この思いでシリーズも、たまには本来の「文理両道」らしい記事をということで、今回は英語の勉強法についてだ。最近は英語を、まったく使わないので、英語能力の衰えが著しいことを自覚するが、TOEICは一時790点まで行くことができた。(もう大昔のことである。最近はずっと受験していないので、かなり落ちていると思う。)
私は大学・大学院時代の専攻は電気工学だったが、テキストが英語で書かれたものも結構あった。しかし、英語の文献を読むのに、特に苦労した覚えはなかった。この英語の基礎は、今思えば、高校1年のあるできごとにより形成されたと思っている。
前にも書いたが、私は田舎町の小さな高校の出身だが、中学校は隣のもっと小さな町にあった。塾も、そろばん塾位しかなかったようなところだ。当然家で勉強している(させられている?のは、親が教師をしているような子位で、私のような普通の子は、のんびりと過ごしていたものである。(宿題はちゃんとやったけどね) だから、英語については、中学時代は、そう得意というような意識はなかった。
英語が得意になったきっかけは、高校1年の夏休みにでた英語の宿題である。「ジェーン・エア」という英語の小説が生徒に配られた。(もちろん学生向けにリライトされたものだが) ブロンテ3姉妹の長姉・シャーロット・ブロンテによる名作である。これを、すべて日本語に翻訳して、夏休みが明けたら提出せよというのだ。
こちらは、まだ高校に入って数か月の身だ。田舎の中学生の英語に毛が生えた程度の実力しかない。テキストを見ると、1ページの間に知らない単語や構文が無茶苦茶に出ている。それでも、当時まだ純真だった私は、辞書や参考書と首っ引きで、何とか少しづつ訳していった。1日少なくとも4~5時間以上は英語の宿題で取られていたような気がする。その上他の科目の宿題もあったのだから、夏休みは、ほとんど宿題でつぶれてしまったような感じであった。
結局、最後までやり遂げて提出したのは、どうも私一人のようであった。当時の教師が何を考えてこの宿題を出したかは知らないが、これ以降、英語は大の得意科目になった。おかげで、大学入試や大学院入試においても志望のところに入れたので、このときの教師には感謝している。
この経験で、ほとんどのことは、1ヶ月程度は、集中して勉強すれば、何とかなるということも学んだ。これは、英語だけではなく、ほとんどの科目や資格試験などにも当てはまると思う。もし、何かが得意になりたいと思ったら、試して見てほしい。
※
本記事は、2006年02月19日付で「時空の流離人」に掲載したものに加筆訂正を加えたものです。
○関連過去記事
・授業時間は睡眠不足解消に最適(思いでシリーズ5)
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今さら「夏の旅」なんて言うと、「今、一体何月だ!」と突っ込まれそうだが、のんびりしているうちに、もう来年が目の前に迫って来た。ということで、年の変わらないうちにと連載開始の「京の夏の旅」。
上の写真はお馴染み「京都タワー」。京都に来たぞとまず思わせるものは、このタワーと東寺の五重塔だろう。
「京の夏の旅」とは、夏期に実施される、観光バスを使った京都の旅のことだ。いくつかのコースがあり、私が参加したコースは、「京のお屋敷と名庭をたずねて」。その名の通り、京都に残る風情のある建物や庭を訪ねるものである。
上の写真は、その時の観光バス。これから、「夏の旅」の始まりだ。
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高校の頃、深夜放送が流行っていた。好きだったのは、オールナイトニッポンのカメ&アンコウ。当時は、芸能人ではなく、自局のアナウンサーが人気パーソナリティとして活躍することが多かった。このカメさん、どこに行ったかと思っていたら、以前世間を騒がせたライブドアの株式買占め事件では、なんとニッポン放送の社長として出ていた。今はどうしているんだろう。その当時は、線の細い人の良さそうなお兄さんだったような記憶があるんだけど、やはり、年月は人を変えるのか?
それは、どうでもいいのだが、高校の頃、この深夜放送にはまっていたので、当然のことながら常時睡眠不足の状態である。しかし、不思議なもので、人間はどこかで、生理的に睡眠不足を解消するように作られているらしい。授業中なんてものは、なぜかもっとも睡眠不足解消に適した時間のようだ。ということで、高校時代は、授業中、ついつい夢の世界に引き込まれてしまう事が多かった。特に面白くない教科の場合は、その傾向が顕著である。
当然、教師の方は、自分の授業中に居眠りをされては面白くない。そこで、わざと私を指して、質問を浴びせるのである。答えられなければ、居眠りをしていたことに嫌味でも言ってやろうという魂胆である。
しかし、残念ながら、私は、体質的に眠りが浅いし、何も自分から積極的に居眠りしようと思っていた訳でもない。授業がつまらないから眠くなるのだ。だから、時々居眠りしながらも、授業の状況はある程度把握できている。加えて、カンの方も割と良かったので、教師たちの多大な期待に反して、結構的確な答えを返していたのであった。これは、一種の伝説のようになっていたことを卒業してから聞いたことがある。
それにしても、教師たちの、当てが外れて苦虫を噛み潰したような顔が、今でも忘れられない。
※
本記事は、2006年02月27日付で「時空の流離人」に掲載したものに加筆訂正を加えたものです。
○関連過去記事
・エクセントリックな音楽教師(思いでシリーズ4)
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ほぼ半年遅れでブログ記事にアップだが、このままだと、永久に埋もれてしまいそうなので、以前に訪れた三朝温泉の記事を連載する事にしよう。
上の写真は、この辺りが三朝温泉だということを示す標識。三朝温泉は、鳥取県東伯郡三朝町にある日本有数の放射能泉だ。含有ラドン量については、683.3マッヘの記録があるということである。
まだ学問的には十分に証明されているとは言い難いものの、弱い放射線にはホルミシス効果と言う、体に却って良い作用があると言われている。古来の言い伝えと言うものは、体験に基づいているだけに、ばかにはできないものが多い。伝承によれば、発見されたのは、1163年ということだから、その歴史はものすごく長い。850年もの間、検証され続けてきた訳だから、やはり何らかの効果があるのは間違いないだろう。
こちらは、泊った、渓泉閣というホテル。もちろん館内に温泉がある。
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これは、高校時代の記憶だ。私が高校の頃は、芸術の科目は、美術、音楽、書道の中から選択するのが普通だった。しかし、私が入学した高校は、田舎の小さな学校だったため、1年は音楽、2年は書道と決められてしまっていたのだ。実は、3つの中で、一番好きだったのは、美術であり、他の2つは苦手意識があった。選択肢がないことは入学して初めて知ったのだが、私が卒業した後は選択できるようになったということなので、どうしてもっと早くやってくれなかったのだろうと今でも思う。
実は私は自慢ではないが音痴である。だから、今でもカラオケは大嫌いだ。もちろん学校の頃も音楽の成績はあまり良くなかった。しかし中学の頃は筆記テストはできたし、歌うのはだめだが、音楽耳の方は普通にあったので、まあまあの成績だった。
しかし、高校の音楽のY教師は最悪だった。理由は不明だが、私を目の敵にするのだ。それもエキセントリックで常軌を逸していた。たまたま忘れ物をすると、自分をバカにしていかにもわざと忘れたようなことを言って大騒ぎする。実際大した忘れ物でもなかったのだが。音痴なので、歌の音程が外れるのは致し方ないのだが、物凄いいやみを言う。極めつけは、成績に、学年で最低点を付けられたことだ。実技は少しくらい悪くとも、学科の方はまあまあできているはずなので最低点まで付けられる覚えはなかった。他の教科では、よく睡魔に襲われることもあるのだが、音楽の時間はさすがにそんなこともない。今の学生のように授業中に騒いだりとかケータイばかりいじっていた(そもそもケータイなんて無い時代だった)ような覚えもない。極めてまじめな受講態度だったので、なぜあんなに目の敵にされたのかは今でも分からない。思い当たるとすれば、私が美少年で、向こうが汚げなオヤジだということで、もしかするとジェラシーだったのかも。まあ、先方の頭のネジが外れていたのだろうが。
これで、私は音楽の教師に対してもネガティブなイメージを持つようになった。
○関連過去記事
・国語の時間はお寝むの時間(思いでシリーズ3)
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もう昨日のことになるが、(財)産業環境管理協会から、公害防止管理者試験(水質3)の合格証書が書留で届いた。これで、86個目の資格。この公害防止管理者も、資格の必要な業務が法律できちんと担保されているものであり、いわゆる「資格」と言われているものの中でももっとも本筋にあたるもので、私が一番重視している「免許試験」に該当するものの一つである。いわば狭義の「資格」だ。広い意味での資格試験はぼちぼちと受けてはいるのだが、私の定義する「免許」に当たる資格は、2008年度の甲種危険物以来実に3年ぶりである。免許試験合格サラリーマン日本一(仮)を自称する私にとっては、この類をもっと増やしたいのだが、なかなか適当なものがなく難しい。
それにしても、この試験に苦節3年とは思わなかった。本ブログの「合格した資格試験一覧」で示したもののほとんどは1発合格で、たまに2度めの合格もあるのだが、3度目の正直というのは例がない。やはり、何事もなめてかかってはいけないということだろう。これで、来年はなんとか1種をとるための足がかりができた。しかし、目標としている100資格まであと14個。数を稼ぐための試験は、受けたくないのだが、めぼしいものが少なくなっているので、どうなることやら。来年は、この資格の1種以外には、経理関係の勉強に力を入れてみたいと思っているのだが。
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これも中学校時代の記憶。最近は、ネットで書評を書いたりしているが、中学校のころは、国語が嫌いだった。あの科目は一体何の為にあったのか。教師は、ただ教科書を読んでマニュアル的な簡単に説明を行うだけ。本来なら、小説を読む時は、こういったことに注目して読んでいくと内容が理解しやすいとか、文章の書き方はこのようにすると論理が通りやすいとかいった技術的なこと、実践的なことを教えなければいけないと思うのだが、そんなことを教えられた記憶は一切ない。
だから、いつも自然に瞼が垂れてくる。これは生理的なものであり、いたしかたないことだ。ところが、国語の教師は、それが気にくわなかったらしい。テストの点では5を付けるはずのところをいつも恣意的に4にしていた。その旨を本人も言っていたのでこれは間違いない。しかし、それ以前に、自分の授業を反省するということはなかったようだ。私はそれ以来、国語教師というものにもネガティブなイメージを持つようになった。
○関連過去記事
・生徒は全員丸刈りじゃ!(思い出シリーズ2)
・書くことが思いつかない人のための文章教室(「本の宇宙」掲載)
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自己採点では、20/25点で8割取れているはずなので、合格は確信していたが、実際に自分の受験番号を確認して一安心である。歳のせいか、自分の性格に合わなかったのか、この試験に限っては、苦節3年でやっとである。大気関係は、粉じん⇒3種⇒1種と、1年毎に確実に取っていたのだが、水質でこんなに躓くとは思わなかった。さて、来年は1種だ。
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○関連過去記事
・公害防止管理者等国家試験問題 正解とヒント 水質関係・主任管理者(「本の宇宙」掲載)
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この三次風土記の丘の特徴は、広い敷地内に多くの古墳が存在することだろう。上の写真は、「常楽寺大12号古墳」。円墳である。
そして、こちらが、「七ツ塚第9号古墳」。小さいながらも前方後円墳だ。
○関連過去記事
・放送大学研修旅行2(三次風土記の丘1)
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