文理両道

専門は電気工学。経営学、経済学、内部監査等にも詳しい。
90以上の資格試験に合格。
執筆依頼、献本等歓迎。

書評:じみけも マヌルネコ

2018-12-10 10:35:03 | 書評:その他
じみけも マヌルネコ (ハーパーコリンズ・ノンフィクション)
クリエーター情報なし
ハーパーコリンズ・ ジャパン

・ジミケモイインカイ

 本書は地味で可愛い獣を紹介しようとして発売された「じみけも」シリーズの一冊である。クオッカやナマケモノを紹介した本といっしょに発売された。

 本書の主人公であるマヌルネコは、一見普通のそのへんにいる家ネコのように見えるが、立派な野生動物だ。普通のネコよりはずんぐりした感じだが、そこが可愛い。マヌルというのはモンゴル語で、「小さなヤマネコ」を表すようだ。住んでいるのは主にシベリア南部からチベット、アフガニスタンらしい。

 マヌルネコという動物がいることは本書を読むまで知らなかったが、その表情やしぐさに、猫好きの自分としては、いっぺんで魅了された。その表情の豊かさは見ていて飽きない。これはマヌルネコの瞳孔が、普通のネコとは違い、丸く収縮するという性質によるようだ。

 瞳が小さくなっている時は、こちらを睨んでいるようで、威圧感があり、やっぱり野生の動物だと実感するし、大きくなっている時は、真ん丸お目目でなんとも可愛い。ついているキャプションもなんともユーモラスで、写真によく合っている。

 本書を一読すれば、きっとあなたもマヌルヤマネコに魅了されることだろう。

☆☆☆☆☆
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続 鉄人28号1~5

2018-11-16 09:11:46 | 書評:その他
鉄人28号 (続1) (光文社文庫COMIC SERIES)
クリエーター情報なし
光文社

・横山光輝

 実家近くの図書館でなんとも懐かしい漫画を見つけた。それがこの作品である。もちろんオリジナルではないが、文庫本として復刻されたものである。時間がなかったので5巻までしか読む暇がなかった。

 作者は2004年に鬼籍に入ってしまわれたが、この文庫が刊行されたのが1997年なので、このときはまだご存命中だった。しかし、著者の手元に原稿が保存されていなかったため、すべて雑誌から直接複写して復刻したとのこと。また本誌から別冊付録に続いたり、次号への続きで重複する部分、当時の広告スペースでの不適切表現等、多少の加除修正を行ったという。

 こういった事情によるためか、巻から巻にうまく話が繋がっていない。例えば1巻では不乱拳博士の作った人造人間が出てくる(要するにフランケンシュタインの怪物ですな)。この話で、不乱拳博士は、ギャングのボスであるスリル・サスペンス(ネーミングセンスもすごい)に脅かされているのだが、2巻ではこのスリル・サスペンスはいなくなり、不乱拳博士は謎の黒装束の一団と、ブラックオックスというロボットを作っている。どうも巻の間で、不乱拳博士は一度死んで生き返ったようだが、話が飛んでいるのでそのあたりの事情がよく分からない。3巻目ではいきなりギルバートという巨大ロボットが出てくるし。

 懐かしさはあるものの、正直現代の漫画と比べれば、絵柄はよく言えば牧歌的、悪く言えば・・いやいや止めておこう。

 鉄人を操るのは、ショタコンの語源ともなった金田正太郎。要するに子供だ。しかし昔の漫画には多いのだが、ツッコミどころ満載である。なにしろ子供のくせに車は運転するわ、拳銃はぶっ放すわ・・。いつ警察に逮捕されてもおかしくないレベルだと思うのだが、なぜか警察の大塚所長とは友達付き合い。

 4巻では巨大アリが出てくるが、そのアリの目が、複眼ではなく瞳のある普通の動物の目。ちょっとかわいい。また、武器の蟻酸を尻から出なく、口から出す。

 また、1巻で出てきたとき鉄人は確かに大きいが巨大ロボットというほどではない。それが、いつの間にか巨大ロボットになってしまっている。そういえば、子供の頃実写版の鉄人28号をテレビで視た覚えがあるが、あれは鉄人が人間大でいかにも着ぐるみという感じであり、本当にショボかった。でも子供の頃は夢中になっていたんだよなあ。あの頃の素朴で純粋な時代が懐かしい(笑)。

☆☆☆

※初出は「風竜胆の書評」です。
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書評:手品先輩(1)

2018-11-04 20:34:44 | 書評:その他
手品先輩(1) (ヤングマガジンコミックス)
クリエーター情報なし
講談社

・アズ

 この漫画は以前からちょっと気になっていたものだ。タイトルが面白いうえに、絵柄が私に合いそうだからだ。

 主人公は、種無高校に入学した男子(氏名不明:以下後輩君と呼ぶ)。帰宅部希望だったが、この高校では強制部活制だったため、たまたま覗いた奇術部で先輩と出会う。この先輩というのが、可愛い、巨乳、ドジっ娘と、萌え要素が3拍子揃っている。おまけに極端な上がり症で、肝心の手品も失敗ばかり。主人公は、なし崩し的にこの先輩の助手ということになってしまう。

 とにかく、この先輩、一応部長なのだが、とにかく手品が下手。例えば、封筒に入った千円札。ハサミで封筒を切っても、中身は無事という手品である。結果は、あら不思議、私の財布に後輩君の千円札が移動というオチ(要するに失敗したのを自腹でごまかしたということ。)。おまけに無防備で、しょっちゅうパンツ丸見え状態になっている。

 後輩君がそんな先輩に対して、必然的にツッコミ役になるのだが、こんな天然の可愛い先輩なら、むしろそれも楽しいのではという気がする。
 
 実はこの奇術部というのは、部員も顧問もいないため、部活申請もできない正式な部活ではなかったらしいのだが、強制部活制なのに、この先輩、他にどこにも所属している節はないというのが不思議だ。
 
 2巻以降はまだ読んでないが、この漫画は、ヘンな先輩とのラブコメなのだろうか。でもこんな楽しいクラブ活動があれば、私も入りたかった(笑)。

☆☆☆☆

※初出は、「風竜胆の書評」です。

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書評:本が好き、悪口言うのはもっと好き

2018-11-02 12:58:54 | 書評:その他
本が好き、悪口言うのはもっと好き (ちくま文庫)
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筑摩書房

・高島俊男

 本書のタイトルを見て若干ドキリとした。なんか自分のことを言われているような気がして・・・・・(笑)。

 それはさておき、著者は東大経済学部を卒業後銀行に5年ほど勤めたが、東大文学部に入り直し、そのまま大学院まで出て中国文学者になった人だ。そのためか、言葉の使い方には一家言ある。例えば、囲碁番組の中で使われた、「囲碁ファン」という言葉に対して次のように言う。

<そもそも「ファン」とは何か。
 「ファン」とは、自分がそれではなく、あるいはそれをするものではないが、それが大好きである、という人間のことである。>
(p30)

 要するに、自分でやってはいけないということだ。高校野球選手を「高校野球ファン」とか、生け花をやっている人を「生け花ファン」とは言わないだろうというのである。囲碁の番組を視ている人で囲碁をやらない人はいないだろうから、「囲碁ファン」という言葉はおかしいというのである。

 ここでなるほどと思うのが普通の人。何事にも疑い深い私は、そもそもの原語である fanの意味を調べてみた。ネットのロングマン英英辞典では、「someone who likes a particular sport or performing art very much, or who admires a famous person」、手持ちのThe Concise Oxford Dictionaryには、「Devotee of a specified Amusemennt」とある。どこにも、自分が参加してはいけないと書かれてはいない。まあ著者の言うことも分かるので、結局はケースバイケースということだろうか。

 私がよく読む土屋賢二さんの著作で、「ツチヤ教授の哲学講義」(文春文庫)という本の中に、哲学者の中には常識的な言葉の使い方に対してイチャモンをつけ、勝手に言葉の規則を変えている場合があるという趣旨のことが書かれているが、著者にもどうもそんなところを感じてしまう。

 また、著者は編集者といろいろ悶着を起こしているようだ。「しにか」編集部とは、3ページの短文に二十六か所の書き換えがあり、角川書店の「鑑賞中国の古典」シリーズ第十六巻の巻末の「李白の窓」という欄用に書いた、「ネアカ李白とネクラ杜甫」では六百か所だか八百か所だか、大量の直しが入ったので、原稿を引き上げたという。(後者は著者が原文通りにするということで掲載されたようだが)。これは編集者側が勝手に原稿の修正をしたというのが理由だ。

 これは私も雑誌や新聞の投稿で似たような経験がある。編集者というのは、自分が一番偉いとでも思っているのか、勝手に文章を付け加えたり、幼稚園児が書いたような稚拙な文章に直されたことがあった。確かに趣旨は変えない範囲で修正をすることがあるとは書かれているが、文章の付け加えなどは、完全にその範疇を超えている。

 この他、支那は中国の蔑称ではないという主張など、色々納得できる話も多いが、最後に一つ。言葉とは時代の流れとともに変わっていくものだ。あまり、これが正しい使い方だと言われると、古文の教科書のような言葉こそ本当の日本語ということになってしまう。しかし、今どき、古文のような言葉の使い方をしても分からない場合が多いだろう。読後感はなんだかなあという感じか。

☆☆☆

※初出は、「風竜胆の書評」です。

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書評:事故物件に住んでみた!

2018-10-20 23:03:18 | 書評:その他
事故物件に住んでみた!
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彩図社

・森史之助

 あなたは、「事故物件」というのをご存知だろうか。何かの原因で先住者がお亡くなりになった住宅物件のことだ。「心理的瑕疵物件」とも呼ばれる。これが自然死ならまだしも、自殺や殺人事件のあったところなら、なかなか次の借り手がつかないという。だから家賃は相場より安くなる。

 独立行政法人都市再生機構(UR)の案件では半額が2年(最近は1年に変更)、民間だと相場の7~8割位らしい。思ったよりは高い。元々関東地区は相場が高いので、事故物件でこれかという気もしないではないのだが。

 私に言わせれば、空室で遊ばせておくより、固定資産税や修繕費が賄えるくらいの金額で貸し出せばよいと思うのだが、貸し出す方も、なんとも欲深いこである。

 それはさておき、著者が事故物件に入居したのも、前の住居を出ていかなくてはならなかったため、家賃の安いところを探したからのようだ。著者の先住者は風呂場で自殺したらしい。時々夢に出てきたというから、無意識に気にしてはいたんだろうが、事故物件の居住体験を本にするとは、まさにライターの鏡である。

 もっとも著者は、交通違反の罰金が払えなくって50日ほど服役(日当5000円らしい)して、その経験を逞しくも本にしてしまうような人だ。もちろん事故物件に住んでみたら、その経験をもとに一冊の本にするのは当然。

 皆さんも、都会で住居費を安く抑えようと思ったら、事故物件を探してはいかが?最も、何があっても自己責任で(笑)。特に視える人には辛いかも。

☆☆☆☆

※初出は、「風竜胆の書評」です。

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書評:ヘンな論文

2018-10-17 08:57:34 | 書評:その他
ヘンな論文 (角川文庫)
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KADOKAWA

・サンキュータツオ

 新聞で読んだのだが、今年ノーベル生理・医学賞を受賞した本庶さんは、「一流の雑誌に載った論文でも10年たてば9割がウソ」だという趣旨のことを言っていたとのこと。世の中にはヘンな論文が溢れるのもしかたがない。ましてや査読が緩かったりなかったりしたらなおさらだろう(もっとも読んで面白いのはそういったものの方が多いが)。

 本書に紹介されているのもそんなヘンな論文ばかり。はっきり言ってこれ何かの役にたつのだろうかと思わないでもないのが多い。例えば「「浮気男」の頭の中」や「「あくび」はなぜうつる」といった研究だったり。これって全然役に立たないだろうと思っても著者のユーモラスなコメントとも相まってなかなか楽しい。

 この本に収められている論文の中で、一番興味をひいたのが、「「おっぱいの揺れ」とブラのずれ」に関する研究。元々のタイトルは日本家政学会誌に掲載された「走行中のブラジャー着用時の乳房振動とずれの特性」というものだ。なんでも乳房の5点にマーキングをして、CCDカメラで撮影して振動を測定したものらしい。計測対象は、20~26歳の健康な標準体型の11名の若年女子で、カップが、B70が6名、C70が5名と全国平均と優位な差は認められなかったという。

 あれって重さによって揺れ方は、かなりかわるんじゃないかな。BカップとCカップばかり測定して平均的な動きを出すよりは、Dカップ以上も考察に加えて、大きさによる動き方の違いも計測した方がいいと思う。また、ブラの種類によっても動き方はかなり変わると思うんだが。論文中では、スポーツブラとフルカップブラの2種類しか出ていなかったが、同じ名前がついていてもメーカーによる差があるはず。学術論文というなら、A社、B社、C社と、会社間の比較も欲しかったし、ハーフカップとか3/4カップなんかはどうなんだと思ってしまう。ブラの形状にも、実用的なものも、勝負用の(何の勝負だ!?)セクシーなものもある。いろいろなケースでもっと揺れ具合を比較するといいと思うのだが。

 でも、著者がずれ具合を把握するため自分で男性用ブラを付けてみたというのには爆笑した。ここに芸人魂を見た感じだ。実は、著者のことをよく知らなかったのでググってみた。もしかするとお相撲さんのような体形で胸も立派なのだろうかと思ったからだ。しかし、検索結果から考えると、まず胸は揺れないよね。

※初出は、「風竜胆の書評」です。



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書評:志乃ちゃんは自分の名前が言えない

2018-10-07 10:26:34 | 書評:その他
志乃ちゃんは自分の名前が言えない
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太田出版

・押見修造

 本作のタイトルを見て、いったいどんな話なのかと思ったが、一言で言えば吃音障害を持つ女の子の物語だ。昔は「どもり」と言っていたが、最近はこれが差別語にあたるというので、あまり使われていないようである。

 吃音障害のなかには特定の音が出にくいというものがある。志乃ちゃんの場合は母音で始まる単語が言いにくいようだ。この場合は言い換えができれば違う言葉で置き換えることもできるが、志乃ちゃんの場合は苗字が大島なので、自分の名前を言うときには母音の発音が避けて通れない。

 実は私も大学時代から会社に入ってくらいの頃には軽い吃音があった。私の場合は言いにくいのが「か行」だった。例えば学食でキツネうどんなんかを頼むときにちょっと困る。しかし大抵のことは、言いやすい言葉で置き換えればいいので、私としては全く気にしてはいなかった。

 別に医者にかかったこともなく、特に何かをしたこともなかったのだが、いつの間にか吃音は消えてしまって現在に至る。志乃ちゃんの場合は結婚して子供ができてもまだ吃音が残っているようだ。しかしその子は親のことを理解して助けてくれる。

 自閉症や発達性障害などのように、外見からは分かり難い障害もあるのだ。周りが正しく理解して支援していくことが大切だろう。最初に友達になった加代というちょっとギャルっぽい娘が、喋れないのなら書けばいいとメモ帳を渡してくれる。

 志乃ちゃんの担任の女性教師。これは完全に失格だ。吃音の原因は明らかでないのにも関わらず、志乃ちゃんが緊張していると決めつける。緊張は吃音の結果であり、原因ではない。こんなことも分からないのだから、吃音について理解しているとは言い難い。こんな教師ばかりではないが、中にはこんな人間がいるのも事実。

 そんな教師にかかったら発達障害の子供などは、単に注意力散漫な子供と見做すのではないだろうか。性同一性障害なんかも完全に理解の外だろう。人に教える立場にある者はもっと発達障害などの勉強をすべきだろう。

☆☆☆☆
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書評:地理2018年09月号

2018-09-15 08:26:50 | 書評:その他
地理 2018年 09 月号 [雑誌]
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古今書院


 高校までは、地理は最も嫌いな科目の一つだったのだが、なぜか嵌ってしまったこの雑誌。今月号の特集は「都市×若者×観光」だ。本誌は、これに関する論文6編が収録されている。ここでいう都市とは東京大都市圏のことだ。本特集は、この大都市圏においての若者の行動を主として観光・レジャーやSNSの利用といった観点から分析している。

 この雑誌を読むと、東京大都市圏の若者は、遊んでばかりいるような感じがする。確かに、そこには若者を引き付けるものが沢山あるだろう。勉強どころではないのだ(ダメやん!)。勉強するよりは、テーマパークに行ったり、オタクの聖地を巡ったり、夜遊びをしたり。その方が楽しいに決まっている。でもそればかりではないような気もする。その気になれば、都会の方が学びには有利なのだ。私は、今の東京大都市圏の若者たちに一言言いたいと思う。「君たち、もっと勉強せーよ!!」(笑)

 ところで、最初に収録されている記事「第17回世界湖沼会議に向けて」という記事はなかなか興味深かった。恥ずかしながら私はこのような会議があることを知らなかったのだが、この記事の著者からして、「実際私も数年前までその存在を知らなかった。」(p4)と書いているくらいだ。門外漢の私が知らなかったのも当然である。しかし、マスコミはやれオリンピックだ、野球だ、サッカーなどはあれだけ報道するくせに、こういったことは殆ど報道されない。少なくとも私は見た記憶がない。こんなところに国民の文化度といったものが現れるのだろう。(まあ、どこの国も似たりよったりだが)


☆☆☆

※初出は、「風竜胆の書評」です。


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書評:語学と気づきの心理学

2018-09-06 21:43:18 | 書評:その他
語学と気づきの心理学
クリエーター情報なし
セルバ出版

・丘田悟


 本書によれば、著者は学習の過程で、ふいに論理的な因果関係のない景色がふと頭に浮かぶことがあったという。例えばラーメン屋だったりレコード・ジャケットだったり昔のカルピスのラベルだったり。著者はこれを「ピンナップ現象」と名付けている。

 これを強引にユングの心理学と結び付けて解き明かそうとしているのが本書の内容だが、私には単に著者の個人的体験に過ぎず、普遍的な現象ではないと思える。もちろん個人的体験である以上著者のいうことを否定する気はない。おそらく著者にはそのような体験があったのだろう。

 しかし、私自身著者の言うような体験を一度もしたことがないし、周りでもそんなことを言っている人間は一人もいなかった(もっとも本人がひた隠しにしていた可能性は否定できないのだが)。これは著者のように学習に打ち込んでないからだと言われるかもしれないが、おそらく高校時代以降は著者よりずっと学習に打ち込んでいたという自負がある。おそらく私の学生時代の友人たちもそうだったのだろう。

 禅の世界では「魔境」という言葉がある。修行・瞑想中に中途半端に悟ったと自覚するような状態だ。なんだか、本書を読んでみると、この言葉が唐突に頭に浮かんだ。

☆☆

※初出は、「風竜胆の書評」です。

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書評:女子の心は、なぜ、しんどい

2018-08-04 10:00:12 | 書評:その他
女子の心は、なぜ、しんどい?
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フォレスト出版

・清水あやこ

 よく「女心と秋の空」ということを聞く。本書は、男子にとっては不可解に見える女子のトリセツ。なぜ私がいただいたのか。思うに男の目から見た感想を聞かせてくれということだろうと勝手に解釈する。

 男が疑問に思うのは、なぜ女子は他の人と行動したがるのだろうかということ。トイレにまで連れ立って行くというのが私には理解できない。本書は、女性が回りに合わせてしまうこととして「自己内同調圧力」(p28)という言葉を使っている。要は他の人と同じ行動をすると安心するのだ。しかし、これが男子にまで影響してくるとちょっと問題だろう。ぼっち飯、便所飯という言葉が男子にまで広がってきたのが、そのいい例ではないのか。これらの言葉の裏には、飯は誰かと食べるものという前提が隠れている。私など、飯くらい一人で食べろよと思ってしまうのだが。

 三次元の女子を面倒くさがって、二次元美少女に逃げる男子も多いのではないかと思う。二次元美少女は、男が創造していることが多く、あまり面倒くささがない。しかし、現実にはそんな女子なんてどこにもいないのだ。

 ところで、今は女子の方が生きやすい社会だと思う。例えばデパートを見れば、売っているのは圧倒的に女子のもの。男物は女性用に比べてものすごく少ない。男女雇用均等法なども女子の後押しをしているが、働きたい女性だけでなく、幸せなお嫁さんになることを夢見ている女子もある程度はいるのではないのだろうか。

 確かに男で苦労している女性がいるのは事実だろう。しかし、それは端的に言えば男を見る目が無かったということではないのか。昔からよく聞くことに、女子は不良っぽい男に引かれるというものがある。この人はワルだが、自分だけは大切にしてくれるというような幻想に囚われてはいけない。不良よりは、まじめな男の方がよほど優良物件だと思うのだが。

 このようなことが書かれているが。他でも読んだことがある記憶があるので、割と一般的な見解だろうと思う。

「女性は平等主義であり、男性より一部の人のみが上位に立つべきという考えが薄いことも明らかになっています」(p42)

 本当だろうか。確かに女子はあまり年齢などを気にしないところがあるかもしれない。亭主が年上でも、妻の方が家庭内で力を持っているのなどそのいい例だろう。しかしよく聞く「お局さま」の存在はどう考えるのか。私が現役時代の社宅の奥様方といったら・・(以下略)。これは平等主義というより、自分が中心に座りたいということが本当なのだろうと思う。

 しかし、ちょっと一般化しすぎているような気もする。色々な趣向の人間がいるものだ。本当は一部の女子に当てはまるだけかもしれないのに、安易に女子全部に一般化してしまうというのも女子の特徴かもしれない。女子の心がしんどいのなら、山田洋次が原作・脚本・監督を手掛け渥美清が主演した「男はつらいよ」という映画もあったことも忘れてはならない。結局人間というものは、生きている限り、それぞれいろいろなものを心に抱えているんだろう。

☆☆☆

※初出は、「風竜胆の書評」です。

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