偽りの森 | |
クリエーター情報なし | |
幻冬舎 |
花房観音の「偽りの森」(幻冬舎)。京都を舞台にした、没落した名家の4姉妹を描いたものだ。彼女たちの実家「雪岡家」は、下鴨の地にあった高級料亭「賀茂の家」を経営難で手放してしまった。母親は既に亡くなり、父親も家を出てしまい、残ったのは彼女たちには分不相応なほど立派な家。
主人公は、春樹、美夏、秋乃、冬香、春夏秋冬のそれぞれの文字を名前に持つ、美しい4姉妹。この作品は、まず4姉妹のそれぞれの物語が続き、最後に彼女たちの父親が登場して締めくくるという構成になっている。
4姉妹の母親だった四季子は、美しいが、生活能力はなく、愚かな人だった。いつまでたってもお嬢さまのままで、まるでお人形さんのような人だったのである。それが、彼女たちの心に暗い影を投げかけている。
長女の春樹は、京都大学を卒業して、京都で公務員として勤めていたが、職場の上司と不倫の挙げ句、略奪婚をしたことが原因で職場を辞めざるを得なくなり、今は財団法人勤めだ。人に後ろ指を指される関係でしか快楽を得られず、今も彼女持ちである職場の若い同僚と、胸に痛みを感じながらも、男女の関係を止めることができない。自分が美人だった母親に似ず、男っぽく華がないことにコンプレックスを抱いており、姉妹の中で誰よりも虚飾されているのは自分と思っている。
次女の美夏は、自分が母親に似ていることを嫌悪しており、姉のような大人の顔がいいと思っている。4姉妹のなかで、ただ一人母親であり、家を守ってきたのは自分だという自負を持っている。それが、実は家に縛りつけられているのだということを認めることができない。外見だけでなく中身も母親そっくりの秋乃にうんざりしているし、姉や下の妹の冬香にも腹立たしい思いを抱いている。夫のことはいい人だと思いながらも、その性欲に辟易しており、夜の相手を十分にしていないことのコンプレックスの裏返しか、性に対して極度な潔癖症だ。
3女の秋乃は、母親に一番よく似ている。人と争うのが苦手であり、中学生の頃いじめられたことから、同性に好かれるように、男に興味がないふりを続けてきたが、高校の頃、百合相手に騙されるような形で初体験は済ませている。母親と知らない男の行為を、幼い頃見てしまったことがトラウマのようになっており、行為には惹かれているが。快楽で枷が外れてしまうのを恐れている。
4女の冬香は、一人だけ父親が違い、それが心に巣食う闇となっているが、その分、自分を育ててくれた「賀茂の家」の父に対する思いが強い。家は「はりぼての家」で、姉は皆、自分のことしか考えないと不満を持っている。家や家族から離れたいと思っているが、それもできない。東京の大学に進学し、そのまま就職したが、うまくいかず、結局京都に舞い戻ってしまった。姉たちに比べ地味な容姿だが、それが大きなコンプレックスになっている。男なしでは生きていけず、美夏の夫とも深い関係になってしまった。
本書を読む前に、帯に書かれた言葉に、目が釘付けになった。「美しい四姉妹には、いやらしく哀しい秘密がある」らしい。一体どんな「いやらしい」秘密がと、読む前から、あんなことやこんなことを連想してしまったのだが、確かに、性描写もかなり明け透けで、その部分だけ読めば官能小説と思ってしまいそうだ。著者は、「花祀り」という作品で、2010年に団鬼六賞の大賞を受賞していると聞けば、なるほどと思ってしまう。
それにも関わらず、確かにこれは文学だ。描かれているのは、家に囚われた女たちの、情念渦巻く世界。互いに複雑な感情を持ちながらも、家を媒介にして離れることの出来ない4姉妹たち。物語に織り込まれた、平安神宮、下鴨神社などの多くの寺社や錦市場、南座といったいかにも京都らしい地名や4姉妹の京都弁も雰囲気を盛り上げる。
☆☆☆☆
※本記事は、「本の宇宙」と同時掲載です。