国を統治するエリート層へのポピュリスト(大衆迎合主義者)たちによる反乱の嵐が先進民主国家で吹き荒れています。これは昔から存在する政治の物語に付け加えられた最も新しい一章です。統治形態にかかわらず、あらゆる社会には支配階級が存在します。大事なことは、エリート層が私利私欲のために統治しているのか、それとも公益のために統治しているのかという点です。
第2次世界大戦後の数十年間、西欧と米国の支配階級は一般市民の圧倒的多数の生活を向上させる経済・社会政策をなんとか推進してきました。反対に、市民はエリート層に敬意を表し、政府にも厚い信頼を寄せてきたのです。
こうした支配階級は従来の貴族が占めていたわけではなく、富裕層もごく一部を占めるに過ぎなかったのです。しかし時代が下るに連れて、教育を受けた専門家が主導的な役割を担うようになってきました。その多くは比較的、社会的地位の低い階級の出身者でありましたが、彼らは優秀な学校に通い、学友たちと揺るぎない人脈を形成していきました。
彼らの中にはエコノミストもいれば、公共政策や行政の専門家もいました。戦争への貢献が平時の特権に変わった科学者もいます。大勢いたのは弁護士でした。彼らは磨き上げられた分析能力を統治面に活かすことができました。1950年代の造語でいうところの「メリトクラシー(能力主義)」、つまり自分の能力を武器に這い上がってきた人たちです。
特定の分野では大概、能力主義は問題になりません。スポーツでは勝者の卓越した能力が称賛されます。科学では同じ領域の仲間による検証で実績が認められます――専門分野に携わっている人の大半は、その分野で次にノーベル賞を受賞する可能性が高い個人名をいくつか挙げることができます。
政治の分野、特に民主国家の政界の場合はもっと複雑です。民主的な平等とは、個人の能力を含むあらゆる種類のヒエラルキー(階層制)的な要求と衝突する中で実現するものです。第3代米大統領のトーマス・ジェファーソンは第2代大統領のジョン・アダムズに宛てた書簡の中で、選挙のことをこう表現しています。徳と才をもって生まれた「生来の高貴な人」を、権限を伴う社会的地位に引き上げるための最良手段である、と。彼の念頭にあったのは、まさに自分のように、偏見のない教育を受け、巧妙な統治術を学んだ人間だったのです。
しかしこうした見解が1820年代を生き抜くことはありませんでした。後に第7代大統領となるアンドリュー・ジャクソンは一般大衆によるエリート層への反抗を導きました。ジャクソンはエリート層の中の「不正取引」が1824年の大統領選で彼の足を引っ張ったと主張し、1828年の選挙では圧倒的な勝利を勝ち取りました。ジャクソンはこの勝利を富裕層の利害に対する凡人――農民、職人、屈強な開拓者たち――の勝利だと表現しました。それ以降、私利私欲に走るエリート層に反発する高徳な人々のこうした思いが、米国の政治には脈々と受け継がれているのです。
これは米国に限ったことではありません。民主国家ではメリトクラシーは常に守勢に立たされることになります。彼らの正当性は常にその手腕に左右されます――物理的な安定と広く共有される繁栄を提供できる能力や、外交や武力による衝突を成功裏に行なう能力のことです。そうした能力を証明することができなければ、彼らへの信頼は失墜します。
西側諸国全域でまさに起こっているのがこれです。戦争の失敗、不安定な国内情勢、不平等な成長などが国を統治するエリート層の威光を曇らせているのです。英国が欧州連合(EU)からの離脱(ブレグジット)を決めたことは衝撃だったものの、これは同じ路線で発生している一連の驚きの最新事例に過ぎません。
その中の一つがポーランドで行われた昨年の選挙でした。ポピュリストでありナショナリストでもある保守系の最大野党「法と正義」が中道右派の与党「市民プラットフォーム」から政権を奪還したのです。この10年間、ポーランド経済はどのEU加盟諸国の2倍の速度で成長してきました。しかし、フィナンシャル・タイムズの特派員ヘンリー・フォイ記者が米誌アメリカン・インタレストに書いているように、その恩恵は大都市に集中しており、他の地域は停滞しています。フォイ記者は共産主義後の市場経済が「適切な補償なしに伝統的な暮らしを浸食した」と分析しています。
同国の不平等な経済成長は文化面への反感を誘発することになりました。新たに就任したバシュチコフスキ外相は今年1月、ドイツ紙にこう語っています。「われわれはただ、国が抱えているいくつかの病気を治したいだけだ」。外相によると、ポーランド国民の大半は「伝統的・歴史的な意識や愛国心、信仰心、そして男女間の通常の家族生活」に基づいて動いています。だが、前政権の振る舞いは「マルクス主義者のやり方で、世界がまるでただ一つの方向に進化することが運命づけられているかのようでした。複数の文化と人種を混ぜ合わせる新たな方向へ、そしてサイクリストとベジタリアンの世界へ向けてです。しかも彼らは再生可能エネルギーしか利用せず、宗教のあらゆる兆候に牙をむく」と述べました。
新たなメリトクラートは、今度は文化的・経済的反発にさらされることになります。知識経済では教育を受けた彼らが一歩先んじることになり、工業地帯や地方は取り残されます。しかし教育はまた、伝統的な価値観を疑い、文化的な多様性を歓迎する方向に彼らを傾かせます。高学歴の階級は、民族性や国のアイデンティティを重視する排他主義的な考えには動かされず、国際主義や普遍的規範に動かされます。彼らの多くは、国内にいる低学歴の人々やあまり豊かではない地方の人々よりも、外国のエリート層と自分たちを同一視する傾向にあります。
似たような分断は西側諸国全域で歴然としています。勢力バランスの違いにより、政治的な趨勢は国によって異なるものの、苦悩を抱えているという点ではほとんど同じです。危険という意味でも同様です。とくに民主主義にとって危険な状況だといえるのです。(ソースWSJ)
第2次世界大戦後の数十年間、西欧と米国の支配階級は一般市民の圧倒的多数の生活を向上させる経済・社会政策をなんとか推進してきました。反対に、市民はエリート層に敬意を表し、政府にも厚い信頼を寄せてきたのです。
こうした支配階級は従来の貴族が占めていたわけではなく、富裕層もごく一部を占めるに過ぎなかったのです。しかし時代が下るに連れて、教育を受けた専門家が主導的な役割を担うようになってきました。その多くは比較的、社会的地位の低い階級の出身者でありましたが、彼らは優秀な学校に通い、学友たちと揺るぎない人脈を形成していきました。
彼らの中にはエコノミストもいれば、公共政策や行政の専門家もいました。戦争への貢献が平時の特権に変わった科学者もいます。大勢いたのは弁護士でした。彼らは磨き上げられた分析能力を統治面に活かすことができました。1950年代の造語でいうところの「メリトクラシー(能力主義)」、つまり自分の能力を武器に這い上がってきた人たちです。
特定の分野では大概、能力主義は問題になりません。スポーツでは勝者の卓越した能力が称賛されます。科学では同じ領域の仲間による検証で実績が認められます――専門分野に携わっている人の大半は、その分野で次にノーベル賞を受賞する可能性が高い個人名をいくつか挙げることができます。
政治の分野、特に民主国家の政界の場合はもっと複雑です。民主的な平等とは、個人の能力を含むあらゆる種類のヒエラルキー(階層制)的な要求と衝突する中で実現するものです。第3代米大統領のトーマス・ジェファーソンは第2代大統領のジョン・アダムズに宛てた書簡の中で、選挙のことをこう表現しています。徳と才をもって生まれた「生来の高貴な人」を、権限を伴う社会的地位に引き上げるための最良手段である、と。彼の念頭にあったのは、まさに自分のように、偏見のない教育を受け、巧妙な統治術を学んだ人間だったのです。
しかしこうした見解が1820年代を生き抜くことはありませんでした。後に第7代大統領となるアンドリュー・ジャクソンは一般大衆によるエリート層への反抗を導きました。ジャクソンはエリート層の中の「不正取引」が1824年の大統領選で彼の足を引っ張ったと主張し、1828年の選挙では圧倒的な勝利を勝ち取りました。ジャクソンはこの勝利を富裕層の利害に対する凡人――農民、職人、屈強な開拓者たち――の勝利だと表現しました。それ以降、私利私欲に走るエリート層に反発する高徳な人々のこうした思いが、米国の政治には脈々と受け継がれているのです。
これは米国に限ったことではありません。民主国家ではメリトクラシーは常に守勢に立たされることになります。彼らの正当性は常にその手腕に左右されます――物理的な安定と広く共有される繁栄を提供できる能力や、外交や武力による衝突を成功裏に行なう能力のことです。そうした能力を証明することができなければ、彼らへの信頼は失墜します。
西側諸国全域でまさに起こっているのがこれです。戦争の失敗、不安定な国内情勢、不平等な成長などが国を統治するエリート層の威光を曇らせているのです。英国が欧州連合(EU)からの離脱(ブレグジット)を決めたことは衝撃だったものの、これは同じ路線で発生している一連の驚きの最新事例に過ぎません。
その中の一つがポーランドで行われた昨年の選挙でした。ポピュリストでありナショナリストでもある保守系の最大野党「法と正義」が中道右派の与党「市民プラットフォーム」から政権を奪還したのです。この10年間、ポーランド経済はどのEU加盟諸国の2倍の速度で成長してきました。しかし、フィナンシャル・タイムズの特派員ヘンリー・フォイ記者が米誌アメリカン・インタレストに書いているように、その恩恵は大都市に集中しており、他の地域は停滞しています。フォイ記者は共産主義後の市場経済が「適切な補償なしに伝統的な暮らしを浸食した」と分析しています。
同国の不平等な経済成長は文化面への反感を誘発することになりました。新たに就任したバシュチコフスキ外相は今年1月、ドイツ紙にこう語っています。「われわれはただ、国が抱えているいくつかの病気を治したいだけだ」。外相によると、ポーランド国民の大半は「伝統的・歴史的な意識や愛国心、信仰心、そして男女間の通常の家族生活」に基づいて動いています。だが、前政権の振る舞いは「マルクス主義者のやり方で、世界がまるでただ一つの方向に進化することが運命づけられているかのようでした。複数の文化と人種を混ぜ合わせる新たな方向へ、そしてサイクリストとベジタリアンの世界へ向けてです。しかも彼らは再生可能エネルギーしか利用せず、宗教のあらゆる兆候に牙をむく」と述べました。
新たなメリトクラートは、今度は文化的・経済的反発にさらされることになります。知識経済では教育を受けた彼らが一歩先んじることになり、工業地帯や地方は取り残されます。しかし教育はまた、伝統的な価値観を疑い、文化的な多様性を歓迎する方向に彼らを傾かせます。高学歴の階級は、民族性や国のアイデンティティを重視する排他主義的な考えには動かされず、国際主義や普遍的規範に動かされます。彼らの多くは、国内にいる低学歴の人々やあまり豊かではない地方の人々よりも、外国のエリート層と自分たちを同一視する傾向にあります。
似たような分断は西側諸国全域で歴然としています。勢力バランスの違いにより、政治的な趨勢は国によって異なるものの、苦悩を抱えているという点ではほとんど同じです。危険という意味でも同様です。とくに民主主義にとって危険な状況だといえるのです。(ソースWSJ)