乱させるという効果を狙ったのだろうか。
ところで昔の作品なら、光彦が刑事局長の弟だということで、警察がホイホイ操作情報を教えてくれていたのだが、昨今の社会情勢を反映してそういうわけにもいかなくなったようだ。兄の陽一郎も、個人情報を教えてくれなくなっている。このシリーズを、こういった社会の変化という観点から読んでみるとなかなか興味深いだろう。また光彦は、今回競輪を発体験しているが。この競輪体験が事件解決の大きなヒントになったという着想も意外性があって面白い。ただ「北の街」というネーミングからくるようなもの悲しさもなかったのは残念。
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※本記事は書評専門の拙ブログ
「風竜胆の書評」に掲載したものです。