文理両道

専門は電気工学。経営学、経済学、内部監査等にも詳しい。
90以上の資格試験に合格。
執筆依頼、献本等歓迎。

東京の一極集中を解消せよ

2013-12-30 21:06:07 | オピニオン
 この土曜日に帰省したが、下り新幹線は帰省ピークで、満員状態だった。ホームの向こうに、上り新幹線が見えたが、あちらは結構空きがある。地方にルーツを持つ人々が、東京を中心とする都会から故郷めがけて一斉に移動するからだ。

 これは、見方を変えれば、東京を中心とした都会が、いかに地方に依存しているかを表していると言えよう。東京では、オリンピックだなんだのと景気がいい話に湧いているが、それが地方にどれだけメリットをもたらすのかは疑問である。

 どうして現代のように、物流も情報も格段に発達した時代になっているのに、依然として、日本は東京中心なのか。おそらく、色々な権限を持ったお役所が東京に集まっているのも、大きな理由のひとつに違いない。

 これを解消するには、やはり道州制しかないだろう。国は、外交と国防などの機能に特化して、殆どの権限を地方に移すことを早急にやらなければならない。

 また、現在のような、一極集中の体制では、例えば巨大地震が首都圏を襲ったらどうなるのか。富士山が噴火したらどうなるのか。我が国は完全にお手上げ状態になってしまう。しかし、一極集中ではなく、分散型の国家にしておけば、いざという時に、互いにバックアップ可能となるのではないか。

 3.11の時に、「想定外」という言葉が批判を受けた。しかし、一極集中のリスクについては、決して「想定外」などではないのである。
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書評:「空気」を変えて思いどおりに人を動かす方法

2013-12-26 07:05:06 | 書評:ビジネス
「空気」を変えて思いどおりに人を動かす方法
クリエーター情報なし
マガジンハウス


 しばらく前にKYという言葉が流行った。私などKYと聞くと、つい「危険予知」のことだと思ってしまうのだが、ここでのKYの意味は、「空気読めない」ということである。この「空気」というやつはなかなかやっかいなもので、日本国中、あらゆるところに漂っている。

 例えば、なんとなくその場の雰囲気が、そちらの方向を向いていると、それが間違っていると思っていても、なかなか反対意見を言いにくいと思う。また、サラリーマンの場合、他の人が残って仕事をしていると、残業の必要がないのに、帰りにくいのではないか。

 すべて、「空気」のなせる技だが、だいたいにおいて、「空気」に流されていると碌な事にはならない。それでも、「赤信号みんなで渡れば怖くない」とばかり、つい、「空気」に流されて突っ走ってしまうのが我々日本人だろう。しかし、人生の勝者となるためには、悪い「空気」の正体を見抜いて、その「空気」を自分に都合のよいように作りかえることが必要なのだ。本書は、まず、「空気」を4つのタイプに分類して、それを動かすための4つのテクニックを紹介している。これらのテクニックを身につければ、ビジネスなどの場をリードしていくのに役立つだろう。

 輪を好む日本人は、その副作用として「空気」に流されやすい。サービス残業の問題から、3.11の大災害のあとで起こった色々な風評被害。論理的に考えればおかしいと思うはずなのに、皆が「空気」に流されてしまう。しかし、いつも「空気」に流されていたのでは、行きつく先はとんでもないところだ。大切なのは、きちんと自分の頭で考えること。本書は、そのための一助となるものと思う。

☆☆☆☆

※本記事は、「本の宇宙」と同時掲載です。

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放送大学面接授業(ドイツ語の初歩:2日目)

2013-12-22 19:09:12 | 放送大学関係


 今日は、放送大学で、「ドイツ語の初歩」の面接授業の2日目。なにしろウン十年ぶりのドイツ語なので、かなりの部分の記憶は、霧の彼方なのだが、それでも最初の方は、結構覚えているものだ。1単位の授業なので、まだほんのさわりの部分をなぞったような感覚なのだが、実は、この後の方になるほどどんどん記憶が怪しくなっている。

 余裕があれば、これを機会に独検にチャレンジというところなのだが、ちょっとそこまでの時間は取れそうにない。でも、普段使わない頭の部分を使ったようで、脳にはいい刺激になったものと思う。




 こちらは、放送大学の入り口に咲いていた、キダチアロエの花。今年は例年より冷え込みがきつい気がするが、寒さに弱いはずのアロエが元気いっぱいに花を咲かせている。やはり地植えになっているから強いのだろうか。
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放送大学面接授業(ドイツ語の初歩:1日目)

2013-12-21 19:00:36 | 放送大学関係
 今日は、放送大学の面接授業、「ドイツ語の初歩」の1日目だ。ドイツ語は、大学の教養時代に第二外国語として履修していたのだが、まともに勉強したのは教養の2年間と、大学院受験の前くらいである。

 勉強するのは、まさにウン十年ぶり。今日は、ドイツ語のABCから始まって、挨拶、動詞の人称変化、名詞の性といったごくさわりの部分ながら、どうも普段使っている脳の領域とは違うところを使っているようで、普段の面接授業よりかなり疲れた。もっとも、常に口や手を動かしているので、さすがに居眠りしている暇はなかったが。

 ところで、講師によれば、最近の大学生は、アルファベットが筆記体で書けないし、筆記体で書かれると読めないという。ゆとり授業が、こんな弊害を生んでいたとは驚きだ。

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公害防止管理者の試験結果到着

2013-12-19 20:53:52 | 資格試験受験関係
 10月に受験した公害防止管理者(ダイオキシン類)の結果通知が来た。結果は答合わせをして分かっていたが、「ダイオキシン類概論」のみ科目合格だった。「公害概論」は他の区分に合格しているため免除となるので、残るは「ダイオキシン類特論」の1科目。

 苦手な化学関係だったとはいえ、最近は、どうも資格試験については不調だ。まあ、あまり勉強しないのが悪いと言えば悪いのだが。しかし、目標の100資格。あと少しのところで足踏みをしている。
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書評:邪教・立川流

2013-12-18 19:38:22 | 書評:学術・教養(人文・社会他)
邪教・立川流 (ちくま学芸文庫)
クリエーター情報なし
筑摩書房


 立川流とは、かって存在した真言密教の一派である。平安時代末に、大阿闍梨仁寛によって始められたとされるが、その教義があまりに婬猥であったため、邪教のレッテルを貼られて、弾圧された。現在では断絶した流派だが、その特異性により、伝奇小説やミステリーなどのモチーフとしても時折使われている。本書、「邪教・立川流」(真鍋俊照:ちくま学芸文庫)は、この流派について、学術的な立場から解説したものである。

 立川流を創始した仁寛は、1114年(永久2)、鳥羽天皇の暗殺を計画した罪で伊豆に流された。彼は、翌年自害したが、この配流中に、無名の陰陽師に、真言秘密の法を授けたという伝承から、立川流の系譜は始まる。

 真言密教が目指すのは、即身成仏だが、立川流では、それが男女二根の冥合による性愛秘技により可能だとする。極めつけは、その本尊の作りかただ。なんと、男女が交わった時の和合水を、120回ほどもドクロに塗って作るというのである。

 密教には、二つの対立概念が存在する。例えば胎蔵界と金剛界、阿字と吽字、理と智などである。それらは女性原理と男性原理の象徴と言っても良いだろう。女性的なものと男性的なものが結合したとき、そこに悟りの境地が生まれるということである。しかしそれは、あくまでも観念的なもの、精神的な象徴としての話だ。立川流が、邪教とされたのは、それを文字通り、男女の交わりと捉えたからである。

 当時は末法の世と考えられていた。著者は、<立川流は末法の世のいわゆる混沌の中から生じた徒花と見なしうるかもしれない>と述べている。しかし、このエロスとタナトスに溢れた徒花は、背徳的ではありながらも、どこか不思議な魅力を放出している。

 本書には、仁寛自身の物語、密教及び立川流の理論などが、豊富な資料と共に示されている。正直な話、密教や立川流の理論に関する部分は、相当この方面に造詣が深くないと、理解は難しいかもしれない。それでも、密教の歴史の中で徒花のように咲いた、立川流の世界を垣間見ることはできるだろう。

※本記事は、「本の宇宙」と同時掲載です。
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書評:会社を変える分析の力

2013-12-12 07:16:10 | 書評:ビジネス
会社を変える分析の力 (講談社現代新書)
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講談社



 最近、ビッグデータという言葉をよく聞く。いわゆるバズワードの一つであるが、大量のデータを分析して、役に立つ情報を掘り出そうというものだ。コンピュータの能力が飛躍的に伸びたからこそ可能になってきたことだが、かならずしも大量のデータを使えば、有用な結果が得られるというわけでもない。データ分析自体は、昔から行われていたことでもある。いったいどのように、データ分析をビジネスに活かせばよいのだろうか。そんな疑問に答えてくれるのが、この「会社を変える分析の力」(河本薫:講談社現代新書)である。

 著者は大阪ガスの情報通信部ビジネスアナリシスセンターの所長である。この肩書から分かるように、データ分析の実務に精通したプロフェッショナルである。本書には、そんな著者の実践を通じて得られた知見が多く詰まっている。

 著者の言うように、「データ分析」とは、「データ」で「問題」を解決することだ。分析は手段であり目的ではない。データ分析を行ううえで一番大切なのは分析結果を解釈する力なのだ。これがなくては、どんなにツールが揃っていても、宝の持ち腐れである。著者は、分析の価値とは、どれだけ重要な意思決定に寄与できるかだと主張する。まさに同感だ。しかし、世の中には、分析のための分析といったようなものが溢れているのではないだろうか。

 ひとつ心に留めておかなければならないのは、分析はモデルを使って行われるということだ。モデルがどのような前提にもとづいているのかを念頭において、分析結果を解釈する必要があるということなのだが、著者は、それを「モデルは所詮プラモデル」いう言葉で表している。このモデルを使ってものごとを論じるというのは、なにもデータ分析に限ったものではない。例えば小室直樹氏の「論理の方法」などにも述べられているように、何かを論じる際には、広く使われている手法である。しかし、世の中には特定のモデルを絶対視して、モデルを使うのではなく、逆にモデルに使われている人も多いのではないだろうか。予測のためのモデルは、その時の状況に応じて、適切に選択せねばならないのだ。また、データ分析がどのような意思決定に使われるかも考慮してモデルを選ぶ必要がある。

 さらに本書では、データ分析でビジネスを変革するには、データ分析でビジネスを変える機会を見つける力、問題を解く力、得られたソリューションを実際のビジネスの場で使わせる力が必要なことが示されている。データ分析の教科書とは違い、本書には具体的な手法はほとんど示されていないが、それ以前に必要な、心構えのようなものがよく理解できる。これからデータ分析のプロフェッショナルを目指す人なら、是非一読しておきたい一冊だろう。

☆☆☆☆

※本記事は、「本の宇宙」と共通掲載です。


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ねぶたの家 ワ・ラッセ(あこがれの青森3)

2013-12-11 19:28:44 | 旅行:北海道・東北



 忘れたころに、次のやつが載るという、旅行関係記事だが、これは、青森駅近くにある「ねぶたの家 ワ・ラッセ」。できたのは、2011年1月だというから、まだ新しい。「ワ・ラッセ」という愛称は、公募で選ばれた最優秀作品と、優秀作品を組み合わせて作ったらしい。





 内部には、このような迫力あるねぶたが沢山展示してある。展示物からだけでも、東北の息吹のようなものを感じる。祭りは観たことがないが、さぞかし熱気があることだろう。



○関連過去記事
三内丸山遺跡(あこがれの青森2)
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書評:空の境界 the Garden of sinners 全画集+未来福音 extra chorus

2013-12-10 18:53:49 | 書評:その他
空の境界 the Garden of sinners 全画集+未来福音 extra chorus
クリエーター情報なし
講談社



 うちの子が珍しく部屋の片づけをしたので、色々とお宝が出てくるのだが、これもそのひとつ「空の境界 the Garden of sinners 全画集+未来福音 extra chorus 」(星海社)。武内崇による初画集だそうだ。

 奈須きのこによる原作小説の方は、つい表紙イラストに魅かれて、大分前に買ったのだが、あまりに分厚い(文庫版で上中下の3巻構成)ため、途中まで読んだままで、積読の山の中に埋もれてしまっている。

 ヒロインは、両儀式という美少女。そこをなぞりさえすれば、万物を殺す事ができるところが見えるという、「直死の魔眼」という能力をもつ。和服姿がデフォルトだが、これが何ともよく似合う。でも、冬は寒いから、その上からブルゾンを羽織るというヘンな格好だ。でも美少女だから許す(笑)。

 いわゆる戦闘派美少女であり、刃物を振り回して敵と戦うのだが、画集には、ナイフを持っている絵と日本刀を持っている絵が収められている。ここで面白いことに気がついた。どんなに美少女でも、ナイフを持っている姿は、どう見てもアブナイ人だ。これが、日本刀を持つと、とたんに凛々しく見える。これはナイフと日本刀の武器としての品格の差であろうか(といっても、おっさんが日本刀を振り回している姿はやっぱりアブナイ人にしか見えないが(笑))。

 こういった綺麗な絵柄は、私の好みだ。画集を見ていると、小説の方も、積読の山から掘り出して、ちゃんと読みたくなってきた。

☆☆☆☆☆

※本記事は、「本の宇宙」と同時掲載です。
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書評:デミアン

2013-12-09 20:02:36 | 書評:小説(その他)
デミアン (新潮文庫)
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新潮社



 ヘルマン・ヘッせの代表作のひとつに数えられる「デミアン」(新潮文庫)。なかなかに不思議な小説である。

 デミアンは、作品の主要な登場人物であるが、物語の主人公ではない。主人公は、シンクレールという少年である。ラテン語学校に通っていた10歳の彼は、ちょっとした嘘のために、フランツという不良少年から強請られていた。ところが、デミアンという転校生によって、窮地を救われる。

 この物語は、シンクレールの精神の遍歴を描いたものだ。彼の周りには、明るい世界と暗い世界があった。彼の心は二つの世界の間を揺れ動く。彼が描いたハイタカの絵をデミアンに送った時に、帰って来た返事にはこうあった。

<鳥は卵の中から抜け出ようと戦う。卵は世界だ。生まれ出ようと欲すものは、一つの世界を破壊しなければならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアプラクサスという>
 ここで、アプラサクスとは、古きエジプトの、悪魔的な面も備えた神であった。それは、明るい世界と暗い世界との統合を意味するのだろう。以前、著者の「シッダ―ルタ」を読んだ時に、そこにニーチェの影響を感じた。しかし、この作品においては、ニーチェはもっと明確な存在感を示す。何しろ、シンクレールの愛読書として登場するのだから。

 二ーチェは、その著書「悲劇の誕生」の中で、光の象徴であるアポロと、闇の象徴であるディオニュソスが統合したギリシア悲劇に理想をみいだした。この作品においては、アプラスクスこそが光と闇を統合するものなのだ。

 デミアンは、シンクレールに「しるし」があったからこそ、彼の友人になったという。「しるし」とは、旧約聖書に登場するカインのしるしのことを意味する。しかし、作品におけるそのしるしがとは何であるかについては、具体的に示されていない。だが、シンクレールは次第に「しるし」を持った人として目覚めていく。その力は、一種のテレパシーのようなものを思わせる。

 シンクレールは、デミアンによって「しるし」を持った者として見出された。彼は特別な存在なのだろうか。それはある意味で当たっていると言えるし、そうではないとも言えるだろう。多かれ少なかれ、だれもが、自らが主人公を務める人生の中で、それぞれの「しるし」を探して、もがいているのではないだろうか。

☆☆☆☆

※本記事は、「本の宇宙」と同時掲載です。

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