伊藤忠商事は、2016年3月期通期の業績を自ら称賛しました。同期には同業他社の一部が多額の赤字を計上したのですが、伊藤忠の純利益は5年連続で2000億円を上回り、同業でトップとなりました。
岡藤正広社長は年次報告書で、伊藤忠が常に「『有言実行』を貫く企業」だと述べ、収益性のある事業に投資したとの自負をにじませる一方、同業他社の決算が自社を下回ったことについては「敵失」だとしました。
しかし、しっくりこない点がひとつあります。多額の純利益にもかかわらず、総資産から債務を引いた株主資本は2400億円減少したのです。原因には、為替などの避けられない要因もあったでしょう。しかし、投資案件の会計処理も影響したのでは。
伊藤忠は出資先のコロンビアの石炭事業について評価額を前年度から800億円引き下げましたが、それ以前に会計処理方法を変更していたため、この変更は純利益に影響しなかった。一方で、ほとんど現金を生んでいない中国投資は純利益に貢献したのです。
伊藤忠を取り巻いているのと同様の会計処理に関する話題は、過去数年の原油、天然ガス、石炭相場急落を受けて世界中で浮上しています。昨年にはシンガポール上場の資源専門商社ノーブル・グループが、石炭生産会社の権益の評価方法に関する匿名の批判をきっかけに、厳しい視線にさらされました。ノーブルはいかなる不正も行っていないとしています。米ニューヨーク州の司法長官は、石油大手エクソン・モービルが同業他社と違って資産の評価損を計上していない理由を調査しています。エクソンは、財務についてあらゆる規則を順守していると述べています。
伊藤忠の会計処理は、空売り投資ファンドの米グラウカス・リサーチ・グループ(カリフォルニア州)が7月に発表したリポートで批判され、東京のアナリストの間で話題になりました。岡藤氏は自社の純利益を自賛し、多くの投資家は純利益を一番の業績指標だとみていますが、アナリストらは純利益が常に最良の指針とは限らないかもしれないと指摘しています。
野村証券エクイティ・リサーチ部の成田康浩氏は「会計上の利益はそのまま利益が出ているからといって評価はしにくい」と述べました。「岡藤氏は純利益が好き。利益額で業界ナンバーワンの三菱を抜くというのを標榜(ひょうぼう)して、前期に抜いたわけですが、今期も抜きたい」と思っているといいます。
伊藤忠は「適正に決算を実施している」と話す。直近の年度まで、純利益が株主資本の増加に貢献してきたといいます。同社は当局から何ら不正行為を問われていません。商社は子会社などが多く、価値の算定が難しい。伊藤忠は、コーポレートメッセージ「ひとりの商人、無数の使命」の下、6月末時点で世界中に子会社212社、関連会社や合弁会社108社を擁しています。
2011年には、米アラバマ州のドラモンド社が率いるコロンビアの石炭生産・輸送会社の権益の20%を15億ドルで取得しました。石炭価格が下落し始めるなか、程なく問題が浮上しました。13年と14年にはコロンビア政府が、環境への懸念を理由にドラモンドの港の操業を一時停止させたのです。生産量は見通しを下回りました。一部のアナリストは、伊藤忠の権益の評価額が15億ドルを大きく下回っており、評価損計上により純利益が打撃を受ける可能性が高まっているのではないか、と疑い始めたと話しています。
伊藤忠は15年2月に会計処理の変更を報告しました。同社によれば、コロンビアの石炭共同事業への追加出資を控えると決めたことから、14年10月に契約見直しが行われ、その結果、同社は事業の予算と設備投資を管理する権限を失いました。また、伊藤忠の20%の権益が将来的に希薄化されかねないことを意味する優先株を、ドラモンドが受け取ったといいます。ただ、権益比率は現在のところ20%で変わっていません。ドラモンドは再三のコメント要請に応じませんでした。
国際財務報告基準(IFRS)によると、企業は出資先に重要な影響力を持つ場合、その出資先の純損益を自社の損益計算書に反映させることになっています。IFRSによれば、20%の権益は大きな影響力を生むと推定しています。
伊藤忠はコロンビアの事業について、契約見直しにより重要な影響力を行使できなくなったとしています。これは、同権益の評価額の変化は純利益にではなく、株主資本にのみ反映されることを意味します。このシナリオは1年後に起きました。今年5月、伊藤忠はコロンビア事業の権益について、3月時点の評価額がそれまでの報告を800億円下回ると述べたのです。これは純利益に影響しませんでした。
問題は詰まるところ、伊藤忠が行った同権益の区分変更が正当化できるのかどうか、そうだとすれば、区分変更と同時期に評価額を引き下げるべきだったのか否か、ということです。そうしていれば、IFRSベースの純利益に響いていたはずです。伊藤忠によれば、区分変更の際には、生産予想などに基づくと価値は維持されていたといいます。
その他にも同社は、中国政府系の複合企業、中国中信集団の中核企業(CITIC)の20%を保有する投資会社の株式の50%も保有しています。伊藤忠は、CITICに対するこの間接的な少数持ち分により同社への影響力を得ているとして、保有比率に対応するCITICの純利益を自社分として反映させています。
CITICへの投資は伊藤忠の16年3月期純利益を400億円押し上げました。アナリストらは、CITICからの現金配当が100億円未満だったと試算し、その多くは伊藤忠が出資のために借り入れた資金の利息で相殺されたとみています。ほとんど現金が入ってこないのに純利益が押し上げられたことになるのです。
伊藤忠によると、こうした出資の会計処理は監査法人のトーマツから適切だとみなされています。トーマツはコメントを控えました。野村の成田氏は、伊藤忠の純利益については慎重にみているものの、CITIC投資の潜在力などから伊藤忠株は買いだと考えていると話します。
グラウカスは7月27日に発表したリポートで、コロンビアと中国での出資の会計処理を批判しました。グラウカスはその中で、伊藤忠株を空売りしていると述べています。つまり、グラウカスは伊藤忠の株価が下落すれば利益を得る立場にあります。伊藤忠株は同リポートが発表された日に6%超下げたが、その後に値を戻しています。
伊藤忠はコロンビア事業の権益について現在の評価額を開示していませんが、同国での投資額が1180億円だとしています。アナリストらは、これが実質的に石炭事業の(権益の)価値と同じだと話しています。伊藤忠はアナリストによるこの試算を確認することを控えました。
英エネルギー調査会社ウッド・マッケンジーは、コロンビアの石炭事業全体を23億ドルと評価しています。伊藤忠の保有分が4億6000万ドル(約476億円)になる計算です。伊藤忠によると、16年3月期にはコロンビアでの石炭販売量が2年前の370万トンから590万トンまで回復し、国際石炭価格もわずかながら回復しています。
伊藤忠が石炭価格と世界の長期需要について力強い回復を信じているのなら、ウッド・マッケンジーの試算の2倍を超える評価額を貫くことができるでしょう。しかし岡藤社長は年次報告書で、「『資源価格はいずれ戻るであろう』という安易な考えでは、経営を見誤ると考えている」と警鐘を鳴らしています。(ソースWSJ)
岡藤正広社長は年次報告書で、伊藤忠が常に「『有言実行』を貫く企業」だと述べ、収益性のある事業に投資したとの自負をにじませる一方、同業他社の決算が自社を下回ったことについては「敵失」だとしました。
しかし、しっくりこない点がひとつあります。多額の純利益にもかかわらず、総資産から債務を引いた株主資本は2400億円減少したのです。原因には、為替などの避けられない要因もあったでしょう。しかし、投資案件の会計処理も影響したのでは。
伊藤忠は出資先のコロンビアの石炭事業について評価額を前年度から800億円引き下げましたが、それ以前に会計処理方法を変更していたため、この変更は純利益に影響しなかった。一方で、ほとんど現金を生んでいない中国投資は純利益に貢献したのです。
伊藤忠を取り巻いているのと同様の会計処理に関する話題は、過去数年の原油、天然ガス、石炭相場急落を受けて世界中で浮上しています。昨年にはシンガポール上場の資源専門商社ノーブル・グループが、石炭生産会社の権益の評価方法に関する匿名の批判をきっかけに、厳しい視線にさらされました。ノーブルはいかなる不正も行っていないとしています。米ニューヨーク州の司法長官は、石油大手エクソン・モービルが同業他社と違って資産の評価損を計上していない理由を調査しています。エクソンは、財務についてあらゆる規則を順守していると述べています。
伊藤忠の会計処理は、空売り投資ファンドの米グラウカス・リサーチ・グループ(カリフォルニア州)が7月に発表したリポートで批判され、東京のアナリストの間で話題になりました。岡藤氏は自社の純利益を自賛し、多くの投資家は純利益を一番の業績指標だとみていますが、アナリストらは純利益が常に最良の指針とは限らないかもしれないと指摘しています。
野村証券エクイティ・リサーチ部の成田康浩氏は「会計上の利益はそのまま利益が出ているからといって評価はしにくい」と述べました。「岡藤氏は純利益が好き。利益額で業界ナンバーワンの三菱を抜くというのを標榜(ひょうぼう)して、前期に抜いたわけですが、今期も抜きたい」と思っているといいます。
伊藤忠は「適正に決算を実施している」と話す。直近の年度まで、純利益が株主資本の増加に貢献してきたといいます。同社は当局から何ら不正行為を問われていません。商社は子会社などが多く、価値の算定が難しい。伊藤忠は、コーポレートメッセージ「ひとりの商人、無数の使命」の下、6月末時点で世界中に子会社212社、関連会社や合弁会社108社を擁しています。
2011年には、米アラバマ州のドラモンド社が率いるコロンビアの石炭生産・輸送会社の権益の20%を15億ドルで取得しました。石炭価格が下落し始めるなか、程なく問題が浮上しました。13年と14年にはコロンビア政府が、環境への懸念を理由にドラモンドの港の操業を一時停止させたのです。生産量は見通しを下回りました。一部のアナリストは、伊藤忠の権益の評価額が15億ドルを大きく下回っており、評価損計上により純利益が打撃を受ける可能性が高まっているのではないか、と疑い始めたと話しています。
伊藤忠は15年2月に会計処理の変更を報告しました。同社によれば、コロンビアの石炭共同事業への追加出資を控えると決めたことから、14年10月に契約見直しが行われ、その結果、同社は事業の予算と設備投資を管理する権限を失いました。また、伊藤忠の20%の権益が将来的に希薄化されかねないことを意味する優先株を、ドラモンドが受け取ったといいます。ただ、権益比率は現在のところ20%で変わっていません。ドラモンドは再三のコメント要請に応じませんでした。
国際財務報告基準(IFRS)によると、企業は出資先に重要な影響力を持つ場合、その出資先の純損益を自社の損益計算書に反映させることになっています。IFRSによれば、20%の権益は大きな影響力を生むと推定しています。
伊藤忠はコロンビアの事業について、契約見直しにより重要な影響力を行使できなくなったとしています。これは、同権益の評価額の変化は純利益にではなく、株主資本にのみ反映されることを意味します。このシナリオは1年後に起きました。今年5月、伊藤忠はコロンビア事業の権益について、3月時点の評価額がそれまでの報告を800億円下回ると述べたのです。これは純利益に影響しませんでした。
問題は詰まるところ、伊藤忠が行った同権益の区分変更が正当化できるのかどうか、そうだとすれば、区分変更と同時期に評価額を引き下げるべきだったのか否か、ということです。そうしていれば、IFRSベースの純利益に響いていたはずです。伊藤忠によれば、区分変更の際には、生産予想などに基づくと価値は維持されていたといいます。
その他にも同社は、中国政府系の複合企業、中国中信集団の中核企業(CITIC)の20%を保有する投資会社の株式の50%も保有しています。伊藤忠は、CITICに対するこの間接的な少数持ち分により同社への影響力を得ているとして、保有比率に対応するCITICの純利益を自社分として反映させています。
CITICへの投資は伊藤忠の16年3月期純利益を400億円押し上げました。アナリストらは、CITICからの現金配当が100億円未満だったと試算し、その多くは伊藤忠が出資のために借り入れた資金の利息で相殺されたとみています。ほとんど現金が入ってこないのに純利益が押し上げられたことになるのです。
伊藤忠によると、こうした出資の会計処理は監査法人のトーマツから適切だとみなされています。トーマツはコメントを控えました。野村の成田氏は、伊藤忠の純利益については慎重にみているものの、CITIC投資の潜在力などから伊藤忠株は買いだと考えていると話します。
グラウカスは7月27日に発表したリポートで、コロンビアと中国での出資の会計処理を批判しました。グラウカスはその中で、伊藤忠株を空売りしていると述べています。つまり、グラウカスは伊藤忠の株価が下落すれば利益を得る立場にあります。伊藤忠株は同リポートが発表された日に6%超下げたが、その後に値を戻しています。
伊藤忠はコロンビア事業の権益について現在の評価額を開示していませんが、同国での投資額が1180億円だとしています。アナリストらは、これが実質的に石炭事業の(権益の)価値と同じだと話しています。伊藤忠はアナリストによるこの試算を確認することを控えました。
英エネルギー調査会社ウッド・マッケンジーは、コロンビアの石炭事業全体を23億ドルと評価しています。伊藤忠の保有分が4億6000万ドル(約476億円)になる計算です。伊藤忠によると、16年3月期にはコロンビアでの石炭販売量が2年前の370万トンから590万トンまで回復し、国際石炭価格もわずかながら回復しています。
伊藤忠が石炭価格と世界の長期需要について力強い回復を信じているのなら、ウッド・マッケンジーの試算の2倍を超える評価額を貫くことができるでしょう。しかし岡藤社長は年次報告書で、「『資源価格はいずれ戻るであろう』という安易な考えでは、経営を見誤ると考えている」と警鐘を鳴らしています。(ソースWSJ)