・ロス・マクドナルド、(訳)田口俊樹
・創元推理文庫
本作は著者の生みだした名探偵であるリュー・アーチャーのデビュー作であるという。しかし処女作ではない。これなど先に亡くなられた内田康夫さんの浅見光彦と同じような感じだろうか。内田さんの処女作は「死者の木霊」だが、浅見光彦の登場は3作目にあたる「後鳥羽伝説殺人事件」からだ。
しかしアーチャーと光彦には相違点も多い。光彦は永遠の33歳で爽やかな好青年というイメージだ。アーチャーは35歳と年齢こそ光彦に近いが、その容姿を表した部分を引用してみよう。アーチャーが鏡に映った自分を見て思ったことだ。
<痩せ細った略奪者の顔をしていた。鼻は細すぎ、耳は頭蓋にくっつきすぎていた。瞼は外側が垂れ下がり、それでたいていは目の形が自分でも気に入っている三角形になるのだが、今夜の眼は瞼のあいだに押し込まれた小さな石の楔のようだった。>(p79)
どうだろうか。どこにも爽やかさなどは感じられないのだが。
さてストーリーの方だが、アーチャーは石油業界の大物サンプソンの妻から電報で呼ばれる。呼ぶ手段が電報というのが、なんとも時代を感じさせるのだが、依頼は夫が失踪したので行方を捜してくれというもの。ところが本人から10万ドルを用意しろという自筆の手紙が届く。アーチャーは、事件の真相を探っていく。
なんとなく連想できるように、結局は誘拐事件なのだが、それにしても犯人側の人物の数の多いこと。1匹いればあと数十匹はいるといっていい、まるでGのようである。
さてアーチャーだが、快刀乱麻のごとく、鮮やかに事件を解決というようなことはない。何度も殴られて気絶させられ、縛り上げられたりするという何とも情けないヒーローなのだ。彼が縛り上げられている箇所を少し引用してみよう。
<うしろ手に両手を縛られ、足も結わえられ、手首とつなぎ合わされていた。>(p221)
アーチャー大ピンチなのだが、その場面を想像してみると、なんだか漫画チックなのである。
今回、ロス・マクドナルドという作家を初めて読んだが、自分の好みかどうかを聞かれると、それほど好みな話ではなかった。好みの作品は、一気読みしてしまうが、これについては、何度も分けてちょっとずつ読んでいった。そのため、最初の方は忘れているので、また読み直しという体たらく。読み終わるまで時間がかかってしまった。まあ、最後にちょっとしたどんでん返しはあるのだが。
☆☆☆